ユ:報酬と合言葉
インベントリにズラリと並んだ芋虫の肉。
肉と言うか……半分ペーストに近いというか……
以前に動画で見たペットの餌用の丸々とした芋虫を思い出して、何とも言えない気持ちになる。
やけにバリエーションが豊かなそのラインナップから……俺は目を逸らしてそっ閉じした。
食べたい人だけ食べてくれ。
これだけあれば良いだろうと、お香も燃え尽きた事だし食堂に戻る。
相棒を先頭に、俺がベルンを抱いて続き、裏口から直接地下室へと入った。
相変わらず薄暗い地下室には、揃いも揃って悪い笑顔を浮かべた獣人達が数人、料理を食べたり飲んだりしている。
俺達の姿を見ると、お香を渡してきた若いウサギの獣人があくどい顔をしてやってきた。
「へっへっへ、首尾はどうだった?」
「結構獲れたんで、テーブルに乗せてっていいです?」
「おう、やってくれや」
二人で大量のモイモイ肉をせっせとインベントリから出してテーブルに積んでいく。
あんまり重ねると下のが潰れそうだと思っていたら、ウサギの獣人がすかさず次のテーブルを持ってきたから、そっちにも積み上げる。
業者みたいな量を出し切ると、悪い空気が一瞬で霧散して、周囲から「おほぉーーーーっ!!」と野太い歓喜の声が響いた。
「えっ、すげぇー!」
「この二人凄腕じゃん!?」
「兄貴! 見てくれチーズモイモイだ!」
「霜降りもあるじゃねぇか!」
「ナンダッテー!?」
今にも踊り出しそうな獣人達に、俺達が呆気に取られていると……ウサギの獣人がハッと悪い顔を作り直して俺達に向き直った。
「新入りにしちゃあ上出来じゃねぇか! こいつぁ報酬だ」
と、言って渡されたのは……それなりの額のリリー。
──クエスト『秘密の芋虫肉調達』をクリアしました。
「えっ?」
「えっ?」
報酬の内容に首を傾げた相棒。
そんな相棒に首を傾げたウサギ獣人。
「……あのー、料理のテイクアウトは?」
「えっ?」
「えっ?」
取り繕われた悪い空気がまた霧散した。
重苦しい沈黙に包まれる地下室。
パチパチと瞬きを数回したウサギ獣人が、打って変わって低姿勢になって訊いてくる。
「……あのー、つかぬことを伺いますが……本日は、何をしに当店へ?」
「えっと……ガイム……なんだっけ?」
「ガイモカマイムッシュのスパイシーロニオンソースがけ」
「そうそれ。それをテイクアウトで売ってもらえないかなーと思って来ました。風邪引いて寝込んでる人が食べたがってるので」
変化は劇的だった。
獣人達は、みんなムンクの叫びみたいな顔になって硬直し。
若いウサギの獣人はダッシュで上にあがる階段の方へ走って行き
「ちょっと父さぁああん!? この人ら協力者じゃないんだけどぉおおおお!?」
「え、ウッソォ?」
なんとも気の抜ける声が聞こえてきたのだった。
* * *
「いやすいませんね本当……」
「事情も知らない方を扱き使っちゃって、こんな上物獲って来ていただいて……」
「今ガイモカマイムッシュのスパイシーロニオンソースがけ、テイクアウト用に作ってますんで」
「いえいえ、お気になさらず」
申し訳なさそうな獣人達に謝罪されながら、俺達は料理が出来上がるのを待っていた。
つまりだ。
ここ、『大盛りキャロットパイ食堂』は、獣人達の間では知る人ぞ知る特殊な店。
『一般的にはゲテモノに分類される食材を使った料理を、裏メニューで食べられる店』だったのだ。
「特にね? 俺らみたいにルーツの要素が色濃く出てるタイプの獣人はさ、虫とか内臓とかを好んで食べる文化圏出身な事が多いわけよ」
「かーちゃんの手料理で普通に虫のスープとかあるもん」
酒を飲みながら、俺達に半分愚痴のような説明をする獣人達。
「でもさ、でけぇクモ型モンスターとか見て『あー、食いでがありそうだなー!』って思ってる横でヒューマンがギャーギャー悲鳴上げてるの見ると、思う所はあんのよ」
「デカいカニだったら目の色変えて喜ぶくせにな。大して変わらんと思うのだが」
「まー、俺らがアウェイだっていう自覚はあるからねぇ」
「こっちだって飯食ってる横でオロロロされたくねぇもんよ」
この地下室は、そうした住み分けのための場所だった。
故郷を離れて開拓にやってきて……でも故郷の味は食べたい。
だからといって人を選ぶ食材を表に出すと苦手な客が離れてしまう。それは大衆食堂としては致命的。
かといって別店舗として独立するほど採算が取れるかというと微妙なライン。
折衷案が現状、というわけだ。
基本的には紹介制。
表に案内は出していない。
ここのメンバーの誰かから合言葉を教えてもらわないと、この部屋の存在はわからない。
「……その合言葉が『ガイモカマイムッシュのスパイシーロニオンソースがけのテイクアウト』だった、と」
「あの料理テイクアウトする奴がいると思わなかったから……」
ガイモカマイムッシュは、そもそも使われている食材の関係で、冷めるとマズくなる料理らしい。スパイシーロニオンソースも同じく、温かい内に食べる物だとか。
「冒険者と違って誰もが【アイテムボックス】持ちなわけじゃねぇしなぁ……」
ピンポイントで踏み抜いた俺達は苦笑いするしかない。
「でも悪い人の溜まり場みたいな雰囲気してたのはなんでです?」
「その方が、協力してくれる冒険者が喜んだから……」
紹介は紹介者の匙加減なので、ある日『食べはしないけど、ついでに食材とってくるよ』と言う冒険者が仲間入りした。
なんといっても普通は食べない物を食材にしているので、専門の仕入れ業者がいなかった。
ありがたく報酬を支払って獲ってきて貰うようになり。
それ以来、冒険者が何人か協力者として虫だのモツだのを売りに来てくれるらしい。
……で、その冒険者達は、『悪い輩の溜まり場ごっこ』を大いに気に入っている、と。
プレイヤーのせいじゃねぇか。
「ここ薄暗いからなぁ、雰囲気ピッタリでよぉ」
「俺らもついつい楽しくなっちまって」
「てへ」
てへ、じゃねぇよ。




