ユ:『蝶の山』
俺と相棒は、エフォでは初めてのダンジョンにやってきた。
村からダンジョンまでは木に目印が括り付けてあるから、それを辿ると簡単に山道の入口に着く。
「意外と人いるね」
相棒が入口付近に座り込んでいる2,3組のパーティを眺めて言う。
若干疲れた顔をしていたり、作戦か何かを話し合っていたりするけど、共通するのは魔法職っぽいメンバーがいる事だ。
皆、【火魔法】のスキル強化に来てるのかもしれない。
【火魔法】は他属性と比べると威力が段違いに強い魔法だ。
水は氷、風は雷、土は石、って具合にそれぞれ鍛えると上位属性が開放されるけど、火はそれがない。
基本四属性の内、火属性だけは最初から上位属性並みの威力が出る。
ただし、火属性は燃え広がって周囲を破壊するから使いどころが限られる。
このゲームは開拓もメインの一つだから、資源満載の森でぶっ放すなんて以ての外だ。
大規模森林火災を起こすと、普通に街の衛兵に捕まって重いペナルティを受けるらしい。
そして初期の街の周辺は、ほとんどが森だ。
だからこそ、有志wikiには『【火魔法】強化オススメダンジョン』なんて専用ページが作られている。
……ちなみに前に俺が見た配信者は、虫退治も草退治も諦めて『中華料理で【火魔法】を極めてやる!』と叫び明後日の方向に走り始めていた。
俺は心の中でエールを送り、そっとじした。
「じゃ、とりあえず入るか」
「うん」
俺達が二人で入るとわかって、何人かがギョッとした顔をした。
そんなに驚かなくても、廃人は何も躊躇せず『ムカデの巣』に単騎特攻するらしいぞ? ペアでダンジョンなんて普通普通。
山道に踏み入ると、背後のパーティの姿が消えた。
パーティ別の専用フィールドに入ったらしい。
「準備準備」
インベントリから【ふわふわ護りのウサギ襟巻】を出して装備する。
……入口にあんなにたむろしてるなら、ダンジョンまでしまっておいて正解だったな。あまりにも俺の黒い装備と合わないから、『ダッセェwww』って思われるところだった。
相棒も箒を戻して、ジャックの入った杖を取り出した。
「お待たせ、ジャック」
「マスター! 出番だナ?」
先へ進む前に、軽く打合せを済ませよう。
「ジャックは何ができそう?」
「ん-と……杖からだと、マスターの使う【火魔法】にオレの火を上乗せする感ジ!」
なるほど、フッシーみたいに固有スキルが使えるようになるんじゃなく、得意属性のバフになるのか。
……たぶんフッシーが特殊すぎたんだろうな。
「相棒は【火魔法】で近い蝶から撃って。俺はそれ以外がいたらそっちを優先して撃つから」
「はーい」
そうこう言ってる内に、蝶が一匹ヒラヒラと近づいてきた。
モスキートモルフォ Lv12
「あれ、意外と敵のレベル高い?」
「ダンジョンだから。でも【火魔法】は強いから大丈夫」
「なるほど」
ためしにどのくらいの威力で倒せるのか撃ってみる事にする。
「【フレイムクリエイト】!」
小さめの火球が飛んで蝶に当たり、燃え上がって消えていった。
「え、これでワンパン?」
「おいしいなぁ」
あっ、相棒の笑顔が輝いた。
この山道は火属性の修行場に推薦されるだけあって木がほとんどない。背の低い草花が風に揺れてるだけだ。
「【フレイムクリエイト】!」
複数の火球が一斉に飛んで、目につく蝶を片っ端から撃ち落とす。
「気っ持ちイイー!」
「ヒャッハー!」
あっという間にテンションが振り切れた相棒とジャック。
……まぁそんな気はしてたよ。
MP度外視の火の壁みたいなのしないだけ理性はある方。
俺はそんな二人を生暖かく見守りながら、頭の上にいたネビュラを下ろした。
「好きに暴れてきなー」
「承知。フフフ、ついに余の力を見せてやる時が来たわ!」
拠点の森を歩く時もそれなりに暴れてた気がするけど?
ヤギみたいなモンスターは一番でかいのを大型に戻ったネビュラに任せて、俺は取り巻きを片付ける。
ヤギの親玉に飛び掛かったネビュラが、首を噛み砕いたのが見えた。
割と過剰戦力かもな。
やろうと思えば『アリの巣』とかも蹂躙できたかもしれない。
でも俺達はエンジョイ勢だから、ゲームは楽しんでやりたいんだ。
『アリの巣』と『蝶の山』だったら、俺も相棒も後者の方がマシだからな。
* * *
キーナ
種族:エルフ
職業:ネクロマンスクラフター
Lv8
HP:7
MP:17
筋力:4
魔力:21
強靭:4
精神:13
俊敏:8
ユーレイ
種族:ヒューマン
職業:死の狩人
Lv12
HP:13
MP:14
筋力:13
魔力:7
強靭:14
精神:9
俊敏:29
しばらく山道を進んで、こんな感じにレベルが上がった。
相棒は【火魔法】が3、【死霊魔法】が4になっている。
俺の方も【弓術】が10、【急所攻撃】が8、【装填】が7になった。
やっぱり敵だらけのダンジョンは索敵の時間が無いから経験値の入りが全然違うな。
こんな所に入り浸る戦闘メインのプレイヤーはそりゃ強くなるわけだ。
そして今更だけど、フィールドの素材採取とか完全に頭から抜けてたな。
……まぁ、今回の目的はレベル上げだし。この山、ドロップ以外は特に珍しい素材もないはずだし、鉱山でもないし。いいか。
途中のセーフティエリアでそんなことを考えつつ小休憩を取っていると、相棒が飲み物片手に首を傾げた。
「そういえば……僕ら状態異常にかかってないね?」
「……ああ」
そういえばそうだな、完全に忘れてた。
今の所、俺達は一度も精神状態異常にかかっていない。
うたた寝ウサギ、β勢っぽいプレイヤーが欲しがっただけあってかなり優秀な素材だったみたいだ。
襟巻に仕立てた相棒の製作スキルはそんなに高くないはずだけど、そこは追加で【刻印】を付与した事でトントンくらいにはなったのかな。
「対策無しで来ると……モスキートモルフォが8の字を描いて飛ぶのを見たら『幻覚状態』になる」
「あー、蝶系の敵によくあるやつ」
「その幻覚っていうのが、蝶の数が増えて見えるんだって」
「わぁ。あっちもこっちも蝶まみれに見えるってこと?」
「そう、ダミーが増えて攻撃が当たらなくなる。そうしたら今度は、キーンって羽音が聞こえてくる」
「羽音」
「モスキート音」
「蚊じゃん」
「そのモスキート音を聞き過ぎると、『眩暈状態』になって立っていられなくなる」
「そこをやられる?」
「そう、血を吸われる」
「蚊じゃん!!」
そうなんだよ。蝶と見せかけてほぼ蚊なんだよあいつら。
「綺麗な見た目で騙したのね!? 蝶の皮を被った夏の害悪だったのね!?」
「悲しいね」
わざとらしく「ワッ」と泣き真似をして遊んでいたキーナだが、唐突に何か思いついたようでハッと顔を上げた。
「相棒、この山こそフッシーに焼き払ってもらうべきでは?」
「やめてあげて?」
ダンジョンなら大丈夫だとは思うけど、木がなくても広範囲の炎上で山火事判定になったら俺も擁護できないからさ。
* * *
『蝶の山』は、山って言ってもそんなに高くない。
感覚的には岩肌が多い丘陵。
とはいえ、戦いながら登ればそれなりに時間はかかる。
いつのまにか、山には夕日が差し込み始めていた。
「どうする? そろそろリアルご飯の時間だよね」
「だなー」
エフォはフィールドならどこでログアウトしても問題ない。同じ場所からのログインになる。ログアウト中はアバターは残らず、睡眠している判定になる。
ただ、ダンジョンフィールドの場合はセーフティエリアでログアウトしないといけない。それ以外の所で落ちると、死んでなくてもデスペナが発生する。
回線の弱い奴はどうするんだ! って掲示板とかで吠えてる奴もいるけど、そもそもフルダイブVR系のゲームを回線が弱い環境でやるんじゃない。回線落ちは脳によろしくないフィードバックが発生する可能性があるってニュースでも散々やってただろ。
「直前のセーフティエリアに戻って一回落ちるか」
「続きは夜になっちゃうと思うけど、大丈夫かな?」
「逆に【夜目】のスキルが取れるかもしれない」
「なるほど」
【夜目】のスキル、有る事は知ってたんだけどな。
なかなか睡眠サイクルと合わなくて取れてなかった。
ウサギの襟巻効果でここの敵は割と楽勝だし、ちょうどいい。
「ご飯なに?」
「卵がそろそろ危ないから、スパニッシュオムレツかな」
「イエーイ!」
そんな会話をしている内に、直前のセーフティエリアに到着。
「じゃあネビュラ、待っててね」
「うむ。なんなら奥方よ、ジャックの入ったその杖を余に預けて行くと良い」
「杖?」
「ジャックもそれなりにレベルが上がったようだ。そろそろ籠の中からでも【火魔法】が撃てよう」
「おー! 撃てるゾ! たぶんできるゾ!」
つまりジャックのレベル上げをしててくれるって事か?
育て屋さんかな??
エフォはNPCも指示無しで戦闘したりするからこんな話が出てくるんだろう。
プレイヤー一人にNPC複数人のパーティも組めるって言うからな。
『友達つきのゲーム』って一部では話題になってたはずだ。
「じゃあお願い」
「ネビュラサンよろしくナ!」
「うむ、任されよ」
うちのこは賢い良い子だ。
一撫で、二撫で、三撫でくらいして、俺達は一度ログアウトした。




