ユ:白鳥と黒鳥と
休日二日目のログイン。
今日の俺達は、昨日後回しにした精霊郷に幻獣がいるかどうか確認しに行く。
「あ、でもその前にお土産買っていこう」
「拠点に?」
「そう。葡萄パンとお魚。あと精霊郷見たら、帰る前にローリングターキー狩ってお肉も」
「ああ、丸ごとターキー」
朝の街は、うっすらと霧がかかって中々幻想的だ。
買い物に出歩くのに支障の無い濃さなのは助かる。
せっかくだからワインと小麦も確保した。
やっぱり産地は安いな。
「じゃあ出発」
精霊郷の入り口は街の外だ。
ダンジョンと同じく、精霊郷の入り口も開拓地が囲むことはシステム的に出来なくなっている。
門から外に出て、湖沿いをぐるりと歩く。
場所は街の対岸。かなり大きな湖だからそこそこかかった。
「これかな?」
「たぶん?」
湖の上に浮かぶようにして咲く白い花。
その花が綺麗な正円を描いている場所が、ここの精霊郷の入り口だ。
「湖に浮かんでるから、跳び乗るしかないよね?」
「しかないね」
「……これ、場所間違えてたらドボンしない?」
「するよ」
あっていることを祈るしか無い。
「じゃあ行くよー……ていっ!」
【跳躍】未習得の相棒でも届く位置でよかった。
円の中に入った相棒の姿が掻き消える。
(あってた!)
喜びの念話を受けて、俺も後を追いかけた。
* * *
『青の白鳥精霊』の精霊郷は、霧がかかった見渡す限りの水面だった。
「水面に立ってるみたいで面白い」
嬉しそうにはしゃぐ相棒が足踏みするたびにパチャパチャと水が跳ねる。
足から伝わる感触としては、深さ1センチ程の水が広がってるような状態に感じる。
ただ、霧の中にうっすらと見える白鳥達は普通に水面を泳いでいるから、あまりこの感覚もあてには出来なさそうだ。
「さて、どっちに行けば精霊さんはいるのかな?」
相棒がそう言うと、一羽の白鳥がスイーッと泳いで近付いて来た。
「おやおや、私に何か御用ですかな?」
「あ、『青の白鳥精霊』さんですか?」
「おやおや、その通りですとも。私も有名になったものですな」
「こんにちは。お邪魔してます」
「おやおや、御丁寧にどうも。……おやおや! そちらは『死の狼精霊』殿ではございませんか。どうもどうも」
「……うむ」
霧がかかっているから分かりにくいが、半透明の見た目をしている。
サイズは完全に普通の白鳥だから、うっかり見落とすところだった。
「えーっと……ここに『因果の黒鳥幻獣』さんがいるかもしれないって聞いて来てみました」
「おやおや、それは運がよろしい。今日はおりますよ」
クオーッ!
と、白鳥精霊が霧に向かって鳴いた。
少し経つと、霧の向こうから一羽の黒鳥がスイーッと泳いで近付いて来た。こっちも半透明の見た目をしている。
「通訳は必要ですかな?」
「あ、大丈夫です」
俺達はインベントリから【満ち夢ちトマト】を出して齧る。
「まあまあ、私が『因果の黒鳥幻獣』ですよ。とは言っても人の子には通じていないのでしょうがね」
「あ、通じるトマト食べたので通じてます」
「おやおや!」
「まあまあ!? これはなんて珍しいんでしょうね!」
白鳥と黒鳥は感心したようにバサバサと羽ばたくと、何故か一緒にクルクルと回ってビシリとポーズを決めた。
「まあまあ、この『因果の黒鳥幻獣』と出会えたのならば、一生に一度、これまでの行いに対する御褒美を差し上げる、まさにその時と言う事!」
「おやおや、人の子よ。日頃の行いはいかがでしたかな? 自信が無ければ、引き返すのもまた選択!」
……この白鳥精霊、通訳する場合はひたすら通訳に徹するらしいんだけどな。
もしかして、本当はこうやって一緒に踊ってなんやかんや言いたかったのか?
「いかがします?」
「御褒美ください」
「まあまあ!」
「おやおや!」
「どんなモノがお望みですかな?」
「まずは貴女から、希望をどうぞ?」
流れで先に希望することになった相棒は、嬉しそうにニッコリと笑って言った。
「面白いモノください!」
また面白さを求めにいったな?
白鳥と黒鳥がキョトンとした。
「まあまあ、面白いモノとな?」
「おやおや、これは珍しい御希望ですね?」
「ほとんどの人の子は、強いモノや高価なモノや希少なモノを求めるのに」
「ではでは」
「いざいざ」
2羽の鳥がバサアッと羽ばたいた。
クォクォと鳴いて、黒鳥の周りに光がキラキラと煌めき始める。
「……面白いモノ……面白いモノ……?」
……AIが困ってないか?
面白いって、主観だからな……どうなるんだ、この場合。
精霊と幻獣は、しばらく光りながらグルグルと2羽で回ると……カッと目を開いて相棒に言った!
「来た! 来た来た! 来ましたわねー!!」
「籠をお出しなされ!」
「えっ、あっ、はい!」
促された相棒が…オバケを入れる刻印入りの籠を出した。
クォォオオオオッ! と震えながら鳴くと、光が籠の中に収束していき……
「「ハイッ!!」」
「わあっ!?」
ポンッと籠の中で光が弾ける。
……そこにいたのは
「……ハッハッハァッ! こいつぁ傑作だ! よもやオレサマを倒した陸のチビ共とこんな形でまた会うとはなぁ!」
白い海藻がグルグルと巻き付いている……サメの死霊!?
「ちょっ、えっ、なんでー!?」
「因果ですから!」
「因果ですので!」
いやいやいや……
「え、だって……死霊使いの僕の籠に入るって、僕に協力するって事じゃん!? サメだってイヤでしょ、自分を殺した相手とか!?」
「ハッ、イヤならそもそも来てねぇよ! あれだけ高みに至ったオレサマを、あんなにあっさり仕留めた相手なら? まぁ面白ぇから下に入るのもやぶさかじゃねぇ」
「ええー……?」
サメはカカカッと上機嫌で笑う。
「それに、新しいチビ共は滅びと戦うって話じゃねーか。面白ぇ奴の下で面白ぇ戦いが待ってるなら死霊も悪かねぇよ! よろしくな姐さん」
「姐さん!?」
切り替えの早いサメだな……喧嘩で負けた相手の舎弟になったヤンキー感。
相棒は笑うサメをしばらくポカーンと見ていたが、三白眼になりながら白鳥と黒鳥を振り向いた。
「……これって、『僕が面白く思うモノ』じゃなくて『僕を面白く思うモノ』じゃない?」
「おやおや、そうとも言うかもしれませんな!」
「まあまあ、因果は無事に収束いたしました!」
「「ではまた来世!」」
また来世じゃねぇよ。
誤魔化したな、このAI達?




