ユ:ベリーベリーストロング
休日二日目。
時間を調整して、いつもより早めの、ゲーム内で日の出少し前に俺達はログインした。
早速格闘術の稽古をつけてもらおうと思ったからだ。
「……に、したってちょっと早すぎたな」
「畑でも見てからにしよっか。イチゴ生り始めたらしいし」
豊穣神が異世界開拓のために作り出した『環境に立ち向かう逞しいイチゴ』。その名もストロングベリー。
他の食用野菜と同じく鉢植えで一般的な土で育てた物と、特殊な環境に立ち向かってもらうため直に植えた物と二種類御用意した。
どうやらちょうど第一弾が食べ頃のようだ。
どっちのイチゴも、たわわに実って赤く色付いている。
【ストロングベリー】…品質★★
豊穣神印の、環境に立ち向かう逞しいイチゴ。
天候・病気・害虫に強く、甘くて美味しい。
「うん、普通の栽培は成功だね」
「だな」
さて、肝心の環境と戦ったイチゴは……?
【ストロングハートベリー】…品質★★★
豊穣神のプライドを守り切った強く逞しく美しいイチゴ。
その逞しさは、食した者の心をも逞しくするだろう。
食べると一定時間精神が少し向上する。
「「勝った!」」
豊穣神のプライドは守られた。
おめでとうございます。
「名前にハートってついたからか全部ハート形してる」
「……葉っぱがマッスルな形してないか?」
「うわ、本当だ、怖。……でも甘くて美味しい」
「うん、普通に美味しい……そして精神ステそこそこ上がる」
「え、ハート型ってだけでもケーキ屋さんが大歓喜しそうなのに、特殊効果までついたら一躍人気商品では???」
「売る予定無いが」
覚醒はしなかったが、精神バフ効果付きは普通に使える。
城に向かうまでの間に、俺と相棒は赤く熟している物を収穫してインベントリに入れておいた。
* * *
変装して、程よい時間でピリオに向かう。
相棒は図書館へ、俺は城へ。
案内されたのは城の中庭。
騎士団の鍛錬場は別にあって、城の警護当番の騎士が日課の早朝鍛錬をするのがここらしい。そこに魔術師とその団長も混ざっているわけだ。
「よく来たな」
いつもと同じローブ姿の魔術師団長が仁王立ちの不敵な笑顔で俺を出迎えた。
対して周りの部下っぽい魔法使い達は、なんだか死地に向かうような青褪めた顔をしている。
「……空気おかしくないです?」
「こいつらのコレはいつもの事だ。気にするな」
これがいつもかよ。
そんな疑問が透けて見えたのか、魔術師団長は鼻を鳴らして語り始めた。
「我がロズ家は代々魔術師を多く輩出してきた家系だ。だがロズ家に生まれた子供は、必ず魔法よりも先に格闘術の訓練を始める。何故なら魔法を主武器として戦う者には、必ず魔力切れという限界が付きまとうものだからだ」
なるほど。
いつでもどこでもMPポーションを飲めるわけじゃないもんな。
……やっぱり相棒も来た方がよかったんじゃないか?
「もちろん切らさないように立ち回る事も必須事項ではあるが。いかなる状況・いかなる間合いにおいても不利とならぬように、ロズ家では格闘術の取得に重きを置いている。徒手空拳での戦闘法を選んだのは、武器すら奪われた状態であろうとも遅れを取らぬためと伝え聞く」
……ロズ家は過去に何かあったのか?
地位の高い貴族の魔法使いが、そこまで追い詰められる状況ってあっちゃいけないと思うんだが。
これが別にきっかけになった過去とかも無くただ有事の備えだっていうなら、この人の苦労人加減は血筋のような気がしてくる。
「そうした理念の下、私は部下にも有事の備えとしてこうして格闘術を叩きこんでいるわけだ」
部下達が遠い目をして切なげな微笑みを浮かべた。
嫌そうな顔をしないあたり、効果は上がっているんだろう。
「では始めるか」
「よろしくお願いします」
そうして俺は、魔術師団長の訓練で【格闘術】を習得した。
訓練の厳しさは……まぁ、死にゲーのボス戦よりはマシだったとだけ言っておこう。
* * *
早朝の訓練は、メイドが全員にお茶を淹れてきてくれるのが終了の合図らしい。
ついつい熱中しがちなところを、ハーブティーでクールダウン。
のんびりと水分を取っていると、魔術師団長さんの部下の一人がもう一人の部下に話題を振った。
「そういえば、お前彼女にプロポーズするって言ってたの、どうなった?」
「え、えーっと……まだ……」
「まだ!? 結構経ったろ!?」
「な、なかなかタイミングとか……勇気が……」
「おいおい」
「彼女だってきっと待ってるぞー」
やいのやいのと小突かれる部下。
勇気が出ない。
そんな言葉を聞いて、俺はふと、今朝収穫したストロングハートベリーの事を思い出した。
食した者の心を逞しくするイチゴ。
プレイヤーにとっては一定時間の精神バフだが、NPCにとってはどうなんだろう。勇気が出たりするんだろうか。
もしかしたら……いま目の前でこの会話が始まったのは、俺がこのイチゴを持っているからだったりするのかもしれない。
……俺はインベントリからハート型のイチゴを2つ取り出して、小突かれている部下に渡した。
「どうぞ」
「えっ、あ、どうも?」
「イチゴ?」
「食べると少しの間、心が逞しくなるイチゴです」
それ以上の事は俺も知らん。
イチゴを受け取った部下は、その内のひとつを不思議そうに眺めてから……食べた。
「……なんか、勇気が湧いて来た気がします!」
本当か?
プラセボ効果じゃなく?
渡しておいてこう言うのもなんだけど、そこまで劇的な効果が出るとは思ってないぞ?
「ロズ師団長! 自分! 彼女にプロポーズしてきていいですか!?」
「いいぞ。腑抜けた上の空で仕事をされるより余程マシだ。一発で決めて戻ってこい」
「はい!!」
キリッとした顔になった部下は、ダッシュで中庭を出て行った。
それを見送った別の部下が、恐る恐るといった顔で俺の所にやってくる。
「すいません……自分も欲しいんですが。売っていただけますか?」
「俺も……」
「できれば私にも……」
「自分の息子にやりたいのですが……」
「……どうぞ」
そんなに多くなかった朝摘みイチゴは、あっという間に売り切れた。
(……ごめん相棒。ストロングハートベリー全部売れたわ)
(おおー! いいよいいよ、やっぱり人気商品だったね。ケーキ屋さんでも来てたの?)
(いや、城の兵士)
(兵士? なんで??)
たまたまプロポーズ予備軍が多かったんだ。
「……城に結婚ラッシュが来るかもしれんな」
「まぁ……良い事じゃないですかね」
クエスト未満みたいな小イベントは、どこまで影響するんだろうな。




