ユ:図書館横の屋台本屋
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
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オンラインゲームにおいて、イベントとイベントの間は虚無期間なんて呼ばれている。
夏のイベントが終わったエフォも、当然その虚無期間に突入した。
イベントが盛り上がると、終わった後がすごく静かに感じるよな。わかる。何していいのかちょっとわからなくなるんだ。
ピリオノートを歩いてみても、街のベンチで燃え尽きたようにぼーっとしている冒険者が何人かいる。
「俺達……頑張ったよな……」
「ゴールしても、いいよな……」
「ボクたち疲れてるのよ……」
……大丈夫か?
どれだけ本気で夏のイベントを走ったんだ……ああでも、少数人数のクラン総出で帆船分のポイントを貯めようと思ったらあんな感じになるのかもしれない。
俺は心の中で『もういい、休め』と念じて、相棒と一緒に何事もなく通過した。
今日の俺達は、ピリオノートの本屋を探しに来ている。
有志wikiの露店情報によると、屋台みたいに荷車に本を乗せて売っているプレイヤーがいるらしいのだ。
ただ夏のイベント中はそっちに力を入れるために休んでいるという事だったから、イベントが終わった今日はやっているかもしれないと見に来てみた。
情報によると、露店広場ではなく、図書館に隣接した記念公園の木陰が定位置らしい。俺達が記念公園に行った時はちょうどいなかったんだろう。
……まぁ、サウストランクにあるっていうデカい本屋の方が品揃えはいいらしいんだけどな。
人が多いかもしれないし、キーナも移動本屋が見たいらしいからこっちにした。
記念公園にたどり着くと、図書館近くの木陰にその屋台はあった。
直射日光を避けて置かれた布張りの屋根付き荷車に、ズラリと並んで積まれている多種多様な本。NPCの子供達がとても嬉しそうに中の本を物色している。
店主は軽装に身を包んだ鳥の獣人の男。
艶々の綺麗な青色の翼。羽と同じ青い髪を緩く束ねて、眼鏡をかけている。
その店主は、口の端で紙巻きタバコをくわえながら、これまた移動式っぽい折りたたみの作業台を広げて、何か執筆作業をしていた。
「おじちゃん、これにする!」
「おう、金よこしな」
「はい!」
「……多すぎだ、これ1枚いらねぇよ」
「あれー?」
「もっかい数え方の復習してきな」
「むえー」
小さな男の子がワクワクした顔で買っていたのは、子供向けの絵本のようだった。
タイトルは『桃騎士物語』
……うん、中世ヨーロッパ風の世界観だもんな。
「僕もコレください」
「マジかよ」
そしてキーナが目を離した隙に『桃騎士物語』を買っていた。
まぁ、そういうの好きだもんな。
……って、違う、今日本屋に来た目的は趣味関係じゃない。
荷車に並んだ本から目当ての物を探す。
今日買いに来たのは『錬金術レシピ集』
この前会った論丼ブリッジって人が出してる本で、その1巻はポーション調合の基礎レシピが載っている。それが欲しい。
レシピ自体は有志wikiでも見れるんだが、ゲーム内で作業しながら確認する事を考えると普通にレシピ本が欲しいんだ。
荷車の本はジャンルも大きさもバラバラだ。
リアルのフリーマーケットなんかで、カートに古本が乗せられているのに少し似ている。
絵本もあれば、料理本もある。
小説や詩集みたいなのもあるし……これは相棒の書いた本の写本だな?
この前、猫の店で交換してきて図書館に寄贈した本の写しもある。図書館の新刊はマメにチェックしている店らしい。
……あった、これだ。
シリーズが5巻まであるから、ついでに揃えておこう。
「これください」
「はいよ」
よし、目的は達成……
「すいません、この6冊もください」
「……アンタ絵本コレクターか何か?」
「童話とか昔話が好きなんで」
「ああ……」
そして気付いたら相棒が絵本を大人買いしていた。
「『長靴をはいた猫』とか無いですか?」
「あー、それはまだ描いてないわ……ちなみにオススメの童話とかある?」
「んー……『つぐみのひげの王さま』とかわかりやすいんじゃないです? アンデルセンの『アマの花』とかも工場見学みたいで好きですけど」
「なるほど、ありがとさん」
……つまり絵本系はこの人が自分で描いてるのか。
感心していたら、羽ペン取り出して相棒の言った童話をメモしていた。……その羽ペン青い羽ですけど。もしかして自分の羽なんだろうか。
「まいどありー」という声を背に、俺達は買い物を終えて帰路についた。
「何そんなに買ったの?」
「童話とか昔話。なんかNPCが違和感なく読めるように改変されてるみたいだから気になって」
なるほど、『桃太郎』が『桃騎士物語』になってるような違いが見たかったのか。
「とりあえず『赤ずきん』が元っぽい『赤リボンちゃん』は、悪役が狼じゃなくて、声真似して人を食べる名状しがたい化け物になってたし」
「なんて?」
「『マッチ売りの少女』っぽい『火付け石の売り子』は、最後はなんか【火魔法】に目覚めてたくましく生き延びたのは確認した」
「なんで?」
「たぶんだけど……開拓大好きな逞しい国だから、狼とか寒さに負ける展開がウケが悪かったんじゃない? もしくは、オリジナリティ入れないと高評価出ないようになってるとか」
「ええ……」
もしそうなら……絵本作家も大変だな。
「だから『長靴をはいた猫』なら、猫が御主人様と一緒に開拓したり、悪い魔法使い侯爵とド派手なバトルを繰り広げたりするかもしれないと思って」
「無いか訊いたのそんな理由?」
なお、『桃騎士物語』は桃から生まれるのは一緒だったが、両親はお爺さんお婆さんじゃなく貧乏下級貴族の夫婦で、持って生まれた【草魔法】と【テイム】の才能でモンスターを倒してのし上がり、家を盛り立てるストーリーになっていた。
……まぁ、鬼どころじゃないモンスターがゴロゴロしてる世界だもんな。




