ユ:外壁と畑
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昨日に続いて相棒は生産作業。
そして俺は、ちょっと中断していた外壁建築の続き。
グレッグさんから料金の石材と鉄材も全部揃ったって連絡が来て、相棒が矢の補充ついでに受け取ってきたから、一気に予定している分まで仕上げよう。
ひとまず建物一階分の高さがあれば、飛ばない動物系のモンスターはほとんど入ってこなくなる。
β勢有志wikiによれば。
最初の強度重視の外壁を作る時は、この高さの壁でまずぐるりと必要範囲を囲む。
その後、敷地の内側に人がギリギリ通れるくらいの隙間を開けて、もう一枚壁を置く。
そして【土魔法】を使って、壁と壁の隙間を強度重視の土……ようはコンクリートみたいなイメージの魔法で埋めてしまう。
これが、わかりやすく強度の出る基本防壁なんだそうだ。
俺はそれに基づいて壁を作っている。
なんなら土を入れるための二重の壁、先立つ物が無ければ木材でもいいらしい。
コンクリートイメージの【土魔法】は結構な強度が出るから、外側が木材でもかなりの防御力になるとか。
まぁ俺達は、初回襲撃から熊が出るとかいう事件が起きたから……もうさっさと石材にしちゃったけどな。
ちなみに、【土魔法】で石を出す事はできない。
石は【土魔法】のレベルを上げると習得できる【石魔法】の領分だ。
これがβ勢もテスト後半になってからの習得だったって話だから、【石魔法】を待ってから外壁を作るっていうのは現実的じゃない。
ようやく【建築】で石の二重壁が完成。
【土魔法】で内側を埋めていく。
……お堀といい、壁といい、畑といい、拠点づくりに【土魔法】が欠かせないな。取ってよかった。
後は出入口に頑丈な分厚い扉を作れば完成だ。
なんだかんだ相棒よりレベルが高くなった【建築】のパレットメニューに、鉄で補強してある木の両扉があるからこれを選ぶ。
こんなのまでいちいち鍛冶でやってたらキリないからな。特色を出したかったら手作りするしかないけど、ひとまずデフォルトで十分だ。
これも二重扉にした方がいいよなぁ……材料余裕あるし、さっさとやっちゃうか。
……よし、さっさとやった。
外側の扉は、内側よりも軽めにした。素早く逃げ込む事ができるように。
で、いざとなったら二重扉の間を【土魔法】で埋める作戦だ。これなら外側が軽くてもなんとかなるだろう。
なんといっても俺達夫婦はどっちも遠距離職。
とにかく入り込まれない事を優先したい。
「おー、すごーい! 出来たねー」
壁に登って全体を確認していると、下に相棒が来ていた。
「僕も頼まれてたやつ、出来たよー」
下に降りると、相棒が「はい」とそれを手渡してくる。
製作を頼んでいたのはスリングショットだ。
いい感じにYの字型になっている太い枝を探してきて作ってもらった。
中世ファンタジー的な世界観でゴム紐があるのか不安だったけど、代わりに伸縮性の強いモンスター素材が売られていた。そのへんはゲームの特権だな。
「ありがとう」
「僕は【武器製作】が育ってないから、全然強くないよ? むしろ玩具みたいなの出来たけど」
「うん、大丈夫」
【微睡のパチンコ】…威力+2
微睡の森の木の枝で作ったパチンコ。
製作者:キーナ
なるほど、これは玩具だ。スリングショットを名乗れてすらいない。
まぁ問題無い。矢以外の物を飛ばしたいだけだからな。
「それで何撃つの?」
「煙幕とかの弾」
「ああ、そういうのかぁ」
試しに土魔法で泥団子を作って適当な木を狙ってみる。
……うん、命中精度も低いな。知ってた。
まぁ癖を覚えれば当たらない事はない。ひとまずこれでいい。
「きりもいいし、そろそろ飯にするか」
「今日のメニューは?」
「肉のソテーと温野菜。あとはパン」
「イエーイ!」
* * *
さて、ゲーム開始からリアルで数日。ゲーム内だと十日は超えた。
俺と相棒は、すっかり作物が大きく育った畑に来ている。
「そろそろ収穫出来そうだね!」
「そうだね」
ヒヨコとして自主的に畑から卒業して行ったひよこ豆以外はそこそこ順調に見えるかな。……大きさだけは。
ああでも、トマトは成長が遅いか。
この森、季節がわからんからとりあえず一通り選んだって相棒は言っていた。
体感は暑くもなく寒くもなく、快適な春か秋って感じだ。いわゆる夏野菜にはちょっと涼しすぎたのかもな。
まぁ、農業系スキルが無いならこんなもんだろう。
「で、問題は、ちゃんと食えるものが育ったかどうかだな」
「それなー」
俺達の住む森は、なんというか植生が人間に優しくない。
死の海が近い夢関係の森だからか、自然の草木が精神に作用するか毒かばっかりだ。
相棒も、フッシーからここの事を聞いていなくても、なんとなく植物がヤバいのは察している。
だからもう……作物の色がヤバイ事に関しては『だろうな』って気持ちの方が大きい。
「……相棒。キャベツって普通のキャベツの種買ったんだよね?」
「うん。普通の、緑色のキャベツの種だって聞いて買って来たよ」
どう見ても紫キャベツなんだよなぁ。
「とりあえず収穫してみようよ」
「そーだね……」
俺はとりあえず手近なニンジンを引き抜いた。
【奈落ニンジン】…品質★★
齧れば意識が奈落へ落ちる。戻って来れるかは本人次第。
あかん。
関西出身でもないのに関西弁が出るくらいにはヤバイモノが出来てしまった。
どうするんだこの赤黒いニンジン……
「アハハハハハハハ!! 相棒! 見てこの青緑色のジャガイモ! デスポテトだって!!」
「名前が酷い」
デスポテトて、まるごと芋の芽なだけじゃないのか?
一通り収穫を終えて、我々の畑のラインナップはこんな感じだった。
【奈落ニンジン】…品質★★
齧れば意識が奈落へ落ちる。戻って来れるかは本人次第。
【睡眠玉ねぎ】…品質★★
食べると眠気を感じる玉ねぎ。甘い夢か辛い夢かは調理の仕方による。
【デスポテト】…品質★★
決して食べてはいけない芋。
【迷宮夢のキャベツ】…品質★★
食べると葉の間を彷徨う夢を見る。抜け出せるまで目覚めない。
【満ち夢ちトマト】…品質★
柔らかな実に夢が詰まっている。
食べると一時的に幻獣と会話が出来る。
【揺り籠カボチャ】…品質★★
固い皮の中に優しい甘さの夢が詰まった実。
生き物が過剰に摂取すると中毒になる。
これはひどい。
およそ人が常食する物ではない作物が出来上がってしまった。
玉ねぎとカボチャは見た目だけは元とそんなに変わらない。
……どっちも大玉サイズにデカイが。
キャベツは紫色で、トマトは赤と緑のマーブル模様。
ニンジンと芋はダントツで見た目もヤバイ。
赤黒いニンジンはドリルみたいに捻じれてるし、芋は青緑色で複数の芋が細長い部分で繋がっている科学の分子模型みたいになっている有様。
「ちなみに薬草は薬草じゃなくなりました」
「えっ」
【夢会い草】…品質★★
ひとつの葉を複数人で分けて齧ると同じ夢で会える。
「めっちゃいいよねこれ。夢の中でも相棒に会えるってことでしょ? リアルで欲しい」
残念だけど、これゲームなんだよなぁ。
大量の食用不可野菜の前で途方に暮れていると、相棒がニンジン片手に呟いた。
「……なんかさ、土に埋まってた根菜ほどヤバイよね」
「……まぁ、確かに?」
即命に関わりそうなのは根菜だ。
実や葉っぱはどっちかというと夢や睡眠に関わる効果が出ている。
「つまり土がヤバイのでは?」
「ほう?」
なるほど、土壌が汚染されていると。
……まぁ可能性は高そうだな。なんといっても『深き夢の台地』で隣が『死の海』だ。
「だから……街の方から土を持ってきて、鉢植えで育ててみない?」
「なるほど。雨はどうする?」
「……とりあえず土の影響か確認したいから、雨はそのまま浴びてもらおう」
それで上手く食べられる野菜が育ったら、地面と切り離した花壇のような畑を作って、そこに他所から持ってきた土を入れて農業をする。
そういう話でひとまずまとまった。
「……よくひよこ豆は普通の豆ヒヨコになったよな」
「アレは……どっちかというと卵扱いだったんじゃない? 温まればいい、みたいな? だから……ここの草を食べて育ったら、品種が変わるかも」
「ダメだろ」
放し飼いにしてて大丈夫か……?
とりあえず、食えない野菜はインベントリに突っ込んで、今日はログアウトだ。




