ユ:悩める青年の内心と
……惨い。
砂の上に崩れ落ちたロナウドを見て、俺はそっと目頭に手を当てた。
ロナウドの様子に慌てる相棒とシャーロットお嬢様。
「え、え、ロ、ロナウド? ……そ、そんなにイヤだった?」
「違う……違うんだ……自分の、あまりの不甲斐なさに目眩がしただけだから……」
ああ、うん……そうか、やっぱり理由はそっちか。
「僕はね、シャーロット……君に相応しい男になりたいと思って、開拓地に志願したんだよ……」
頭を抱えたロナウドの言葉に、シャーロットは目を丸くして驚いている。
……そうなんだよな。
昨日、色々話を聞いて思ったのは、騎士でもないシャーロットの、騎士としてのスペックの高さ。
そしてシャーロットはロナウドの顔が整ってるからモテるって心配していたが、それはシャーロットにだって言えることだろう。この御令嬢は普通に美少女なんだ。
さらに、ログアウトしてから相棒に聞いた、ロナウドの子爵家は、シャーロットの伯爵家より格下という事実。
挙句、ダメ押しみたいにシャーロットのお祖父様は『開拓神の聖人』で『開拓地の前騎士団長』なんて伝説級の人物ときた。
……男のプライド的なモノがしんどそうな結婚だな、とは思ったんだ。
「本国じゃなくこっちでなら、君に胸を張って求婚しに行けるだけの功績を上げられるんじゃないかと思ってね……」
ロナウドもシャーロットと同じく、開拓地に『なんでも上手くいく気がする』と夢を見ていた若者だった。
ところが現実はそう甘くない。
若手の下っ端に、そんな華々しい大活躍をするような場面なんてそうそうあるはずもなく。
だからといって、何も無いまま諦めるのも情けなくて出来ず。
彼女を驚かせたいと思ったから、手紙に詳細も書けるわけもなく。
ただずるずると時間だけが過ぎていき……
そしてとうとう、業を煮やしたシャーロットが開拓地にやってきてしまったわけだ。
ひと夏の恋なんていう最悪の事態こそ俺達が回避させたが。
バカップルな相棒とパン屋の看板娘なんて二人と話をして、『自分もああなりたい!』と思ったシャーロットは。
よりにもよって、ロナウドの目標地点である『求婚』っていう結論に先に到達して、プロポーズをかましてしまったと。
……キッツ。
これロナウド大丈夫か?
立ち直れるか?
ようやくロナウドの本心を知ったシャーロットは狼狽えるばかりだ。
……こっちはこっちで知らなかったとはいえ、ロナウドの望まない事ばっかりやってたわけだからな。
どうしよう、みたいな顔で俺達を見てくる。
……とはいえ、俺達が言えることなんてひとつしかない。
「……もう、やっちゃったことはどうしようもないからさ。これからはちゃんと話をするしかないんじゃない?」
「……何を思ってどう考えてるかなんて、言わないと伝わらないし、伝わらないと結局こうやって空回るだけです」
言っても伝わらない事があるのに、言わなくて伝わるわけがない。
「『君にふさわしい男になりたいから、待ってて欲しい』って言うだけで、シャーロットお嬢様はずーっと待っててくれたと思うよ?」
そう、ただそれだけの話だ、これは。
「……そう、ですね」
しばしの沈黙の後、ロナウドが立ち上がる。……よく立ち上がったな。
「情けない自分を必死に隠そうとした結果が、もっと情けない事になっているのだから……そこは悔い改めます」
自信の無さげな表情は変わらないが、それでもロナウドは、シャーロットを真っ直ぐに正面から見た。
「ねぇシャーロット……僕は御覧の通り、やる事成す事裏目に出るし、君に手合わせで勝てたことはないし、家柄だって君の家より下だし……改めて口に出すと結構辛いな……」
ちょっと挫けそうになっているロナウド。
だが、シャーロットは納得いかないような顔で、正面から言い返す。
「私、今までそんなこと、気にした事もありませんでしたわ」
「……うん、そうみたいだね」
はは、とロナウドは力なく笑う。
「正直プロポーズされた今だって、君にはもっとふさわしい男がいると思うのは変わらないんだけどね……シャーロット、僕は君が家訓で騎士団に入れないのをわかっていながら騎士団入りして、『嫁いできてから一緒に入ればいい』とも言えない狡い男だよ? ……本当に僕でいいのかい?」
対照的に、シャーロットは腰に手を当てて鼻で笑った。
「戦いにおいて、情報で相手を上回るのは重要な事ですわ。それに関しては思い至らなかった私の失態であり、ロナウドの方が上だった。大いに結構じゃありませんこと? 次は負けませんわ。それだけよ」
それに……と、シャーロットは目を泳がせる。
「……私、許可が出ても、たぶん騎士団には入れませんわ」
「え、なんで?」
「……その、先日、お祖父様が……貴族の騎士入団筆記試験の過去問を、試しに挑戦させてくださったのです……」
あ。
「……結果は?」
「ざ、惨敗でしたわ! みなまで言わせないでくださいませ!!」
そうか……お嬢様、脳まで筋肉になってるタイプなのか。
「ブロニ伯爵家の娘が平民と同じ窓口から騎士団に入る事など許されませんわ! ですから! 入隊しているロナウドの方が、凄いのですわよ! おわかり!?」
ポカンとするロナウドと、威嚇する猫みたいなシャーロット。
ふたりはしばらく見つめ合うと……同時に吹き出して、笑い出した。
「なんだよもう……本当、僕が散々悩んでたのが馬鹿みたいじゃないか!」
「それを言うなら私もですわ! ロナウドの悩みに気付きもしないで……」
「……ごめん」
そして手に手を取って、至近距離で見つめ合う。
「結婚の申し込み、謹んでお受けします。……ただ、後日両家が揃った場所で、改めて僕の方から申し込みをさせてほしい。指輪はもう用意してあるんだ」
「構いませんわ。指輪なんて、重ねてつけてしまえばよろしくてよ!」
……やれやれ。
クスクスと、幸せそうに笑う若いカップルを、俺と相棒は揃って眺めていた。
──クエスト『伯爵令嬢の観光案内』をクリアしました。
これにて、めでたしめでたし……
……と、なるはずだった。
──《ワールド突発ミッションクエスト》
──《『港建設現場防衛戦』が発生しました》