ユ:少女の悩み
ラッコがうろつく浜辺で横たわる謎の少女を前に、俺達はどうしたものかと困惑していた。
普通にラッコに対処できてるんだよな……だったら放っておいてもいいんじゃないか?
……なんて思い始めていると、謎の少女が声を発した。
「……そこのお方。女性が倒れていたら駆け寄るものではなくて?」
…………倒れて、いる?
(わざわざ波が当たらない所選んで布敷いて仰向けに倒れるのはかなり余裕があると思うんだ……)
(それは倒れたって言わないだろ)
あえての日向だしな……本当に体力が尽きそうな旅人は日陰を選ぶ。
「どうする主よ。……一応、罠かもしれぬぞ」
「んんん~?」
ネビュラの自分でも納得いかない感じの問いに曖昧に唸る俺達。
……まぁ、ようするに『来いよ』って事なんだろう。
俺達は一応警戒しつつ横たわる少女に近付いて行った。
「……えっと、大丈夫?」
心配よりも困惑が前に出ている相棒の問いかけ。
聞こえているはずの少女は……片目をチラッと薄く開けて、見下ろす俺達を見た。
……そしてパチッと驚いたように目を開けた。
「な、なんで仮面なんですの!? それにフード付きのローブ! 全身が完全に見えませんわ!?」
「ちょっと諸事情で」
「声まで違和感がありますわ!?」
「ちょっと諸事情で」
「た、たぶん……男性と、女性、ですわよね? ……ま、まさか恋人同士ですの!?」
「夫婦です」
「夫婦!? 不倫はイヤですわー!」
イヤーッ! と頭を抱えて勢いよく起き上がった少女は、ガックリと両手両膝を地に着けて崩れ落ちた。
そこへ、相棒が恐る恐る問いかける。
「……お嬢さん、まさかとは思うけど。逆ナンしようとしてた?」
「逆ナンってなんですの……?」
「えーっと……女性が男性を口説くこと? かな?」
「……その通りですわ」
マジで?
「だって本で読んだんですもの! 倒れた女性を優しく介抱する殿方! そこから始まるラブロマンス! この開拓地でならきっとそんなロマンチックな出会いで恋する相手を見つけて、私を放ったらかしてるロナウドを見返してやれると思ったのですわー!」
……途中からもしかしてと思ってたけど、当たりだ。
家出してる貴族のお嬢様だ、この子。
* * *
「ブロニ伯爵家の三女。シャーロット・ファラ・ブロニと申します……どうぞシャーロットとお呼びください……」
結局上手くいかなかった逆ナンに落ち込みながら、肩を落として座り込みつつ自己紹介する貴族令嬢。
相棒はそんなお嬢様の肩に優しい笑顔を浮かべながら手を置き……
「で、相思相愛な僕ら夫婦の間に割って入るつもりはあるのかい?」
「ありませんわ! 決してございませんわ!」
静かに低い声で圧をかけた。
「よし」じゃないんだよ。さっき「不倫はイヤー」って言ってただろ。その辺にしときなさい。
まぁ半分は冗談だったみたいで、くるりと態度をいつものそれに戻した相棒が本題に入る。
「んで、結局ひと夏の恋がしたくてここまで来たの?」
「いえ……あの、それは手段であって、目的ではないのです……」
「じゃあ何しに来たの?」
「……そ、その」
目を泳がせながら、服の裾を握りしめつつシャーロットお嬢様が話し始める。
「私……家に決められたロナウドという婚約者がいるのです」
ロナウドは子爵家の跡継ぎ息子。
幼い頃から仲は良く、順調に仲を深めていた……はずだったのだが。
「ロナウドは突然、所属している騎士団の開拓地遠征に志願してしまいまして……」
シャーロットになんの相談もなく。
家を飛び出すように開拓地へ旅立ってしまった婚約者。
手紙を送っても返事はまちまちで、開拓地での詳しい話はあまり書かれていやしない。
何故? どうして?
「よもや、そんなにも私との結婚や、家の跡を継ぐのがイヤになってしまったのかと……」
シャーロットは、一度そう考えてしまうと居ても立ってもいられなかったらしい。
「もうこうなったら直接確かめようと、親の目を盗んでこちらへ来たのです。……しかし、ピリオノートの城へ行っても彼は遠征中と言われ、彼の同僚には曖昧に濁される始末……ですから、私、気付いたのですわ」
シャーロットの瞳が仄暗い光を宿した。
……これはあれじゃないか? 浮気を想像して暴走している良くある展開……
「ロナウドは! 開拓業務があまりに楽しくて! 私の事を完全に忘れているのに違いないのだと!!」
んんんん?
「そもそもどうしてロナウドは開拓地に来られて私はダメなんですの!? 私とて! 代々騎士団の重鎮を輩出している由緒正しきブロニ家の娘! そんじょそこらのモンスターになど後れを取ったりいたしませんことよ!?」
「ですから!」と由緒正しき伯爵家のお嬢様は吠える。
「私は! ロナウドに私の価値を叩きつけてやろうと思ったのですわ! 見目の良い男性と、物語のようなひと夏の恋をしつつこちらで手柄を上げて! 恋愛においても開拓においても私がどれだけ素晴らしいかを知らしめて見せようと!」
ゼーゼーと肩で息をするお嬢様に、相棒がそっとジュースを差し出した。
お嬢様は「ありがとうございます」と礼を言ってそれを飲む。
相棒は、飲み終えた所を見計らって、苦笑いしている声色で質問をした。
「ロナウド君のこと嫌いになったの?」
「いいえ? 私の事を放ったらかして楽しそうな開拓地遠征に夢中なのが気に食わないだけですわ」
「……でも、シャーロットお嬢様がひと夏の恋なんてしたら、ロナウド君はお嬢様のこと嫌いになっちゃうんじゃないの?」
「えっ」
「えっ」
途端に真っ青になったお嬢様。
いや、そこに気付いてなかったのか。
「えっ、だってそんな……本にはそんなこと……」
「じゃあもしもロナウド君が知らない女の子とひと夏の恋してたらどう思うの?」
「全身の骨をへし折って三行半を突き付けますわ!」
「ほら」
ハッと目を見開き驚くお嬢様。
……大丈夫か? 戦闘力は高いのに、恋愛経験値が皆無だぞ?
「わ、私……なんてことを……」
「じゃあ逆ナンはやめようね」
「わ、わかりましたわ。御指摘頂き感謝いたします」
しょんぼりとお嬢様が俯いた。
相棒はお嬢様に見えない所で、俺に向かってグッと親指を立てて見せる。
うん、説得に成功したのはわかったから、その指は引っ込めておこうな。
「じゃあ、ロナウド君の顔見たら本国に帰ろうね」
「……いえ、それは……」
ん、まだ納得してないか。
「……ひと夏の恋が悪手なのは理解しましたわ。でも……私が、ロナウドに放置されているのは事実ですので……ここまで来てしまったからには、何か手柄のひとつやふたつ立てなければブロニ家の沽券に関わります!」
本当か?
どんな家なんだブロニ家。
シャーロットお嬢様は、スッと立ち上がり、力強い目で俺達二人を直視した。
「お願いです! 私にこちらの世界を案内してくださいませ! ロナウドがどのような世界で何をしているのか、それを知らねば手柄の立てようもございませんわ!」
──クエスト『伯爵令嬢の観光案内』を受諾しますか?
やっぱりクエストが出たか。
どうしたもんかな、と悩む俺の横で、相棒がスッと指を1本上げた。
「条件があります」
「なんでしょう?」
「ピリオノートのお城を通して、御実家に連絡は入れること。勝手に連れ回したら僕らが責任を問われちゃうから」
シャーロットお嬢様はしばし硬直し、ものすごく不服そうな顔をしつつも、絞り出すように承諾した。
「……わかり……ました」
「はい、じゃあ承諾っと」
うん、そうだな。誘拐犯扱いされたら面倒だ。
新聞にも、保護して城へ一報をってあった事だし。一報を入れておけば、まぁ案内くらい悪いようにはならないだろう。