ユ︰ゲーム開始
暗転していた意識が戻って、俺は目を開ける。
キャラメイクを終えて転送されたのは、中世ファンタジーの砦の中庭みたいな場所だった。
……いや、実際そうなのか。
キャラメイク完了で暗転してから今まで、『ククロスオーヴ王国はついに異世界へ繋がるゲートを開き、街をひとつ作り上げ、さらなる開拓のため冒険者を送り込む事を決めた』みたいな内容がムービーで流れたところだ。
つまりここは、送り込まれる冒険者の待機所みたいな場所なんだろう。
「最初の街、『ピリオノート』への移住を希望する者はこっちに並べ!」
「遠方での開拓を希望する方はこちらです!」
広場の両端にはそれぞれ受付カウンターのような物があって、それぞれ地位のありそうなNPCが数名でプレイヤーの対応をしているようだ。
……しかし人が多いな。
サービス開始したてのゲームだから仕方ないけど、人嫌い気味な身としては混雑を見るとげんなりしてしまう。
しかもリアル友人と示し合わせていない奴がパーティ募集をしていたりするな……
……ちょっと脇に避けよう。人酔いしそうだ。
さてどうやって真紀奈を見つけようか……アバターの出現位置は空いてる所にランダムみたいだから、昔のMMOみたいに一箇所のスポーン地点にギュウギュウ重なったりしてないし……
とか考えていたら、こっちを見つけたらしい真紀奈っぽいアバターと目があった。
うん、パタパタ近づいてくるから当たりかな。
俺も真紀奈も、ゲームで自分を投影するキャラの見た目は定番化しているし、付ける名前はいつも同じだから声をかけるのには困らない。
……俺の見た目はセンター分けの茶髪にプチ整形しただけだから、なおさら探しやすいんだろう。
「えっと、違ってたらすみません。ユーレイですか?」
「あってるあってる、キーナだよな」
「あーよかった」
よし、合流完了。
「人多いから一回ログアウトして待ち合わせ場所確認しないといけないかと思った」
すぐ見つかって何より。
「エルフにしたんだ?」
「うん、そっちは?」
「俺はヒューマン」
二人でお互いのスキル構成の話しなんかしながら、開拓希望のカウンターに並ぶ。
俺が取ったスキルは【弓術】【罠】【隠密】【跳躍】【急所攻撃】【土魔法】【採取】【料理】
戦闘技能が多め。【急所攻撃】の必要ポイントがちょっと重かったな。
β有志の攻略wikiによれば、【弓術】も【急所攻撃】も、魔法と違って自動で使えるように体が動くわけじゃなく、命中したときのダメージが増加するスキルらしい。
フルダイブのアクションゲームにはちょいちょいある『弓手不遇ゲー』って呼ばれる仕様だ。
……なんでか俺がやりたい職は不遇扱いが多いんだよな。やりたいからやるけど。
キーナはフルダイブではいつも通りの魔法系か。
はい、前衛がいません。
……まぁなんとかしよう。自由度高いゲームだっていうし。後でwikiを見る事にする。
【建築】だの【木工】だの【伐採】だのはやっぱりあっちが取ってたな。俺もやってれば覚えるだろうから、どうにでもなる。
そんな感じで時間をつぶしていたら、列が進んで俺達の番になった。
「次の方、開拓をご希望で間違いないですか?」
「はい。こっちのユーレイと夫婦で一緒に行きたいんですが、できますか?」
……なんか周囲の数人がこっち向いたな。
なんだなんだ、周りはボッチばっかりか?
俺達は自他共に認めるバカップルだから容赦なくドヤるぞ。
係員の目線を受けて片手を上げる。
そうです、俺が夫です。
すると係員は「おおー」と笑顔になって言った。
「そうでしたか! では王国の婚姻手続きもここで行いますか?」
「あ、ぜひお願いします!」
こら、よくわからないのに快諾するんじゃありません。変な仕様だったらどうするの。
βテスターの有志wikiに結婚システムの話なんて無かったはず。詳細がわからん。
「冒険者の方が王国の婚姻手続きを行っていただきますと、こちらが特典として付きます」
そう言って、リストのような物を係員が読み上げる。
一つ目。
スキル付きの結婚指輪がもらえる。
付属スキルは【居場所検知】
使うとコンパスのようなモノが出て、同じ指輪を着けた相手のいる方向と距離がわかる。
指輪は装備枠を消費しない。
なるほど。使いどころがあるかはわからないけど、オープンワールドMMOなら便利は便利だ。
二つ目。
共用ボックスが貰える。
自前のインベントリとは別に、完全に夫婦共有の財産を入れられるインベントリが増える。これは普通に嬉しい。
三つ目。
開始拠点を完全に同一にできる。
パーティを組んで開始すると拠点をお隣さん状態にしてくれるのは調べて知ってる。
これはそれとも違って、夫婦二つ分を足した広さの一つを二人で使う状態になるんだとか。
これは選択制だ。
同居でも別居でもお好きにどうぞって事だな。
これらの特典はゲーム開始時点じゃなくても、結婚したらそのタイミングでもらえるモノらしい。
だけど、俺達に貰わない理由は無い。
「特典全部有でお願いします」
「わかりました」
地味に新情報だったようで、周りがざわついている。
まぁ今だけだ。
割り当てられた拠点に行けばこんな人混みとはおさらばだ。
結婚の手続きを済ませた後は、通常通りの手続きに入る。
まず開拓先の選定。
『僻地にランダム』っていうのは固定だけど、どのくらい遠いかをある程度選ぶことができる。
差し出された用紙の左に『近い』右に『遠い』って書いてあって、間を繋ぐ棒が一本。
その範囲内で、大体この辺って所にチェックを入れる仕様だ。そうしたら、その距離感にあった候補をいくつか出されてその中から選ぶ事になる。
『開拓をしたいけどプレイヤーに来てほしいし、交易で発展したり宿場町になりたい』っていうプレイヤーは近くを選ぶ。
逆に『誰も来ない所で心行くまでボッチプレイしたい』ってタイプや『長い道のりの末に辿り着いたオアシスになりたい』ってタイプは遠くを選べばいい。
どっちの場合も転送された先で歩き回って自分の拠点用地を選ぶ事は可能だ。それぞれの転送先はかなりの間隔を開けられるらしいからな。
ただし、拠点用地を確定する前に死んだら最初の街に死に戻って元の転送先には戻れないから注意が必要。
用紙とペンを受け取ったキーナは……『遠い』のさらに外側、用紙のギリギリに丸をつけた。
……えっ、それは有り?
「……はい、承りました」
あ、いいんだ?
いいなら俺も異論は無いが?
人が来ないに越した事無いからな。
ファイルのような物を取り出した係員が、その中から数枚の羊皮紙を取りだす。
それには簡単な風景が描かれている。
偵察用の使い魔を放って、その視界を見て描いたって設定の転移先候補。
……なんだけどさ。
「え、ヤバイ。ねぇどれにする? どれがいい?」
「……どれでもいいよ、好きなの選びな」
どれを選んでもヤバそうだから。
一面の海とか、絶海の孤島とか、どうみても谷底とか……これ絶対変な所に印付けたのが原因だろ。
「ん-……じゃあここがいい」
キーナが俺に指して見せたのは、一見すると森の中だ。
……木の実が光ってたり、キノコに顔があったり、やけに植物がねじくれてたり、遠くに見える山が変な形してたりするけどな。RPGだったらストーリーの後半とかで訪れる不思議な場所みたいな雰囲気がする。
「いいよそこで。……生き残れるといいな」
「無理だったら潔く諦めよう」
変なところで思い切りがいいキーナが係員に希望場所を告げる。
……特に問題も注意事項も無く決定したって事は、そこまでマズイ場所でもない、のか?
行き先が決まったら、次は貰える資材の選択だ。
転移先の簡単な風景画を参考に、ポイント内で資材を選ぶ。
俺達はそれぞれにナイフを一本ずつ。
小さな小屋が建てられる程度の建材。
いくらかの石材と鉄。
ある程度のロープや麻紐、大きな帆布。
それから農具と工具と調理器具に裁縫道具。
ランプと毛布と食器。
それに矢を少々。
最低限必要そうな物を揃えたら、だいたいポイントを使い切った。
ある程度の食料と街と行き来するための魔導具はデフォルトでついてくるから、そこは心配いらない。
これが街に住んでの戦闘を希望すると、広い部屋や一軒家とか、バフのかかる家具や従魔なんかと交換する事になるらしい。装備品も候補にあるんだとか。
「そのうち家畜とか飼えたらいいねぇ」
「そーね」
キーナはニワトリ好きだもんな。
交換したものをインベントリに入れて、俺達は手続きを終えた。
「転移はあちらです。お気をつけて! ……次の方どうぞー」
後が詰まってるからさっさと離れて転移へ向かう。
ビッシリ文字が書かれた石塔が中心に立っていて、周りにオーブの乗った台座がいくつか配置されている広場。
「手続きが終わった方は、台座のオーブに手を当ててくださーい!」
プレイヤーが手を当てると、すぐに姿が掻き消える。
俺達もそれにならって、オーブの前に立った。
「せーので行こう、相棒」
「いいよ」
相棒ね。
ゲームで知り合って、ゲーム内の相棒から夫婦になった俺達はこうやってゲームを始めると自然と呼びかけのスイッチが切り替わる。
相棒と一緒に、同時にオーブへ手を当てる。
──暗転
すぐに視界が開ける。
煩い喧噪は森の葉擦れの音に差し変わって、俺達は不思議な森の中の少し開けた丘に立っていた。
「ついた! え、すごい面白い! これは大当たりなのでは!?」
キーナがはしゃぐのも無理はない。
βテストの情報で出ていたゲーム内の森はいたって普通の森だったが、ここは明らかにぐるぐると渦を巻いたような木に青緑色をした変な形の葉っぱばかりのメルヘンな森だ。
景色は大当たりって言えるだろう。
景色 は
「こういうところって、大抵敵強いよな」
「それなー!」
そうなると、拠点を決めずにうろつくのは得策じゃない。
拠点用地の確定方法は、街へ行き来するための魔導具を設置する事だ。
この魔導具は絶対に壊されず、そこを復帰地点として登録できる。
だからとにかく拠点を決めてしまいさえすれば、何度死んでも何度だって再挑戦ができる。
最悪、街の周りで軽くレベル上げをしたってよくなるんだ。
「さっさと拠点の位置確定しよう」
「オッケー。相棒はどのへんがいい?」
「俺は遠くに山と、反対側に海だか湖だかあるから、どこでもいいよ」
逆に言えば、山と海が無いところは嫌だ。
これは完全に個人的なこだわりで、生まれ育った地元がそうだったからっていうゲームとは何の関係も無い理由だ。
結婚して他県に引っ越して初めて気付いたんだが、俺は無意識に山と海とを方角の指針にしていたらしくて、それが無くなった途端に方向音痴気味になった。
リアルにもゲームみたいなマップがあればいいのにと何度思ったか。
今回は幸いにも両方が揃った場所に出て助かった。
さて、拠点の場所探しだ。
今いる丘の上も悪くないが、ちょっと周りから丸見えすぎる気がする。
警戒しつつ、二人で少し歩いた。
道の無い森は歩きにくい。
それでもキーナは変な形の長い枝なんかを拾って嬉しそうだ。
……嬉しそうなのは大いに結構なんだけど、さぁ?
「……その枝、相棒が今持ってる杖より強くない?」
「馬鹿な!?」
【鑑定】と【アイテムボックス】……いわゆるインベントリは最初から覚えている固定スキルだ。
その【鑑定】で、枝を見てみる。
【微睡の枝】…魔攻+10、魔防+1
微睡の森の木の枝。
夢の力が滲んでおり、素材としても杖としても使える。
「……今持ってる【簡素な杖】が魔攻+2」
「強いね」
これは本格的に分不相応な場所にいる可能性が出てきたぞ。
適当に拾った枝が素材扱いで、武器として持ったらこの性能。
RPGなら、そこそこ後半のフィールドじゃないか?
「ヤバイヤバイこわいこわいこわい」
「うん、早く拠点決めような」
極力息を潜めながら、こそこそと森の中を進む……と、木々が途切れて少し開けた場所に出た。
太い立ち枯れた樹が一本ある草地。
「……畑のスペース確保できるし、ここはどう?」
「相棒がいいならいいよ」
もっとじっくり選びたい気持ちもあるけど、今は安全確保を優先しよう。
インベントリから、街への転移用の魔導具を出す。
それは最初にここへ飛んだオーブの乗った台座と同じ物だった。
適当な地面へ置く。
──『拠点用地を確定しますか?』
選択肢が出たから『はい』を選択。
するとオーブが光って、次に地面に薄い光が広がり、ある程度の広さで今度は光が上に上って消えた。
今の範囲が、有志wikiで見た『拠点用地の広さ』だろう。
他プレイヤーの立ち入り拒否設定は『この範囲に立ち入る事を禁止する』という形になる。
開拓を進めると拠点レベルが上がって、好きな方向に拡張していく事ができるらしい。
注意しないといけないのは、『ダンジョンの入口を拠点用地にはできない』というあたりかな。占有防止措置らしい。入口を囲んでしまうこともできないとか。
……よし、ひとまずこれで、死んでもこの森に復帰するようにはなった。
「この後はどうする?」
「僕はとりあえず小屋でも建てようかな。休む所無いと困るし」
「じゃあ俺はちょっと拠点周りの様子見てくるわ」
「はーい、気を付けてねー」
キーナに見送られて、俺は武器を構えながら森に入った。
有志wikiを読み込んでいた俺は、ひとつ、早々に見つけておきたい物があった。
それは『大鳥の骨』
どの開拓地にもそう遠くない場所に必ずあるというその骨は、使い道が特に無いが街のNPCに高く売れるらしい。
それで早急に資金を作って、装備を少し良い物にしておくのがいいんじゃないかと思う。
【隠密】を使いながら森を静かに進むと、ウサギのようなモンスターと遭遇した。
うたた寝ウサギ Lv6
サイズはそれほど大きくない。
名前の通りにうたた寝をしている。
レベルだけ見るなら格上……どうかな?
短弓に矢をつがえて、狙いを定める。
ウサギは動かない。
試し打ちはイイ感じに真っ直ぐ飛んでウサギにヒットした。
一撃とはいかなかったけど、2,3発撃ってナイフでとどめであっさりドロップ品を残して消えた。
……警戒しすぎたか?
いや、ウサギだけとは限らないし、このまま慎重に行こう。
弓も、初期武器でこれだけ真っ直ぐ飛ぶなら有情な方だ。問題なくやっていける。
とりあえずウサギ狩りと採取でもしつつ……そうだな、海っぽい方にでも行ってみるか。
建築なんて、早々すぐには終わらないだろ。