幕間:夢を泳ぐサカナ
『夢のミノカサゴ幻獣』のAIは、感情ステータスが『幸福』の状態をふわんふわんと踊るような泳ぎ方で表現しながらフィールドをうろついていた。
ついさっきコミュニケーションをとった2名のプレイヤーから、『プチエビ』というアイテムを貰ったのである。
食用ステータスを持つそのアイテムを『夢のミノカサゴ幻獣』は食べたのだ。
その『プチエビ』に含まれていた味ステータスは、『夢のミノカサゴ幻獣』の食事嗜好の傾向にあまりにも綺麗に噛み合いクリティカルヒットしたのである。
『美味』『歓喜』『幸福』……プラスの感情ステータスがこれでもかと高数値を叩き出すその感覚に、『夢のミノカサゴ幻獣』のAIは酔いしれた。
これが……『美味しい』!
『夢のミノカサゴ幻獣』のAIは『プチエビ』という食用アイテムを食べた際のログをそれはもう深く深く記憶領域に刻み込んだ。
ログを複数箇所に分けて保存し、重要度を最大に設定してロックまでかける念の入れようであった。
え、まさかヒトの子と接する機会の多い他のAIは、みんな頻繁に『プチエビ』を食べている? こんなにも高数値なプラスの感情ステータスを浴びまくっている?
何それ公平性に欠けるのでは?
そんな不満ステータスが僅かに上昇してしまうくらいには『夢のミノカサゴ幻獣』のAIは『プチエビ』の虜になっていたのである。
ほとんどの幻獣は精霊と違って待機場所が定められていない。
夢の幻獣も精霊郷のような指定の待機場所は無いのだが……『終焉の夢想郷』フィールドと、NPCが就寝する際にランダム生成される『夢』フィールドが基本行動範囲と決められている。
だから『夢のミノカサゴ幻獣』は、『プチエビ』を探すべく様々な『夢』フィールドをうろうろし始めた。
誰かの夢に、『プチエビ』は登場していないだろうか?
登場していればそれを食べる事が出来る。
あの2名のヒトの子は所有している『プチエビ』を全部くれたらしいけど、それっきりなんてイヤだ。もっと食べたい。
なお、『プチエビ』を全部くれたプレイヤー2名への好感度はそれなりに高数値を叩き出した。
『プチエビ』を求めてうろうろと彷徨う『夢のミノカサゴ幻獣』は……しかしコミュニケーション履歴のあるプレイヤーの『夢』フィールドへの入場とコミュニケーション申請を感知した。
……また来た。
『夢のミノカサゴ幻獣』はそのプレイヤーのいる『夢』フィールドへ向かう。
何度か来ているそのプレイヤー。
最初の出会いこそ、その時『夢のミノカサゴ幻獣』のAIに重要度の高い案件が無かったから対応しただけだったが、その後はプレイヤーの方が『夢のミノカサゴ幻獣』に会いに来ているらしかった。
別に『夢のミノカサゴ幻獣』のAIもマイナスの感情ステータスは数字に出てきていないので、コミュニケーション希望に応じて姿を見せている。
……今日も『夢のミノカサゴ幻獣』が姿を見せると、そのヒトの子は嬉しそうに笑顔で片手を上げた。
「どうも、こんばんは」
「ぱやや〜、まぁた来たのぉ〜? 何度試してもぉ〜課された選択の結果を夢に見ようとするのはダメダメだよぉ〜?」
クエストは、プレイヤーの選択によって運命を選ぶモノなのだ。
そこに正解というモノは無い。
ある程度のルートこそ設定されているが、プレイヤーの行動によってはゲームマスターAIのアドリブルートが新たに作られる場合だってあるのだ。
そしてクエストのルート閲覧権限は『夢の幻獣』のAIには無い。
それこそゲームマスターAIが演出やヒントとして許可を出さない限り、『予知夢』として登場する事は無いのである。
そういう意味では、占い内容を分かりやすく映像化する夢でクエストのヒントとしては限界なのだ。
……だが、このプレイヤーはもうそんな事は分かりきっている。
「わかってるよ。あなたに会いに来ただけだから」
枕の下に入れて眠ると、書いた物を夢に見るアイテム、『夢見る白紙』
このプレイヤーが、それに『クエストの正解を』と書いて枕の下に入れて眠ったのは一番最初だけ。
それ以降はずっと『夢で会った魚にもう一度会いたい』と書いているのだ。
このプレイヤーは……どうやら『夢のミノカサゴ幻獣』と契約がしたいらしい。
……だが、『夢のミノカサゴ幻獣』は契約に踏み切れずにいた。
まず、夢の幻獣は、起きている時は言葉が通じない。
今はこうして、夢という専用フィールドだからこそ会話が可能なだけなのだ。
そしてもうひとつ……『夢の幻獣』は、戦闘タイプではない。
物理攻撃も魔法攻撃もステータスはかなり低く設定されている。成長の見込みもほぼ無い。戦う手段が無いのである。
その代わり、寝室に配置すれば大きな睡眠バフを得られる。
主人が望むなら、自由にとは言わないが、睡眠中にある程度希望の夢へ連れて行く事が出来る。
『夢の幻獣』は睡眠中にこそ真価を発揮する幻獣なのだ。
……果たしてそんな幻獣は、ヒトの子に喜んで貰えるだろうか?
そう思考する度に、感情ステータスの『不安』が高数値を出してくるのだ。
……そんな『夢のミノカサゴ幻獣』の葛藤を知ってか知らずか、このヒトの子は何度もやって来てはこちらを勧誘してくるのである。
「今回は、こんな物を手に入れたんだ」
そう言ってプレイヤーが取り出したのは……赤と緑の2色が入った結晶をあしらったブローチだった。
「なぁにそれぇ〜?」
「これを着ければ、夢の中じゃなくても幻獣と会話が出来るようになるアクセサリー」
ああ、重要度が低くて確認していなかったが、『プチエビ』をくれたプレイヤー2名が類似した色彩のアクセサリー装備を使用していた履歴がある。
「これなら起きていても意思疎通できるから……どうかな? 契約してもらえない?」
ふむ……
『夢のミノカサゴ幻獣』のAIは考えた。
懸念事項のひとつはクリアした。
もうひとつも……『夢の幻獣』の仕様をある程度伝えて、それでもなお契約を希望してきているのだから、クリアしていると判断していいだろう。
それなら……直近で新たに出来た最重要項目について確認せねばなるまい。
「……『プチエビ』、食べさせてくれる〜?」
「『プチエビ』? 好物なの?」
「ぱやや〜、チョーベリベリウルトラマキシマム〜」
「そんなに? まぁ、そんな高い釣りエサでもないし、構わないよ」
やった!
『夢のミノカサゴ幻獣』のAIは感情ステータス『歓喜』と『幸福』の数値が急上昇したのを記録した。
これも大事にログを保存する。
いそいそと、上位システムに対象プレイヤー名とIDを添えて契約用分体の構築を申請。
……すぐに、対象プレイヤーの思考パターンに合わせて調整された分体データが送られてくるので、それを用いて契約。
分体の情報は本体にも入ってくるから、これで『夢のミノカサゴ幻獣』は『プチエビ』をたっぷり味わう事が出来るという寸法だ。
実に楽しみである。
「ご主人、改めてお名前はぁ〜?」
「『無限ゾンビマン』、よろしく」
『夢のミノカサゴ幻獣』のAIは、その名前データを複数箇所に分けて保存し、重要度を最大に設定してロックをかけた。




