ユ:遭難者の捜索準備
遭難者の捜索を俺達が請け負うと決まってからは、魔術師団長の判断はそれはもう早かった。
「まずお前達はどちらの立場で依頼を受けるつもりだ? ……変装状態? ならば一度開拓地へ帰れ。改めて指名依頼の要請書を送る。こちらはお前達が戻って来るまでの間に兄の人相や必要な情報を揃えておこう。では解散!」
「あれっ、ロズさん? 自分何もしなくていいんです?」
「捜索に兵を出さんならお前の出番は無い」
騎士団長、素の時はパレードの時と一人称違うんだな。
そういうわけで、俺達は入口の兵士に「ご協力ありがとうございました!」って見送られてのんびりと転移広場から拠点に帰った。
そして変装して準備をしつつ待機。
斥候クロウが持ってきた手紙に目を通したらすぐに城へととって返す。
そして再びさっきと同じ応接室で、魔術師団長と向かい合っていた。
なお、騎士団長は本当に仕事に戻って消えていた。
「これが資料だ。兄の情報については小さな肖像画は貸してやれるが、他の書類は持ち出し禁止。内容を頭に入れるように」
ルビィル・ロズ
ヒューマン、男。
ロズ公爵家の嫡男であり、王国の技術研究所所属の研究者。
……他にも何だか『素行がスゴイ』とか『超マイペース』みたいな事が書いてあったが……まぁ関係ないだろうとスルーしておく。
名前と顔がわかればいい。
肖像画は普通の写真くらいの大きさで、魔術師団長に顔が似ている短髪の男が描かれていた。
「兄は髪色が赤だ。ラッセルの赤毛よりも濃い」
遭難者の人相の次は、遭難先の情報の確認。
魔術師団長は羊皮紙をテーブルに広げる。
それはピリオノート南の、港予定地を中心とした地図だった。
「港を建築している入り江よりさらに南は、扇状に海が広がっている。人魚の冒険者が海の地図も作成してくるおかげである程度は埋まっているが……やはり目印の無い海は隙間なく魔道具を使うのが難しいようでな、所々埋まっていない」
「……この斜線部分が埋まって無い所です?」
「そうだ、冒険者ギルドの地図を書き写した際、地図がまだ無かった部分は斜線を引かせている」
地図は海岸線沿いをなぞるように埋められているが、海はかなり埋め方がまばらだった。
……まぁ分かりにくいよな、魔道具が羊皮紙だから海底で使うわけにはいかないだろうし。
「まずはこの地図の範囲内の斜線部分を重点的に捜索してもらえるか? これ以上遠くとなると、かなり長期の航海になるだろう。範囲も広がる。そうなれば、さらなる人手の投入も検討しなければならん」
つまり俺達は、先に近場の確認をする役ってことだな。
それ以上遠くになるなら、それこそ帆船の完成後か、あるいは人魚に指名依頼が必要になるんだろう。
……メタにゲームとして考えるなら、この地図の斜線のどこかにいるんじゃないか?
「他に何か必要な情報はあるか?」
魔術師団長の問いかけに、相棒がスッと挙手した。
「えっと……お付きの人とかはいない感じですか? お一人で遭難中?」
「……兄は付きまとわれるのが嫌いでな、十中八九一人で遭難中だろう」
「実は誘拐とかの可能性は無いです?」
「まず無いな。アレを抑え込める輩がいるのなら会ってみたいくらいだ」
今しれっと『アレ』って言ったぞ。
どんだけ周りを振り回すタイプの兄貴なんだ……
「では頼む……とはいえ、今日はそろそろ日が傾くな。二次災害が起きるのはよろしくない。捜索は……ああ、冒険者は数日空くのだったな。まぁ、お前達が動ける日から開始で構わんぞ」
「ありがたいですけど……お兄さん大丈夫です?」
「問題無い」
なんでそんなに生存に関しては信頼が厚いんだ……
とはいえ、こっちのリアル事情を汲んでもらえるのは素直に助かる。
地図の写しと、要救助者の肖像画を受け取って、俺達は城を後にして拠点に帰還しログアウトしたのだった。
* * *
そして翌日。
ちょうどいいことに今日は休日だ。
寝て起きて、昼食後にログインすれば、ゲーム内で空きは丸一日。まぁ早い方だろう。
「食料と……水は【水魔法】あるからいいよね?」
「うん。あ、ベロニカのご飯もよろしく」
「オッケー。あとは……ポーション忘れずに。それから薬と、毛布と、担架いるかな?」
「……あっても相棒持てなくない?」
「せやった」
要救助者が歩けないようならネビュラに背負ってもらおう。
それから絶対に連れて行かないといけないのがベロニカだ。
海の上で、周辺の確認はベロニカ頼りになる。
「頼むぞ」
「当然でしょ、それがアタシの仕事なんだから!」
頼もしくてなによりだ。
準備が出来たら、港予定地へ転移。
人が多いのは面倒だから、さっさと海岸線沿いに人の少ない浜辺へ移動する。
「で、どうする?」
俺が相棒に訊くと、首飾りの籠を軽く揺らした。
「ネモに船になってもらおうかなって」
「ああ」
そうだな、図書館の足場の時もMPの消費はそれほどでもなかったみたいだし。
「バンに乗るんじゃないんだ?」
「サメの背中って長時間乗るの辛そうだなって。あと、バンは消費MPバカみたいに食いそう」
「まぁね」
バンは……高コスト高威力の大砲だからな。
「船の形は……ちょっと大きめのボートに帆がついてる感じでいいよね?」
「いいよ」
それで充分だろ。
うっかり転覆しても、魔法があるからリカバリーは簡単だ。
それなら持続力を重視した方が良い。
相棒がネモに呼びかけると、キャラキャラ笑うコウモリがブワーッと籠から出てきて、海の上で船の形をとった。
「……黒いな」
「黒いと幽霊船っぽく見えるねぇ」
「まぁ幽霊が船になってるんだから間違ってない。MP消費は大丈夫そう?」
「んー……思ったよりは大丈夫。逆にMP切れる頃にちゃんと気付いて忘れずにポーション飲まないと」
「なるほど」
変化が緩やかすぎて忘れるやつか。
割と相棒は忘れっぽいから気にしておこう。
「じゃあ出発ー!」
足場の時と同じ、足の裏にふわふわとした奇妙な感覚のする乗り心地のネモ。
「【ウィンドクリエイト】」
相棒が船の維持、船を押す【風魔法】は俺の担当だ。風は俺の方がレベルが高いからな。
ザプンと波を受けながら走り出す小さな帆船。
俺達は、海の探索へと出発した。




