ユ:全身全霊の験担ぎ
なんだかんだ大きなイベントには参加してきた俺達は、こうやって完全にリアルタイム観戦を決め込むのは初めてかもしれない。
イベント開始時間になって、ステージに整えられた実況席に座るフェアリーが喋り始めた。
「はぁい! それでは時間になったので始めていきましょう! 『海の安全祈願トライアスロン大会』! 司会進行と実況は私、『実況妖精パロットちゃん☆』が担当いたしまーす! よろしくねー!」
「解説の『実況妖精ウグイスちゃん☆』です。よろしくお願いします」
あ、大規模戦闘でよく実況してる配信者クランだ。
ウグイスの方はピリオ襲撃で蟻を誘導してる時に飛んできたフェアリーだな。
「今回のトライアスロン参加者は……なんと247人! 結構多いね?」
「そうですね。ポイントが美味しいとはいえ普段とは違う動き方が求められる競争です。いつも通りの狩りで稼ぎたい人も多いでしょうから、なかなか盛況と言えるのではないでしょうか」
「それじゃあ選手の待機スペースを見てみましょう!」
司会がそう言うと、ステージ上に浮かんだスクリーンっぽい魔法に映像が映し出される。
画面にいるのは、同じ配信クランのフェアリーだ。
『はい、こちら待機スペース。『実況妖精ロビンちゃん☆』がお送りします。ご覧ください。速さに覚えのある方々が、出走を今か今かと待っております』
フェアリーの背後には、装備の上からゼッケンを着けたプレイヤー達。
俊敏重視の職業ばかりかと思ったが、意外と全身鎧や魔法使い系の職業もぞろぞろといる。
中継に映っていると知った奴が数人『ウェ~イ!』とか言いながら画面に向かって謎のポーズをとった。
彼らが着けているゼッケンは、番号の他にプレイヤー名が書いてある物と書いてない物がある。
『御覧の通り、お名前公開OKな方はゼッケンに名前入り。NGの方は、1位になって船に名前が使用されることになった場合のみ公開となっております』
「つまり、カワイ子ちゃんだからって応援して優勝したら、ものすごい名前になる可能性もあるということですねー?」
『そうなります』
「んん~怖いような楽しいような。ではせっかくなので、どなたかお一人に意気込みなど聞いてみちゃいましょう!」
『わかりました』
現場のフェアリーはきょろきょろと周囲を見渡し、適当に近くにいたプレイヤーへ声をかけた。
日焼けしてる感じの肌色で、きっちり水着装備を着ている男だ。
『お名前お伺いしてもよろしいですか?』
『どーも、名前は『海之モクズ』っていいまーす!』
「どーして参加したあああああ!?」
これは酷い。俺も相棒も思わず吹き出した。
ドッと沸く会場。
鋭いパロットのツッコミに、しかしそいつは不敵な笑みで応えた。
『どーしても何もこれは俺が参加しないとっしょ? 俺のためのイベントかと思ったくらいよ? 絶対に公式大型帆船を『海之モクズ』にしてやっから、テメーラ覚悟しとけ!!』
「縁起悪すぎぃぃいいい!! ちょ、みんな頑張って!? マジで頑張ってよね!?」
焦る司会とは裏腹に会場は大盛り上がりだ。
(皆頑張れって言うけど、縁起悪い名前がアイツだけとは限らないよな)
(ちなみに、もしも相棒が参加して優勝した場合、船の名前が『ユーレイ船』になってた可能性が)
(不参加でよかったわ)
新品の船を怪異みたいな名前にするのはさすがに忍びない。
「えー、それでは出走時間になりましたので。選手の皆さん位置についてくださーい!」
司会の声掛けで、選手たちはわらわらとスタート位置に移動した。
「さぁ皆さん。ルールはきちんと読んできましたね?」
「『魔法使用可、バフ魔法使用可、各種飲み薬使用可、武器・投擲アイテムの類は使用禁止です」
「PvPもフレンドリーファイアもありませんので! どうせ攻撃魔法なんか撃った所で他の選手には当たりませんが……フィールドには影響がでますからねー?」
選手の大部分が「ん?」って顔をした。
対して残りの選手は「もちろん!」とばかりにニヤリと笑う。
「すなわち! 魔法による妨害・ブーストなんでもござれのサバイバル式トライアスロン!! 大海原を侮るな! 妨害と言う名の険しい荒波を乗り越えてこそ、その名と縁起に箔が付く!! さぁ駆け抜けていただきましょう!! カウントダウン!! ──3!!」
不敵に笑う選手たちは、腰を落として飛び出す姿勢。
「──2!!」
一方、司会の声に驚いた面々は慌てて場所を……特に魔法職っぽい選手から距離をとろうと移動した。
「──1!!」
その予測と危機回避能力すらも縁起に含もうとしているのなら、確かにそれは成功したのかもしれない。
「──スタートォオオオオ!!」
「【ボルケイノ】!!」
「【ソイルクリエイト】!!」
「【アイシクルクリエイト】!!」
初手で豪快に前方へと放たれた三つの魔法。
平坦な道だったはずのコースは、一瞬で溶岩地帯となり、険しい起伏が無数に出現し、さらに上から凍てつく氷が覆いかぶさって灼熱かスリップか二択の地獄と化した。
そこへ臆さず勢いよく飛び出していく一部の選手達。
だが氷への対策を何もしていない靴では無理があったらしい。ツルツルと滑って転ぶ選手が続出した。
「いやぁ、高レベル帯の俊敏値考えたらコース短すぎるんじゃないかと心配してましたけど。この分だと大丈夫そうですね!」
「むしろ完走できるかどうかの心配をした方がいいかもしれません」
なお、森の主でもある『緑の蛇精霊』は、『きちんと後から木を植えなおす事』を条件にこのハチャメチャレースを承諾したらしい。
精霊郷で、ゲラゲラ笑いながら観戦しているそうだ。
(観戦でよかった!)
(それな)
エンジョイ勢の俺達には、あのレースはちょっとどころじゃなく荷が重い。