ユ:犬ではないが
※9/4 ユーレイの称号取得が抜けていたので追記。
露店で買った片手鍋を持って、俺は再び海に来ていた。
『死の海』
フッシーから聞いた所によれば、生き物がこの海の水に触れると命が溶け出して死んでしまうらしい。
だから決して生身で触れるな、と言われた。
……それはつまり、そんじょそこらの毒より強い致死毒になるんじゃないだろうか?
そう返したらフッシーは『これが……人の子……』と遠い目をしていた。なんでだよ、誰でも考えるだろこのぐらい。
死の海は、普通の海と同じように波が打ち寄せている。
海水は紫。白い砂浜はわずかに黄色みがかかっている……この砂、もしかして骨の欠片か?
なんとも言えない気持ちになりながら、俺は波の跡を見て浸らないように注意しながら、骨浜に小さな浅い穴を掘った。波が引く瞬間に、その穴から海に伸びる溝を削る。
打ち寄せる波が溝を通り、穴に水が溜まって残った。
よし、これで安全に水が汲める。
「……人の子よ」
不意にかけられた言葉に、顔を上げた。
……犬だ!
あ、いや、違う。狼だ! でもまぁイヌ科だな!
黒系の半透明で巨大な狼が、海の上に座っている!
「ここは死の海。魂の洗い場。生あるものは触れるだけで命が溶け落ちる場ぞ。不用意に近づいては……」
狼はそこまで言うと、俺の手にある海水入りの片手鍋に気付いた。
気まずい沈黙。
……なんかごめん、準備万端で。
「……ふむ、備えはしておったか。思慮深い者は好ましいぞ」
「それはどーも」
俺は神経質なだけなんだけどな。
でもイヌ科の好感度が上がる事に文句は無いから黙っておいた。
いやぁ〜狼カッコカワイイなぁ〜、撫でたい。
「余はこの辺りを縄張りとする『死の狼精霊』である。お主の名は?」
「ユーレイ」
「ほう……何やら縁のある名だな。生きながらに霊を名乗るとは」
名前をもじって存在感の無さそうな感じにしただけだけど、確かに死のなんちゃらみたいな相手には気になる名前か。
「……ひとつ訊きたいのだが。お主、身近に強き精霊の類がおらぬか? いや……精霊? しかし肉体は無さそうな……」
うんうんと悩ましく唸る狼。
身近にって言うなら……たぶんフッシーの事かな?
「妻が不死鳥のオバケを仲間にしてるから、それかな?」
「ああ! なるほどこの気配は不死鳥の……待て、オバケ!? 不死鳥の!? 不死鳥が死んだのか!?」
すごい驚くじゃん。
精霊にも不死鳥が死ぬっていうのは異常事態なんだな。
「うぬぅ……かように僻地の海におると世の流れに疎くなっていかんな。不死鳥故に死んだところで海まで流れて来なかったのだろう……人の子よ」
「はい」
「ちと不死鳥に会わせてくれぬか?」
「……どうぞ。家にいるんで」
ただ、その前に。
「ちょっと、先に鍋の水、試験管に移していい?」
「……うむ」
危険物だからさ。
* * *
そして拠点に帰った俺達を待っていたのは……
──ピヨピヨピヨピヨピヨピヨ……
大量のヒヨコだった。
「……うん、スレによるとNPCの詐欺だって」
「詐欺かぁ……僕が豆の説明見落としたわけじゃなかったんだね」
「うん、大丈夫大丈夫」
正座でヒヨコに囲まれながら凹んでいる相棒を慰める。その間にも豆ヒヨコとやらはピヨピヨしている。
俺と相棒が話している間に、連れ帰った狼とフッシーも、ヒヨコに囲まれながら何やら話しをしていた。
「よもやこの森に居を構え住み着こうとはな……」
「それな。だが我中々に愉快で楽しいぞ」
「……不死鳥の身で死んでおるというのに……呑気な奴だ」
ピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨピヨ
なんだろう、もう少し真面目なシーンだっただろうに、ヒヨコのピヨピヨで緊張感が死んでいる。
狼の方も、もう真剣な雰囲気を出すのは諦めたらしい。
ヒヨコがピヨピヨピヨピヨする中で、普通に真面目な話が始まった。
「そこな不死鳥に話は聞いた」
「我フッシーな」
「……フッシーに話は聞いた。不死鳥が死すほどに滅びの魔の手が蔓延っているのならば、精霊とて静観しているわけにはゆかぬ。」
黒い半透明の狼は、ワォーンと遠吠えをひとつ。
すると、デカい狼の前に、一回りサイズダウンした黒い半透明の狼が現れた。
サイズダウンしてても、お座り状態で俺の身長くらいあるけどな。
「お主に余の分身を預けよう」
「……俺?」
「そうだお前だ。余は縄張りを守るためあの場を離れるわけにはゆかぬ。故に、分身がお主の下に付き、共に戦う事としよう」
狼が!!
仲間になった!!
「うむ、ご主人の力強き喜びの握り拳」
「……そこまで歓迎されるならば気分は良いな」
「相棒、犬好きだから」
「余、狼ぞ?」
「イヌ科でしょ?」
「まぁそうだが」
とりあえず名前を付けろと言われた。
そうする事で俺の従魔ポジションになり、フッシーのように主ナイズされるらしい。
名前……名前……そうだな……
「じゃあ……ネビュラにしよう」
『星雲』って意味の単語。
黒いけど、半透明でキラキラして見えるからな。
名前をつけると、ネビュラは嬉しそうに一鳴きして寄ってきた。
「宜しく頼むぞ、主殿」
狼(小)が喋る。
「よろしく。……性格はあんまり元と変わらないかな?」
「うむ。余も主ナイズはされたが、元と先に会話しておったから印象が焼き付いていたのだろう」
そんなものか。
──称号『死の精霊の主』を取得しました。
お、称号だ。
『死の精霊の主』ね、相棒の『不死鳥の主』と同じような物だな。
そして大元の死の狼精霊は、満足そうに頷くと立ち上がった。
「では、余はそろそろ戻るとしよう。後は頼んだぞ」
「あ、はい。ありがとうございました」
「ありがとうございましたー」
「ではな」
巨大な狼精霊は、力強く跳躍して壁を飛び越え去っていった。
「じゃあネビュラの寝床作らないとね! 流石にコンテナサイズの家だと狭いだろうから」
「その前に、やる事あるでしょ」
「……?」
キョトンとする相棒に、足下を指す。
「ヒヨコ、流石に多いから捕まえて売ってこないと」
「アッ」
さすがに全部はね? 二人じゃ世話しきれないよ。




