ユ:確認と改良と、再びの話。
ポーションの試作がひと段落して、俺はネビュラと一緒に死の海にやって来た。
相棒はやりたい事があるらしくて拠点に残っている。
「……して、主よ。何をしに死の海へ?」
「死の海の水の補充と……ちょっと実験」
「む?」
俺が気になったのは、『キツネの葡萄』はどこまで完成品優先度が高いのかって事だ。
わりと何にぶち込んでも優先度勝ちして『酸っぱい葡萄汁』に変えてしまった驚異のアイテム『キツネの葡萄』
「死の海の水と、どっちが強いのかと思って」
「おい」
ネビュラが震えた声を出す。
いやだって気になるだろ。
もしもこれで『キツネの葡萄』の方が強かったら、ワンチャン死の海に葡萄を投げ込んだ途端に、広大な海が全部『酸っぱい葡萄汁』に変わる可能性がある。
……まぁ無いとは思うけどな。もし葡萄が勝ったら開発の見落としだろうから巻き戻し案件だ。
俺は不安げなネビュラに見守られながら、また砂浜に水を誘導する穴と溝を掘って、小鍋に水を汲んだ。
「じゃあ実験を始めよう」
「う、うむ」
俺は、小鍋に入った死の海の水に、絞ったキツネの葡萄の汁を入れる。
緊張の一瞬。
結果は……
「……あ、葡萄汁がシュワッて消えた。死の海の水のままだ」
「……うむ、うむうむ! そうであろうそうであろう! 葡萄とて命が育みし体のひとつよ。死によって終わりを迎えるが道理!」
じゃあなんでちょっと不安そうだったんだよ。
でもこの分だと、普通の海にも似たような処理がされる可能性はあるな。……というか、あくまで【調合】による処理だから、広い海そのものなんかは対象にならないか。
逆にMPポーションの材料を小鍋に入れて、そこに死の海の水を少し加えてみると【劣化した元ポーション】になった。
葡萄みたいに、完全に上書きするわけじゃないのか。
……『キツネの葡萄』がだいぶ異質なネタアイテムだな。
「まぁ、とりあえず確認できたからいいや」
「そうか」
またネビュラは『ヒトの子よくわからぬ』って顔をしている。
ヒトは好奇心の塊なんだ、諦めてくれ。
「……この海に浮かんでる別の島って、生えてる物とか違ったりする?」
「うむ、島によってそこに在るモノは様々よ」
ってことは、他の島の素材だったら強力なMPポーションになる可能性もワンチャンあるか。そのうちジャック達も連れて探索に行こう。
「……ところでネビュラ、死の海の水って、塩は採れるのか?」
「……塩とは、主が料理の味付けに使うモノであったか?」
あ、この感じだと知らないな?
まぁそれなら検証してみるか……
予定通り、樽に死の海の水を補充して、拠点に戻り自分の作業部屋へ直行。
鍋に海水を入れて煮詰める……が、そもそも煮詰まらないな?
「ふむ……普通の海の水はそのように沸かし続けると塩が残るのか?」
「そう」
「死の海は、あれは厳密には水ではないからな。死という役割がそこにあり、たゆたっているだけだ」
そもそも蒸発するようなものでもないファンタジー物質なのか。じゃあ成分がどうのなんて出てくるわけもないな。
なるほど、理解した。
さて、確認を終えて、上に上がる。
キーナは何をしてるのかと思って作業場へ行くと、木製の腕輪を2つ持ち、片方でもう片方をコンコンと叩いていた。
「……精の引っ越し?」
「そだよー」
片方は相棒が初期に作って長く愛用していた草の生えている腕輪だ。
【微睡の木の魔殖腕輪】…MP最大値+15
微睡の森の木の腕輪に、刻印を加えた腕輪。
製作者:キーナ
どうやら相棒は、これをさらにアレンジして新しい腕輪を作ったらしい。
それがこれだ。
【微睡月光花の魔殖腕輪・S】…MP最大値+35
微睡の森の木の腕輪に月光雫の花を根付かせ、刻印を加えた腕輪。
製作者:キーナ
「ああ、MPポーションの材料になる花を生やして効果を上げたのか」
「うん、上がるかなーって思ったら大当たりだった」
「結局、装備品に生やした植物は枯れなさそう?」
「これだけ日数が経っても瑞々しいから、枯れないって事でいいんじゃないかな。その代わり成長もしないみたいだし」
「なるほどね。そこから増やしたり収穫したりは出来ない、と」
ってことは、そろそろそういう植物付きの装備を売る店も出てくるかもな。思いつきはしても、クレームになったら困るだろうから様子見してただろうし。
「古い方はどうする?」
「お下がりになっちゃうけど、マリーにあげようかなって」
「ああ、いいね」
そういえば、マリーは俺達夫婦に滅茶苦茶肌触りのいいパジャマを作ってくれた。
あれは出来ればリアルで欲しい。それくらい着心地の良いパジャマだった。睡眠バフも向上したから装備の仕様としても優秀だ。
そうやってぼーっと考えていると、ふと相棒が作業台の上から新聞を手に取った。
「そういえば、本屋さん行った時に最新の新聞買い損ねたの思い出して、さっき相棒が出かけてる時に買ってきたんだけどね。戦隊さん達が、また初心者支援兼ねたフリーマーケットやるんだって」
「お、またか」
タイミング的にも虚無期間だし、高レベル帯が船で出港する直前だしでちょうどいいのかもな。
「またお店だしたいなって、いい?」
「いいよ。なんかスレ見てると、俺達の拠点の生産品とか結構欲しがられてる物多いから、そういうの多めに売って上げれば喜ばれるんじゃない?」
「へぇ~、そんなに人気なのあるの?」
「最近は主にトマトかな。木材と占いもそうだし、レゾアニムス装備はまだまだ需要があるよ。それこそ初心者向けじゃなくたって、今日試したポーションいくらか作って売ってもいいし」
「へぇ~、あのムチムチトマトそんな人気だったんだ?」
満ち夢ち、な。
「じゃあしばらくは売るもの考えながら、在庫作りに励もうかな!」
「オッケー」
そういえば、同盟メンバーは今回のフリーマーケットはどうするんだろうな?
そのうち時間のある時に訊いてみるか。




