キ:彼らが全力で走る理由
僕らがのんびりとジュースを飲みながら観戦している視線の先で、画面の向こうの選手達は雄叫びを上げながら地獄のようなコースを走り始めた。
「最初に飛び出したのは『ペンギンデスマッチ』選手! 【氷魔法】で凶悪な悪路を敷いた張本人が、スケートのように氷の上を滑るようにして進んでいく!」
「氷上での動きがとても慣れているように感じます。これは普段からこの戦法やってますね」
ヒラヒラした紺色のリボンをはためかせて、エルフの女性がスピードスケートみたいに凍った地面を滑りながら駆け抜けた。
「それに続くのは初手で派手に溶岩をばら撒いた『ボルシチ』選手! 自分で広げた溶岩に躊躇いなく足を突っ込んで、氷を避けつつ走る走る!」
「重そうなローブ姿ですが、まったく足を取られる様子が無いのはさすがβ筆頭クランの所属と言った所でしょうか」
ガルガンチュアさんのクランにいた人だ。
溶岩を泥水か何かみたいにバシャバシャはねさせながら走っている。……燃えないんだねぇ? って、そりゃそうか。
「後続も気付きましたね? そうです、PvPがないから! 元からの地形ならともかく、魔法で一時的に発生している溶岩等は実はダメージ入らないのでーす!」
「見た目には区別つかないので要注意ですが」
そっか。そういえばそうだね。
これでダメージ入って死んだらPvPになっちゃうもんね。
(でも見た目が怖くて足入れるの怖そう)
(うん、それを狙ったんだろうね)
後から追いかける形になった人は、氷か溶岩かの二択を迫られて氷を選んでなかなか進めていなかったけど。なんともないってわかったら、みんな恐る恐る溶岩に入ってジャバジャバと走り始めた。
「さぁ先頭はこの二名だけどまだまだわからないから油断は禁物! 俊敏の高いプレイヤーはグイグイ後ろから追い上げるよー!」
先頭のペンギンデスマッチさんはさらに追加で氷の道を敷いた。
彼女にとっては氷の道が走りやすいし、周りの妨害にもなるしの一石二鳥なんだろうね。
それに対抗するみたいにボルシチさんが溶岩を撒いて氷を溶かしながら追いかける。
『溶岩マン、今日はクランリーダーが出なくていいのー?』
『うちのボスは戦闘が無いとエンジンかからないタイプなんで置いてきましたよ!』
画面の中で交わされるトップ二人の軽快なやりとり。
それに反応する観客の一部。
「言われてんぞガルガーン」
「ほっとけー」
あ、ガルガンチュアさん同じ部屋にいたんだ。
どっかりと座って後ろに寄りかかって漫画肉みたいな物をモグモグしている。……何その絵に描いたような漫画肉。どっかで売ってるのかな。
ステージ上の投影スクリーンはいつの間にか数を増やして、右上に俯瞰の映像が別途映し出されていた。
魔法を振り撒きながら進む先頭二人のせいで、後続はずっと悪路を強いられている。
その中から、徐々に抜きん出て追い上げてくる姿が数人。
「来た来た来た来たー! 追い上げてきたぞ後続がー! 力強く足の爪で氷を刻むのは、犬の獣人、『番犬ジョン』選手!」
「頭部と足が犬そのもののタイプですね。彼はクラン『麗嬢騎士団』所属の貴重な男性枠です」
「そしてそれに並ぶのは……まさかの商人だー!? みんなご存じ、サウストランクの開拓者『行商人パピルス』選手!」
おおお? パピルスさんだー!
え、めっちゃ普通に走ってるパピルスさん。
てかこういうの出るんだパピルスさん?
犬の獣人さんは、まさかパピルスさんが自分に並んで来ると思わなかったのかギョッとした顔で隣に吠えた。
『なんでアンタそんなはえーの!?』
『商人のフィジカルを舐めないで頂きたい! 悪路に強い靴と! 速度上昇のアクセに! 薬に! バフ魔法魔道具は! 伝手を使ってしっかりと用意してきましたからね!』
『フィジカル関係ねぇえ! それ金の力ぁあ!』
パピルスさんはやっぱりあれかな、商売の宣伝のために船に自分の名前つけたいのかな。
……それにしても。
(ねぇねぇ、相棒)
(ん?)
(なんかさ、大物? 大手? が、意外と参加多くない?)
カメラにチラチラ映っている中に、いつぞやのメン子ちゃんとかも見えたんだよね。初手の氷で「いやぁぁああー!?」って滑って転んで見えなくなったけど。
ガルガンチュアさんのクランも、お嬢様のクランもいるし。なんならいつぞやのナムさんって人も映ってた。
みんなそんなに船の命名が魅力的だと思うかな?
(……まぁ、ポイントおいしいからじゃない?)
(今回のポイント景品ってそんな良いものあったっけ?)
チラッとみた分には、お互い景品は大街道敷設イベントと同じようなラインナップだった気がしたけど。
(船があったから、それかもしれない)
(船?)
マジで? ……あ、ホントだ。あったわ。
(高っ、必要ポイント一番多いじゃん!)
(デカい船はね)
そっか、クランの皆で海に出るのにコレが欲しくて参加してるなら納得。
家と一緒で、リリーで作ろうとしたらとんでもな値段になるのかな。
(僕らはこんな大きな船はいらないねぇ)
(大型の帆船はさすがに大きすぎる。入手するなら小型漁船サイズで充分)
それだって大きいかもだけど。
……それに、今のところは使う予定も無いしなぁ。
(いっそ公園のスワンボートとか無いかな?)
(……無いだろ)
僕らが景品に気を取られている間に、レースは陸路を抜けて海エリアに突入した。




