ユ:駆け抜けて干物ロード
「【アクアクリエイト】ォオ!」
果てしなく続く広大な砂漠を駆け抜けながら、キーナが発する【水魔法】が、行き倒れて干からびている人魚プレイヤーに降り注ぐ短時間の滝を作る。
割と容赦のない量の水は、逆に人魚には一発でありがたい量の潤いになるらしい。
べっしゃべしゃに濡れた人魚プレイヤーが、瞳に希望の光を宿してガバッと起き上がった。
……その横を俺達は速度を落とさずに駆け抜ける。
「た、たぁすかったぁあああ!! ……って、ええーっ!? 森夫婦ー!? ああっ、待ってー!? せ、せめてお名前をー!?」
今『森夫婦』って自分で言っただろ。
顔出しNGなんだから本名もNGだ、察しろ。
「進行方向やや右寄りに次の干物よ。近くにサソリが3匹」
「右だな」
先行して飛ぶベロニカが点々と落ちている人魚の場所を伝えて、ネビュラがそこを通るように走る。
街に向かう進路上に倒れているからまだマシだ。
砂の上で、ただの屍みたいになってる人魚へ迫るサソリ型のモンスターが3匹。
「相棒伏せて」
「ほい」
「【追い風撃ち】」
ネビュラにしがみつくように伏せた相棒の頭上から、ボウガンでサソリを撃ち倒す。そこまでレベルが高いモンスターじゃなかったのが幸いだ。
片付いた所で相棒が【水魔法】で人魚に滝を浴びせる。
確認からここまでネビュラはノンストップだ。
「うおおー! 森夫婦さん、サンキュー!」
(水かけると一気に元気になるのちょっと面白い)
(……うん、極端だよな)
(お湯につけると膨らむ玩具みたいだなって)
(あぁ……水かけるとタオルになるタブレットとか?)
(そうそう)
人魚はインスタントだった……?
……まぁ、相棒が楽しんでいるならいい。スレの人魚達はもう少し自重してほしいけどな。
「次、左側に干物が2体よ」
「うむ」
もうベロニカが人魚を干物としか呼ばなくなってしまった。
そんな人魚ばかりじゃないから……他のプレイヤーの前では干物呼びはやめてあげてくれ。
* * *
「はぁ……結局何人救助したかな?」
「さぁ? 数えてなかった」
日が暮れて、夜。
さすがに黒一色になった慣れない砂のフィールドを進むつもりはない。いくら明日は休日といっても、そろそろログアウトしないと辛いしな。
「んんー! 寒ーい!」
「気温の変化が激しいな……」
「でも星が綺麗」
「うん」
とりあえずキーナを抱き寄せて腕の中に閉じ込める。……暖かいな。ゲームなのに、ちゃんと体温を感じるのがありがたい。
なんとなくダラダラとしているのは、砂漠の星空があまりにも綺麗で見応えがあるからだ。
黒く陰った砂の上に広がる濃紺の空。
そこに散りばめられた、数える気にもならない大量の星々。
地面よりも、空の方が明るく。雲一つない星空は、360度どっちを向いてもキラキラと瞬く星の輝きに囲まれている。
「はー……スクショ撮ろ」
「うん、撮っておこう」
「エフォの景色は、普通に写真集みたいなの出したら売れそうだよね」
「……そういう写真家いなかったっけ?」
「いるのー?」
「SNSとかで見た気がする」
「へぇ~」
業界がブレイクスルーしてから、VR界隈のグラフィックは恐ろしく向上している。
作品としてのゲーム世界と、そのゲーム世界で作品を撮る写真家が増えているって話も、どこかで見たような気がした。
エフォもその内、写真集とか出そうだな。
V配信者も含めて、そういう活動をエフォの運営は歓迎している。
「……綺麗だけど寒い」
「寒いな、そろそろ落ちるか」
「うん……砂漠の街を登録したらさ、暖かい装備用意してゆっくり見に来ようよ」
「ああ、いいかも」
……なお、ネビュラとベロニカは、揃って明後日の方向を向いてくつろいでいた。
ログアウトして、リアルで布団に潜り込む。
明日は流石に行き倒れの人魚はいないだろう……水不足でダウンした人魚は魔法すら使えなくなるから、リアル一晩持ちこたえるような事は無いはずだ。
「明日はもう少し砂漠を満喫出来るかな……」
「だといいな」
今日は珍しく俺も眠い。
スキンシップを兼ねてギュウギュウと抱きしめ合っていると、いつの間にか、温もりを感じながら眠りに落ちていたのだった。
* * *
そして休日のログイン。
そこには……何故か目の前で倒れている人魚プレイヤーの姿が。
「「どうして……」」
「いやぁ……途中までは良い感じだったんですけどね……うっかり戦闘に夢中になってたら、倒し終わった後にバッタリと……」
つまり……徒歩で街を目指している人魚が、時間差で倒れている場合がある、と。
「ありがとうございましたー!!」
(……おかしいなぁ? もっとこう……ロマンのある砂漠タンデムを満喫するはずだったのになぁ??)
(なんでだろうなぁ……)
人魚さんは水中のアドバンテージが大きすぎるので、その反動で水が無い砂漠や溶岩地帯系のフィールドではかなり容赦無く干物になるように設定されています。
エフォに慣れきったβ人魚は、こういうフィールドを歩く時はパーティを組むか、水魔法で常に口に水を含みながら歩いていたりします。




