ユ:とんでもオーバーアイシクル
ダークスライム誘導の為に、ネビュラと同化して俊敏が上がっている事で思考も加速していた俺には、その時何が起きたのかがハッキリと見えていた。
探索者Aの持つロッドの表面に複雑な光の模様が浮かび上がり、先端の宝珠を中心に光の輪が幾重にも出現する。
その光の輪の中で、青い光が乱反射して輝きを増した。
まずはキーナの魔法がダークスライムを包み込む。
対象を氷漬けにする意図を持って発動した魔法は、青い光の渦となってダークスライムを取り囲み、黒い身体の周囲で何かを相殺した。
たぶん、魔法防御的な抵抗だったんだろう。
MP全乗せの【氷魔法】は、防御を貫通した分でダークスライムを白く霜がかかったような浅い凍結を与えるに留まった。
直後、一拍遅れて炸裂したロッドの魔法。
増幅効果がどんな物なのか俺には分からないが、どうやら相当強力な効果だったらしい事はすぐに分かった。
どっちも同じキーナのMP全乗せ魔法なのに、明らかに威力の桁が違う。
青い光はダークスライムに収束して……瞬時に純白の冷気が吹き荒れた。
凍りつくどころじゃない。
巨大な氷の柱が、ダークスライムを中心に、爆発したように凝固した。
ガラスが割れたような音を立てながら、零下の極大質量が建物を内側から貫き破壊する。
降り注ぐ木製の瓦礫。
いくら地下室が石造りで頑丈でも関係ない。
幾本もの氷の柱は壁を越えて屋根まで貫通して、屋敷の内側に巨大な氷の花が咲いた。
* * *
……ようやく崩壊と降ってくる家屋の破片が収まって、俺達は誰からともなくゆっくりと動き始める。
「……皆さん、無事ですか?」
「生きてるー」
「……大丈夫です」
「相棒大丈夫? ……はい、こっちも無事でーす」
腕の中のキーナがもぞもぞと動いて問いかけに返事をした。
……酷い目にあった。
なんだあの威力。確かに切り札ではあったけども。ほぼほぼ爆破オチだったんだが?
「みんな無事みたいね、よかったわ」
幽霊の少女が現れて、俺達の顔を一人一人覗き込んで回った。
「……ダークスライムは?」
「完全に氷漬けよ」
少女が指した一番大きな氷の塊の中には……よーく目を凝らすと奥の奥にうっすらと黒い影のような物が見えた。
ダークスライムを中心にしたから、一番深い所に閉じ込めてしまったらしい。
「……やったぜ、これならクエスト完全クリ……ブァックショイ!!」
「……寒いですね」
「夏なのに……【氷魔法】ヤバい」
氷柱から漂う冷気で、地下室部分は夏だっていうのに冷凍庫の中みたいな気温になっていた。
「……ホラーとか無くても余裕で涼しいじゃん。夏の定番は【氷魔法】で充分だよ……」
「こんなにいらないけどな」
さて、どうするんだこれ……と、思っていると。ガヤガヤと周辺が騒がしくなってきた。
「城の騎士団です! ギルドの者もいます! ご無事ですかー!?」
「ご無事でーす」
「報告のあったダークスライムはどうなりましたかー!?」
「凍ってまーす」
……どうやら、クエストは完了で良さそうだ。
俺と相棒は引っかかっている氷の上で、深々と溜息を吐いた。
* * *
その後の事後処理は、ほとんどその他にお任せだった。
まずダークスライムについて。
かなり堅固に凍結出来たから、確実に輸送する手配をしつつ、屋敷の残骸を片付ける余裕ができた。
なので、安全優先で諸々の作業が済んだ後に、初心者パーティの意見通り元の極寒の地へ戻されるらしい。
新築だった成金屋敷は当然取り壊しだ。
外に出てから屋敷を見てみると、放射状に伸びた氷の柱が内側から屋敷を滅茶苦茶にしていて、とても修復できる状態じゃなかった。
小さくても庭のある屋敷だったおかげで、隣近所に被害が出ていないのは不幸中の幸いだ。
男爵と雇われのゴロツキ達は全員お縄となった。
俺達が屋敷の中で派手に魔法を使ったから、外で様子を窺っていたゴロツキと男爵はポカーンと口を開けてそれを見上げていたらしい。
おかげで実に捕縛が簡単だった、と緊急捕り物クエストに参加していたプレイヤーがイイ笑顔でサムズアップしていた。
黒幕の男爵は、今回の証拠を元に、本国で裁判にかけられるらしい。
館でポルターガイストの大暴れが始まった時、男爵は『御神体が生贄を求めているのではないか』と思ったらしい。
ギルドで適当な駆け出し冒険者を館に派遣させて、そいつらが生贄になればいい、と考えていたようだ。どうせ死ぬなら、諸々の証拠を見られた所で関係ないと思ったんだろう。
死んでも蘇るこっちの世界の事は全然知らないまま、流行の最先端リゾート地くらいの気分で家を建てていたんだとか。
元々が金で爵位を買った見ての通りの成金だったらしく、普段から素行もよろしく無かったので爵位剥奪は免れないだろうと、魔術師団長が黒い笑顔で断言していた。
少女が取り憑いていた宝石含めた盗品は、ほぼ全てが持ち主の下へ返却される。
……ほぼというのは、ポルターガイストを封印していた壺だけは、そもそも割れていた上に【氷魔法】の余波で粉々になってしまって直しようが無かったからだ。
そして少女の霊が言うには、屋敷が大破したどさくさに紛れて、ポルターガイスト達はどこかに逃げていってしまったらしい。
これだけは、もうどうしようもなかった。
「これでママの所へ帰れるわ、ありがとう」
嬉しそうに笑った少女の霊に別れを告げる。
「今回は、ご協力ありがとうございました!」
「お二人のおかげで、パーフェクトまではいかなくてもベターエンドは貰えたと思います」
「追加報酬ガッポガポでした!」
初心者3人組に礼を言われ、今回の集まりはこれで解散だ。
「そこそこ難易度の高いクエストだったよね」
「だな」
俺達はクエストを受けてはいなかったが、協力者ということでイベントポイントを報酬に貰った。
そこそこのポイントだったから、完全クリアを目指すならそれなりの難易度設定のクエストだったんだろう。
完全クリアならずの原因のポルターガイストに関しては……魔道具の威力が強すぎた。
あれがもう少し適切な威力だったら、スライム封印後にポルターガイストを説得して、相棒の籠に入れるなり霊蝶として送り出すなり出来ただろう。
「でも、悪徳男爵は捕まったし、あの子もママの所に帰れただろうし。良かった良かった」
「……」
清々しく笑う相棒の笑顔に……俺はちょっと魔が差した。
「……相棒、あのポルターガイストだけどさ」
「うん?」
「物を投げて、鬼ごっこしかしてないって言ってたよな」
「だねぇ」
「あの女の子の霊も、壺を割った後は物を投げるのとポルターガイストに指示出ししかしてない」
「うん」
「……じゃあ、あの絵って何だったんだろな?」
「……エッ」
エントランスホールの階段にかけられた、ニヤリと笑って、相棒に殴られたらただの絵に戻ったあの絵。
「アレだけは……原因わからないままなんだよな」
「ーーーッ!!」
季節感の無い拠点の空に、相棒の悲鳴が上がったのだった。




