幕間:彼女はメイドプレイヤー
オリビアは、プレイヤーでありながら、城の重要NPCである魔術師団長サフィーラ・ロズ付きのメイドとして働いている珍しい存在である。
とはいえ、彼女自身は自分を珍しい存在だとは思っていない。
「戻りました」
「おかえりなさーい。……あらオリビア、なんだか嬉しそうね?」
「良いことでもあった?」
「ふふ、ちょっとね」
珍しい存在というのは、お使いの帰り際に遭遇した二人のような事を言うのだ。
通称『森夫婦』
おかしな所に入植して変わったクエストばかり引いているのではと噂されている夫婦プレイヤー。
城勤めのオリビアは、何度か廊下で2人とすれ違っているし、応接室でお茶や茶菓子を出すことがあった。だから気付いた。
何の変哲もないピリオノートの路地裏の壁に、突然現れた丸い扉。
そこから眩しそうな顔で目を細めながら出てきた男女。
再び消えてしまった扉。
オリビアは人間観察が好きだ。
主のサフィーラが推しなのが第一だが、人間とほとんど変わらない挙動のNPCを観察したくてメイドなんてやっている所がある。
だから城に呼ばれていた森夫婦を見かけた時にも、興味深く観察していた。
その森夫婦と、扉から出てきた男女のペアが、まったく同じ動作で顔を見合わせたから。
廊下ですれ違った時と、背格好がそっくりだったから。
だから確信した。
この2人が森夫婦だと。
遭難者の瓶入り手紙を持ってきて、すぐに帰って、その後に森夫婦が来たのは周囲を欺くためのひと手間だったのだろう。このゲームのNPCは、そういうロールプレイには実に柔軟に対応してくれるから。
ついつい猫に釣られて路地裏に入って撫でていて良かった。
おかげで2人にお礼を言う事が出来た。
名前まで聞いてしまったら、きっと2人は不安が深くなってしまうだろうから、これ以上の深入りはしない。ぜひ今後ともサフィーラ様の指名クエストをよろしくお願いしますの気持ちだ。
さて、そんなオリビアだが、ひとつなかなか解決しない悩みがあった。
彼女は、メイドとして勤めてはいて、サフィーラから『魔術師団長担当メイド』の称号も貰っているものの、ゲームステータス的な職業は『氷の料理人』なのである。
職業メイドになっていないのだ。
(メイドになりたい……)
メイド長曰く、『あとちょっと』らしい。
このゲーム世界のメイドの基準には何かが足りないのだ。
なのでその日の勤務を終えたオリビアは、森女に言われた通り図書館へ向かった。
『メイドさんはぜひ』と言われたのだ、もしかしたら何かヒントになりそうな本なのかもしれない。
何度か足を運んだ新刊コーナーへ。
……そういえば、あの森夫婦は路地裏で変な扉から出てきたけれど、もしかしたら猫を追いかけて箱を開けたのかもしれない。
スレでは鍵言葉が分からないと嘆かれていて、論丼ブリッジが夏風邪から復活したら行ってみると言っていた。スレ見てないで寝ろと叩き返されていたが。
森夫婦のことだから、きっとクッキーでも焼くようにサクッと開けたんじゃないかな。
さて新刊コーナーには、初見の本が3冊追加されていた。
猫を追いかけて箱を開けた先で手に入れたのかもしれない。
……もしかして、翻訳だ翻訳だと騒がれてる大量入荷もあの2人が持ち込んだ? 有り得る。
新刊のひとつは巻物だった。
『忍術〜初級編〜』
……もう忍者好きなプレイヤーが荒ぶる様子が目に浮かぶ。
2冊目は普通の本。
『賭けで破産した俺の転落人生』
……なんだろう、自伝? これは読まなくてもいいかな……
そして3冊目は……
『メイドの極意〜主人を守る戦の心得〜』!?
すぐに手にとって読書スペースに陣取った。
幸い今日はリアルの休日。時間はたっぷりある。
主人を守る戦の心得……そうかそうよね、メイドたるもの戦い方だって主人のためになる戦い方があるわよね! とりあえず適当に魔法ぶっぱしてレベル上げしてたわ。盲点盲点。
えーなになに……メイドの戦いとは……常日頃不快感を与えないお仕着せを維持しつつ、有事に備えて己の身と主人を守るための装備を隠し持たねばならない……なるほど!
そうよねそうだわ!
お優しいサフィーラ様は万が一部下が人質に取られたりしたら心を痛めてしまわれるわ!
それでサフィーラ様にコンマ1秒の躊躇いが生じて不利になったり危なくなったりしたらメイドは死んでも死にきれません。
そうだわ私に足りなかったのは有事の備え!
なんとなく城は安全地帯でメイドの仕事中は危険な事件は起こらないような気がしていた。
そんな事無いわよね!
サフィーラ様の遠征時に休みが割り当てられていたのは、私にメイドとしての戦闘の備えが出来ていなかったからなんだ!
本は丁寧で分かりやすく、読み込むだけで【暗器術】が生えた。
そしてついに解放された職業、『氷のメイド』!
その足で買い物に出かけて、NPCの店で暗器を購入。
ガーターベルトに武器を忍ばせるとか、それっぽくて心が躍る。
そして次に城へ出勤した時に、メイド長がニンマリと笑って声をかけてきた。
「とうとう覚悟が決まったようね。それでは今日から業務の他に戦闘訓練も行う事といたしましょう」
「はい、よろしくお願いします」
これでようやく始まった、私のメイドプレイ生活。
ありがとう森夫婦さん。
お二人のおかげで、休日中に思う存分転職直後のワクワクを堪能できそうです。




