キ:湖畔の街を二人で歩く
休日の夜。ゲーム内では昼間。
僕等はてくてくと歩き続けて、『湖畔のミストタウン』に到着した。
VRのゲームはこれだけ歩いても疲労が無くていいねぇ。
まぁアウトドアしてる気分なだけで、体は運動不足になっちゃうんだけど。
特に検問みたいな物も無く、防壁の門を潜って街に入る。
広い湖に接しているこの街は、ピリオや四方の街みたいな『ファンタジーの都会』って感じじゃなくて、『ちょっと裕福な田舎町』っていう風情があった。
綺麗に漆喰を塗った白い壁とレンガ瓦の屋根の家々。生垣や花壇も多くて、自然がいっぱい。
道幅は余裕があって、荷車を押す街人が多く行き来している。
工房も商店も多くない。必要な分だけある感じ。
居住区って感じの街並みがあって、その反対側には広い広い畑。
波打つ麦と、どっしりした風車。
湖の岸辺は桟橋が多く作ってあって、釣りをしている人が何人もいる。
必要な物をほとんど自分たちで賄える。ほぼ完結している。
そんな雰囲気があった。
「写真集とかの常連になってそうな街だね」
「わかる」
湖にくっついてるけど、その部分の防壁はどうなっているのかな?
なんて思って見て見れば、アーチの橋みたいな構造でぐるりと通して、アーチ部分に大きな鉄格子が嵌められていた。
なるほどねぇ。あれならお魚は通るけど、大きなモンスターは街の岸辺までは入ってこない。
防壁の上から矢なり魔法なり撃てばいいんだ。
岸から防壁まではかなりの距離があるから、漁にもボート乗りにも影響は出ない。
……そう、ここには観光地あるあるの貸しボートがあります!
「相棒! スワンボートだ!!」
「マジかよ」
のんびりと白鳥が泳ぐ湖の岸辺に、ぷかぷかと浮かんでいるスワンボート。
ただリアルとは違って、足で漕ぐ物じゃなく、水魔法の魔道具でゆっくりと進むようになっている。
「そっか、魔法か精が生まれるかしないと、自転車みたいな構造も上手く動かないんだ」
「じゃあ風車とかも何か工夫してるのかもしれない」
つまり開拓主さんは、そこまでしてこの風景を作りたかったという事になる。
趣味が良いねぇ!
せっかくだからスワンボートに乗る事にする。
スワンボートは急な雨でも濡れなくていいけど、ちょっと乗り込みにくい気がする。
相棒が差し出してくれた手に重心を預けながら乗り込んだ。
「おお、漕ぐ部分が無いから床がちゃぷちゃぷしてない」
「楽で良いな」
魔道スワンボートはものすごくのんびりとした速さで発進した。
わぁ、本物の白鳥に追い抜かれそう。
まぁスワンボートに乗るのなんてカップルか子供かくらいだろうから、遅い方が安全なのかな。
「……この緊急用加速魔道具が気になって仕方ないけどね」
「ダメだよ」
「やらないよ。でもちびっ子だけで乗せたらきっと使うよね」
「だろうね」
「どんな速さ出るんだろ……こんなちゃぷちゃぷ進んでるスワンボートがさ、急にフューーーーーンッ!って猛ダッシュするのかな?」
「シュールすぎる」
白鳥に取り囲まれてラッキータイムを堪能したりして、のんびり楽しんだ僕らは陸に戻った。
せっかくだからスワンボートの係員してるおっちゃんに緊急用加速魔道具の速さを訊いてみたら、おっちゃんはニヤリと笑って言った。
「あれは癖になりますぜ」
おっちゃん曰く、営業時間終了後なら水魔法持ちの大人が魔法を補充する条件で加速魔道具で遊んで良いらしい。
あんまり人気だから、秋のお祭りでレースをする事になっているとか。
「……おっちゃん達の方が遊ぶのに夢中なのでは?」
「男はいくつになっても心は少年だから」
なんて話をしていたら、少年とその父親が二人で乗っていたスワンボートがフューーーーーンッ!って猛ダッシュしたのが見えた。
「速っ!」
「結構出るな」
陸に戻った少年とその父親は、母親っぽい女性にしこたま怒られていた。
* * *
なんだかんだ観光を楽しんでいたら、すっかり日暮れになっていた。
いやぁ教会とか綺麗だったねぇ。
ピリオと同じく四柱の神様を祀ってて、尖塔の上に精霊がやって来た事もあるんだってさ。
食べ物も美味しかったし。
ワインにしてる葡萄を使った葡萄パンが定番のおやつなんだって。
食事のメインは湖のお魚。
食べたのはただの塩焼きだけど、海のお魚とはまた違って美味しかった。
「精霊郷は明日かな?」
「だね」
この街の宿は、湖の岸辺の小さな貸しロッジ。
精霊と幻獣が見つかって、一時期冒険者がどんどんやって来た時期があって、その時に急ごしらえで建てた物なんだって。
お金払いたくない冒険者は岸辺にテント張ってたらしい。
釣り好きな冒険者は、何回も遊びに来るんだとか。
今は海イベント中だから、皆そっちに行ってるみたいだけど。
普通に泊まり込みで釣りとかしに来ても楽しそうだねぇ。
まぁ今回はログアウトしてリアルでも就寝だから、宿泊はしない。
冒険者のログアウト用に用意されてる建物に入って、ログアウトした。




