キ:『大地の鼠精霊』
わーお、でっかいネズミちゃん。
僕らがお互いにポカーンとしていると、ネビュラが一歩前に出た。
「ふむ……『大地の鼠精霊』か」
それに対する反応は劇的だった。
ネズミちゃんはピョンと跳び上がると、一瞬で小さく小さく……普通のネズミサイズになって、頭を抱えてプルプルし始めた。
「ヒ、ヒィイ!?『死の狼精霊』!? な、な、な、なんでそんな大物がボクの休憩お昼寝スポットに来てるんですかぁああ!? イヤー!?」
ううん、過去一でビビリな精霊ちゃんだぁ~。威厳のいの字も無いや。
ネビュラは呆れたような顔をしながらも、極力怖がらせないように穏やかな声で話しかける。
「用があるのはそなたではなく『結晶の猫幻獣』よ。ここにおるのであろう?」
「アッ、アッ、ねっ、猫幻獣様に御用でしたかっ。ハ、ハイ、いらっしゃいます、今日もこの奥で、お昼寝されていらっしゃいますぅぅう」
「……おい、結晶幻獣は大地の精霊の部下のようなモノではなかったか?」
「めめめ滅相もない! 猫幻獣様が部下などと! こ、こんな弱小精霊の担当区域にいてくださるだけで御の字でございますれば、さらにあの素晴らしい肉球でぷにぷにしていただける至福を与えてくださる、我が心の主人と申し上げても過言ではございませんでして」
……なんだろう、主従逆転してない?
猫とネズミだからしょうがないのかもしれないけど。
「あっちですぅ〜」とネズミ精霊ちゃんが教えてくれた方には、さらに下に向かうっぽい通路。
じゃあ……と向かおうとすると、ネズミ精霊ちゃんがおずおずと声をかけてきた。
「あ、あの……くれぐれも猫幻獣様のご機嫌を損ねないでくださいませね? それから……その……あの……狼精霊様?」
「……なんだ?」
「あの、よ、よろしければ……す、少しだけでかまいませんので……に、肉球でぷにぷにしていただけませんか!?」
「………………」
あ、ネビュラがなんかものすごく嫌そうな顔で沈黙した。
……そして、自分の前足の肉球をチラッと見てから、ペフッと軽くネズミに前足を乗せた。
「アアッ! ありがとうございますぅ!」
それでいいんだ?
怖がりと見せかけて、そうでもないね? このネズミ精霊ちゃん?
「ありがとうございま〜したぁ〜」と小さな手をフリフリして見送るネズミ精霊ちゃん。
見送られながら通路へと入る僕ら。
「鼠精霊は初めて会ったが……よもやあそこまで腰が低いとは思わなんだ……まさか全てがあのように肉球を好むわけではあるまいな……」
ちょっと疲れた感じでネビュラが言う。
相棒がそれに苦笑いしながら訊いた。
「精霊って、弱小とかの序列あるの?」
「特に無いが……まぁ担当しておる縄張りの広さで上下を判断するモノもいないわけではないな」
「じゃあ、あの鼠精霊は縄張りが狭いのか……」
「いいや、そんな事は無いが? 石を切り出していた街を含めた、この辺りの岩山一帯は全てあの鼠精霊の縄張り。広さで言うのなら余と同格ぞ」
ええ〜……?
「……じゃあ、あの鼠精霊は自分から下に入りたがる性格してるってだけなのか……」
「うむ……何が楽しくてそのように振る舞っているのか、意味がわからぬ」
「そりゃあ……肉球で踏んで欲しいからじゃないの?」
思わずぼそっと言うと、ネビュラは狼なのに宇宙猫みたいな顔になっちゃった。
……だって、本当に怯えてる小心な子は、初対面相手に『肉球ぷにぷにさせてください』なんて言わないよ。
あのネズミ精霊ちゃん、自分を小さく見せるのが好きなだけだと思う。
* * *
通路を進むと、岩壁にキラキラした綺麗な結晶が混ざり始めた。
そしてファンタジーあるあるのほんのり光る結晶が増えてきて…通路が幻想的な雰囲気になっていく。
「いいね~、ファンタジーならやっぱりこういう景色は欲しいよねぇ〜」
「うん、綺麗だ」
スクショ撮っとこ。
この辺の結晶は何か素材なのかなー……でも今は猫ちゃんの勧誘に来てるからねぇ、採取するにしても後にしよう。
そういえば、マリーは元々水晶を使ってる蜘蛛の霊だったから、こういう結晶は好きかもしれない。
猫ちゃんに会えたらいくつかお土産にしたいなー。
とりあえず【鑑定】だけしておこう。
【灯水晶】…品質★
ほんのりと光る結晶。
うーん? とりあえずほんのり光るだけなのかな?
宝石としての価値は微妙そう? 綺麗だけどねー
ああでも、ほんのり光らせたい装飾とかには使えそう。寝室が真っ暗だと眠れない人用のランプとかね。
「壁がどんどん結晶になってきた」
「丸ごと飾っておきたい形の結晶がゴロゴロ出てきて嬉しい」
「わかる」
大きいのをドーンと飾りたいし、細々した結晶を籠に山盛りにしてもおきたい。お高くなくてもいい、結晶が好きなんです。夢が広がっちゃうね。
そうして通路の全部が結晶に置き換わった所で、また開けた空間に出た。アリの巣みたいな構造の洞窟なのかな?
今度の空間は、ほんのり光る結晶が一面にあるから、広さも様子もよくわかる。
広間の一角に、金魚鉢みたいに丸くくり抜かれた大きな結晶。
その中に、ふかふかの大きな毛玉がてろんと入っていた。
「あれだな……」
「猫は液体だねぇ」




