ユ:儀式、決行前
※ジョンの種族表記をミスしていたので修正
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金曜日、夜。
ゲーム内では、約束の『魔術塔ダンジョンの招来』クエスト決行日だ。
ずっとソワソワしているキーナと一緒に。変装して、声替わりシロップを飲んで、必要な物を持って……俺は念の為ネビュラを連れて行く。
転移オーブで降り立った『砂の都・サラサオアシス』は……ここもなんだかNPC住人がソワソワしているように感じた。
「町長が、冒険者の方々と一緒に西で何かなさるようで」
「ほほう?」
「西だってよ!」
「行ってみようぜ!」
特に箝口令は敷いていないからだろう、何をするのかわかっていなくても、何かするらしいという噂にはなっているようだ。
西へ向かってみれば、集まりつつあるNPC住人の群れ。
あんまり近づくと危ないかもしれない……というのは決行チームの共通認識だったのか、NPC住人達は狩人っぽいNPCの誘導で防壁の上から見物するに留まっている。
そうなると、たまたま街に居合わせたプレイヤー達もなんとなくそれにならったのか、防壁の上かその付近で遠目に野次馬しているようだった。
俺達が近付くと、話が通っていたらしい門番が道を開けて外へ通してくれる。
……そうなれば、当然プレイヤー達の目線は俺達に飛んできた。
(ひぃん……観客緊張する……)
(大丈夫大丈夫、俺達がメインじゃないから)
俺は人嫌いだけど、学生時代の吹奏楽発表会のおかげで、衆目を浴びるのはある程度耐性がある。……また夜中に『本番で頭が真っ白になる悪夢』は見るかもしれないけどな。……ダメだ、あんまり考えると頭が痛くなってくる。儀式の事を考えよう。
現場にはもう関係者が集まっていて、まだ約束の時間にはかなり早いにも関わらず俺達が最後らしかった。
アラビアンな装備のアラジンさんが指示する場所に、知らないプレイヤー達がわらわらと集まって砂を均し、線や記号を描いた板を組み合わせて大きな魔法陣を作っている。
当日は撮影もしたいって事で、話し合いよりも人数が増えるのは聞いていたから、その辺りが手伝っているんだろう。
俺達はやってもらう側だから、参加者云々は好きにしていいって許可を出して基本丸投げだ。
変装状態で動画に残るのは公式ムービーで今更だし。情報とアイテム提供しただけで特等席で見せてもらうわけだから文句は無い。
魔法陣の脇で儀式内容のメモを読み込んでいる面々の中に、変装したカステラソムリエさんがいたからそっちへ向かった。
「おはよー」
「……おはようございます」
「おー、おはようさん」
お互い片手を上げて挨拶。
すると、メモを読んでいた面々が顔を上げる。……ほとんどが会議で見た顔ばかりだ。
ここは、儀式を実行するサモナー達の待機所だったらしい。
俺達と似た雰囲気の装束を着ている『カステラソムリエ』
麗嬢騎士団の騎士服を着た『アリス・リリス』
ペリカンの口に入った、グリードジャンキーの『お掃除エビ』
キーナ曰く『ワイルドな奥様』って感じの装備を着ている、モロキュウ冒険団の『海亀』
そして検証勢の、モヒカンが輝く『抜け毛千本ノック』
会議で知り合ったひとりひとりに軽く挨拶をしていって……俺達が知らない初見のプレイヤーが二人。
鳥系獣人の女性と、エルフの男性。
ここに居るって事は、この二人が残りのサモナー要員なんだろう。
俺達がそっちを見たのに気付いたのか、まずは女性の方がにこやかに笑って挨拶をしてくれた。
首のあたりで切りそろえた髪がさらりと揺れる、一見清楚そうな見た目の少女。
「初めましてぇ、『絶対聖母コマドリ』と申しますぅ」
名前のインパクトが強い。
「クラン『絶対バブみ大正義』のリーダーでママですぅ。あっ、お相手がいる男性にはちょっかいかけませんのでぇ、安心してくださいねぇ」
……ツッコミどころしかない。ものすごく地雷系な雰囲気がする。
俺がどうしたらいいかわからなくなっていると、ペリカンの口の中から、姿は見えないが人の声が聞こえてきた。
「……絶対聖母はこれで戦闘ガチ勢サモナーのトップ争い枠だよ。闘技場常連で対人も強いよ」
マジで???
「ウフフ、そんじょそこらの有象無象には負けませんのでぇ。コマドリを踏みつけにしたかったらぁ、ガルガンチュアさんあたりを連れて来てくださいねぇ?」
それガチのガチ勢じゃねーか。
(ひらっひらの可愛いワンピースにサンダルとかいう軽装に見えるのに……人は見かけによらないねぇ?)
(それな)
次に手を上げたのは男の方。
長い髪をひとつに束ねている長身のエルフだ。
ファンタジーでよく見るテンプレなエルフっぽい恰好をしている。
「初めまして、ジョンです! 動画サイトにエフォの検証動画とか投稿してます。よろしくお願いします!」
名乗りを聞いて、横の相棒が「ジョン……?」と首を傾げた。
「あれ? お嬢様の所の、罵倒されて喜んでる犬もジョンじゃなかったっけ……?」
「アイツと一緒にしないでくださいぃいいぃい!!」
ジョンさんは頭を掻きむしって仰け反り、そのままブリッジの姿勢になってしまった。
……うん、どっかのスレで見た記憶があるな。『番犬ジョン』と名前が似てて風評被害を受けている『ジョン』さんが嘆いてる書き込み。
「俺は!! 断じて!! ドMじゃないからぁああ!!」
悲鳴のように訴えるジョンさんに……絶対聖母コマドリさんがニッコリ微笑んで手を差し伸べた。
「大変そうですねぇ、ジョンさん。ヨシヨシしてあげましょうかぁ? それとも……罵倒してさしあげましょうかぁ?」
「やめろぉ!! 俺の新たな性癖の扉を開こうとするなぁああ!!」
「一回開いちゃえば後は気持ちイイだけですよぉ」
「ヤメテー! タスケテー!!」
……ところで昨今のフルダイブVRゲームの管理AIは、際どい発言に対してハラスメントと冗談の境界を見極めるためにスキャンした思考を利用している。
これにより、本当に相手が嫌がっていた場合は加害者へ即座に警告が飛ぶ仕様だ。特にセクハラには厳しい。
機器が思考と感情を読み取っているから、嫌よ嫌よもなんとやらと言う事はありえないと証明される。
現在の管理AIがいるVRにおける常識だ。
そして……絶対聖母コマドリさんは結構キワドイ事をジョンさんに言っているしジョンさんは悲鳴を上げているが……止めない。
つまり、警告が飛んでいない。
つまり……
(……割と手遅れじゃない?)
(悲しいね)
たぶんもう開きかけてるな……あれは。




