幕間:とある父さんは虎太郎となった。
最近流行のフルダイブVRMMO『Endless Field Online』
通称、エフォのゲーム内にて。
とある虎獣人のプレイヤー『虎太郎』は、今日も師範と仰ぐ黒ヒョウの獣人NPCに稽古をつけてもらっていた。
「よし、今日はここまで!」
「ありがとうございました!」
「ふふふ、虎太郎よ。お前の成長は目を見張るものがあるな。私も誇らしいぞ」
「光栄です!」
ゲームはステータスという物がある。
鍛えた結果が具体的な数値として、目に見える形に表示されるのだ。
今までゲームなどほとんどしたことがなかった虎太郎は、心地よい達成感に満足していた。
リアルの虎太郎は、絵に描いたような仕事人間であった。
寝ても覚めても仕事仕事仕事。
人事はしっかりとした会社なので、彼一人がそこまで負担を担う必要は無かったのだが……彼はストイックに自らを追い詰めながら成長するタイプの人間であった。
努力に対して成果はきっちりと出た。
出世して、結婚もして、家も買って、子供も生まれて、一人前に育て上げて……
そうして定年まで勤め上げて、後進にしっかりと引継ぎも済ませて退職した後に……彼は何をして生きればいいのかわからなくなった。
絵に描いたような仕事人間であった彼には、趣味という物が無かったのである。
妻と相談して家事を半分請け負い、持ち前の優秀さで難なくこなせはしたものの。それ以外の時間があまりにも虚無だった。
妻は女性ばかりの趣味サークルに行くのが日課の楽しみとなっているから、そこに自分がついていくわけにもいかない。
息子も娘もとっくに結婚してそれぞれの家庭があるから邪魔は出来ない。
このままではボケる、と危機感を募らせていた、そんな時。
息子と娘が、フルダイブVR機器をプレゼントしてくれたのである。
「父さんは絶対にこうなると思ってた」
生温い微笑みと共に渡されたそれを、彼はありがたく受け取った。
子供たちが勧めてくれたゲームは、フルダイブVRMMO『Endless Field Online』。とてもリアルで、現実の感覚に近く色んなことが出来るため、ゲーム未経験の父でも楽しめるだろうとの事だ。
アドバイス通りにそのゲームをやることとし、どんなゲームなのか軽く調べて、環境を整える。
今までフルダイブVRなんて仕事でしか使ってこなかった。
ゲームなんて未知の分野だ。
だが未知だからこそ、きっと良いボケ防止になるだろうと思った。
そう思ったからこそ、キャラメイクも思いっきり未知に振り切ってみた。
今更アバターで若作りなんてしたくなかった事もあり、獣人の、それもケモ要素とやらの強さゲージを、MAXまで上げる。
──注意:ケモ要素を推奨範囲以上に設定すると
──骨格の変化により通常動作の難易度が上がります。
──続行しますか?
迷わず了承ボタンを押す。
彼は、ストイックに自らを追い詰めながら成長するタイプの人間であるという自覚があった。
強そうな虎の獣人。
体格もがっしりと、筋肉質な感じにしてみる。
うん、強そうだ。
アバターネームは『虎太郎』
虎の獣人だし、わかりやすいだろうと思ってつけた。
ちなみに子供たちの名前は妻が主体でつけた。良い名前である。
そうして始めた、初めてのフルダイブVRMMO
現実と遜色ないファンタジーな世界に虎太郎は戸惑った。
ゲーム初心者である彼は、何もかもが新鮮で手探りだ。
図書館で初心者向けチュートリアルを終えて、戦闘メインとしてピリオノートの寮に入り、冒険者ギルドの依頼をコツコツとこなす。
なかなか性に合い、楽しめている事にホッとした。
しかし少し慣れてくると、自分がゲーム初心者である故のハンデをまざまざと実感し始めてきた。
というのも、喧嘩もしたことがない虎太郎には、ゲーム内戦闘に関する知識がこれっぽっちも無かったのである。
何をどうすれば威力の高い攻撃になるのかが想像できない。
魔法なんて特に壊滅的だった。
インターネットで調べてはみるものの、ゲームの知識を探す事がまず初めてなので、あまりにも多い情報の洪水に翻弄されてしまうばかり。どれが良い情報なのかの判別もつかない。
そんなある日の事だった。
今日も素材採取のクエストをこなそうと、いつも通りにピリオノートの門からフィールドへ出る。
……すると、いつもはしない音が耳に入った。
楽器の音色。
思わず振り返る。
門から出てすぐの防壁沿いに、怪しい民族風の衣装を着た二人組。
ゲームをやるにあたって公式ムービーやCM等を見ていた虎太郎はすぐにピンときた。
『CMに出ていた二人だ!』と。
あれだけ目立ってムービーに映っていたのだから、もしかしたら重要なNPCなのかもしれない。
そう思った虎太郎は、どうやら店っぽいモノをやっているらしいと判断して近づいてみる事にした。
看板を見ると、占いの店のようだ。
サラリーマン時代に駅前等で見かけた路上の占い師を思い出す。
リアルではついぞ利用したことはなかったが、ゲーム内で試してみるのもまた一興か。
「占いお願いします」
料金を支払うと、女性がぽつりと魔法の言葉を呟く。
ふわりと現れたのは、ガラスのような美しい蝶。
蝶が掴んだガラスペンがサラサラと紙の上を走る幻想的な光景。
『ニンジンのパイ皿。革手袋の包み焼きはウサギのとっておき』
差し出された占い結果に、一瞬何のことかわからず呆然とする。
……が、すぐに心当たりを思い出した。
食事をしに通っている『大盛りキャロットパイ食堂』
そこのウサギの店主とはカウンター席に座って世間話をする仲になっているのだが。ある時、席に誰かが忘れていったらしい革手袋を店主に渡した事があった。
そうだ、あの時店主は
『そういやこいつの持ち主はあんたと似たような体格の凄腕なんだったな……どうだい、会ってみるかい?』
と言ってくれていたじゃないか!
……それをきっかけに、虎太郎は黒ヒョウの獣人NPCに弟子入りした。
戦い方の指針を貰い、メキメキと実力が上がっているのがわかる。
それと同時に、師範が入り浸っている食堂の地下へ連れて行ってもらい、食材確保のクエストをこなす事で懐も潤った。
同じく地下の協力者である若い男女ペアのプレイヤーとも知り合いになり、時折パーティを組んだり情報交換をしたりと楽しませてもらっている。
「へぇー、虎太郎さんの弟子入りってそういう経緯だったんですか」
「……」
「ああ、是非ともあの占いをしていた人にお礼を言いたいんだけどね。あの場所にはもう来ていないみたいで。どこに住んでるNPCなんだろう」
「それたぶん森夫婦さんなんで、プレイヤーですよ」
「えっ、そうなのかい?」
「……」
「だよな? エミリーもそう思うよな?」
占いの紙は、リアルで一週間程したらインクの部分から草が生えて驚いたけれど。これもひとつの記念だと思い、なんとなく大事にとってある。
リアルの朝。
テレビでエフォのCMが流れていたのに目をやり、森夫婦が映っているのを眺めてから庭に出た。
健康維持のために始めた日課の体操。
最近は、ゲーム内で教わった型稽古も行っている。これがなかなかコリに効くのだ。
「お父さん最近動きが猫っぽくなってない?」
「猫じゃなくて虎だぞ」
妻に苦笑いされながら、虎太郎は今日も元気にエフォライフを満喫するのであった。
……『やたら動きの良い肉弾戦型虎獣人』として、強プレイヤー虎太郎の名が知れ渡るようになるのは、もう少し先の話。




