ユ:猫追いの回廊
「そんなわけで、一緒に猫ちゃん追跡しようぜ!」
「うん、いいよ」
訓練後、一旦拠点に戻った俺達は、ひとまず変装衣装から普段の装備に戻って写本の内容確認をした。
「確かにこんな書き方されたら気になる。死に戻り気にしなければ躊躇う理由が無い」
「ですよねー!」
「ただ……猫追いかけるなら【跳躍】は取ったほうがいいと思うな」
「デスヨネー!」
相棒はその場で何度かピョンピョン跳ねて、【跳躍】を習得したのだった。
* * *
普段使いの装備のまま、俺達はピリオノートに戻ってきた。
森夫婦の格好でうろついたら目立つから猫探しはこのままで行く。
猫を警戒させて難易度が上がっても困るから、ベロニカとネビュラも置いて来た。
まずは猫を探して、二人で日が高くなり始めた住宅街をのんびりと歩く。
夏のイベント中だからか、それとも朝の住宅街に用事が無いのか、プレイヤーは全然いない。
「意外と猫多いよね、ピリオって」
「確かに……これは首輪ついてる」
「でも全部飼い猫じゃないよね? こっちで寝てる子は首輪無いし……」
寝ている猫は寝かせておいて、起きて歩いている猫を探す。
「ピリオノートって新しい街のはずだけど、野良猫ってどこから来たんだろう?」
「……さぁ?」
「あ、猫いた!」
テテテッと前を横切る首輪の無い猫。
確かに? どう見ても山猫じゃなく家猫だな。
俺と相棒はその猫の後について細い路地に入った。
角をひとつ曲がる。
猫が階段を上がって、するりと次の家と家の隙間に入ろうとするのを追いかけた。
二つ目の角を曲がる。
樽を避けて、転がった瓶を注意して跨いだ。
猫が塀に登ったのを追って、相棒の手を引き一緒に塀へ上がる。
そして三つ目の角を曲がると……そこは住宅街ではなくなっていた。
「わぁああ、すごい!」
幾何学模様を描くタイルが敷き詰められた回廊に、俺達は踏み込んでいた。
足を止めずに歩き続けながら周囲を観察する。
左は規則的な模様が描かれた土の壁。
右にはアーチの柱が並んで、その向こうには壁に囲まれたある程度の空間。
そしてその空間には……
「かわいいー! モフモフの子供がいっぱいいるー! 子猫とヒヨコが大量だー!」
「……相棒には猫とヒヨコに見えてる?」
「えっ?」
「俺には犬に見える」
それぞれで見えているモノが違う。
サッと相棒の顔色が変わった。
「え……まさかホラー案件デスカ?」
「どうかな?」
動物の広場を通過して、猫を追いかけて次の角を曲がる。
左手の壁とタイルの床と右手のアーチは変わらない。
変わったのはアーチの向こうの景色だ。
ずらりと並んだテーブルには、ピザだのマカロニサラダだのサンドイッチに炭酸飲料と、俺の好物が並んでいる。
「わぁお、なんて美味しそうなチョコと果物と麺料理……相棒は?」
「ピザパーティ」
「食欲にクるぅ!」
全部無視して、ただただ猫を追いかけた。
いつのまにか夏の暑さを感じない事に気付く。
登り始めていた強い日差しが消えている。
誘惑してくる広場全体がぼんやりと照らされて、アーチの柱の影が回廊の壁に落ちていた。
角を曲がる度に方向性を変えて、俺達にそれぞれ刺さりそうな物が並べられる。
そうして角を4つ……猫の後を追い始めてからなら7つ目の角を曲がった先。
「行き止まりだ……」
袋小路の小さな空間。
追いかけてきた猫はそこに座ってこっちを向いていた。
「ニャァ〜ン」
……ん?
明らかにこっちに向かって鳴いてるのに言葉がわからない?
猫の後ろには、五角形の、ゴツい南京錠がかかっている大きな箱がひとつ。
猫の前には、餌入れみたいな木の皿がひとつ。
皿の縁には『通行料』と書かれていた。
「本読んでないとかなり罠じゃない?」
「それな」
先に皿に何か入れないといけないんじゃないかと思う所だ。
入れたら問答無用で追い出される、箱から目を逸らさせるための引っ掛けなんだろう。
「じゃあ箱見てみよう」
「うん」
猫は特に表情を変えないまま、箱に近付く俺達をジッと見ている。
「ニャァ〜ン」
「猫ちゃん何て言ってる?」
「わからない」
「えっ」
……もしかして猫じゃないのか?
特に動かない猫にガン見されながら、俺達は箱を調べた。
「あれ? この南京錠……鍵穴じゃないや」
「ん?」
広げた手と同じくらいの大きさの南京錠は、鍵穴の中が塞がっていて、そこに何か書いてあった。
『鍵言葉、まほうのちからがみえまして?』
魔法の力を見る?
俺は相棒と顔を見合わせた。
「【解析】?」
「ぽいよね! ……【解析】!」
相棒が嬉々としてスキルを使う。
キョロキョロと周りを見渡してから……鍵穴の中の文に目線を落とした。
「……なるほど!」
「わかった?」
「うん、一部の文字だけ色が違う」
嬉しそうに笑いながら、相棒が色違いの文字を指し示した。
『鍵言葉、 う らが え し 』
「「裏返し」」
思わずハモったその瞬間。
バタンと箱が開いた。
周りの景色がズルリとスライドする。
箱から出た景色と
箱の周りの景色が
ぐるりと裏返る。
……そして次の瞬間俺達は、見知らぬ店の中にいた。




