ユ:絆の在り方
一瞬の変化に、その場の空気が凍り付く。
倒れ崩れ始める梟幻獣。
俺達の中で、最初に動いたのはネビュラだった。
「お前! やはり『滅び』と絆を結ぼうとしたな!?」
「……それはだって、私は『絆の梟幻獣』だもの……仲良くなって、解決するなら……その方が、ずっと良いでしょう?」
そのやり取りで、俺達は何が起きているのかのおおよそを悟る。
『絆の梟幻獣』は、『滅び』との繋がりを試みたんだ。
さっきの言い方だと、話が通じそうな使徒もいたんだろう。
けれど、そもそも滅ぼす事が存在理由のような相手だ、問答無用で呪いのようなモノを返されたのかもしれない。
「馬鹿な真似を……!」
「だって、絆を諦めたくなかったのだもの……もうダメって、わかったから……残りはせめて、心残りを、無くそうと……」
言っている間にも、フクロウの体は少しずつ崩れ落ちていく。
「……ふふ、『滅び』って、すごいのね……少し、気が抜けただけで、このザマよ……」
「……や、やだ! ……【サモンネクロマンス:フッシー】! 【フルリカバリー】!」
焦る相棒が、慌ててフッシーを召喚する。
呼び出されたフッシーは、驚き目を見開いて回復の光を梟幻獣に浴びせかけた。
……それでも、崩壊は、減速はしても止まらない。
「くっ……主よ、やはり『滅び』に殺された我には止められぬ!」
「!」
「しかもこれは……相当根深くやられたな? このままでは魂まで滅びるぞ!」
「死の海へ運べ!!」
切羽詰まったネビュラの声に、弾かれるように動き出す。
フクロウを抱き上げて、何がなんだかという反応をしている蜂のお姫様を相棒に持たせて、風切羽を使う。
ただならぬ様子で戻ってきた俺達に驚く面々に、「説明は後だ!」と叫んで蜂のお姫様を預けた。
すると何かを察したのか、霊蝶の群が俺の腕からフクロウを奪い取って海へ向かって飛び始める。
俺も急いで相棒を抱き上げてネビュラに跨り、フルリカバリーをかけ続けるフッシーと一緒に後を追った。
「ネビュラ、死の海で『滅び』は落とし切れないんじゃなかったか?」
「出来ぬ。だがこれだけはっきりとしているのならば、手遅れな部分だけ剥ぎ取る事ができるやもしれぬ!」
間に合う部分だけ残して切除するって事か。
「……ごめんなさいね。無理矢理、押し付けて……でも、来てくれて、嬉しかったわ」
並走する蝶の中から聞こえる、どんどん弱々しくなるフクロウの声。
「ヤダ……ヤダよ……」
相棒が半泣きの声でフクロウへ手を伸ばす。
……海は、死の海はまだか!
「もう、蜂のお姫様は……間に合わないと……思っていたの……でも、絆は、繋がった……叶えてくれた……あなたたちに……伝えられた……それで充分」
梟幻獣は、もう半分くらいの大きさにまで崩れてしまった。
「……ねぇ、覚えていて? ……『絆の梟幻獣』はね……少し自分勝手で、おせっかいな……愛の使者なのよ」
森が終わる。
視界が開けた。
広がる紫色の水。
死の海。
ネビュラが海へ向かって大きく遠吠えすると、海から長大なヒュドラのような腕のようなナニカが伸び上がった。
以前、拠点を襲撃してきた骨蛇を送還するために相棒が呼んだモノと、同じモノ。
腕はあっという間に霊蝶ごとフクロウを掴んで、海の中へと、消えた……
「……間に合った? かなぁ?」
「……さあ」
『滅び』に侵食された部分を切り落とすなんて今まで聞かなかった話だ。
たぶん、深いところまで連れて行ったんだろう。
波は穏やかで……表面上には何もわからなかった。
「……結果を待つしかあるまい。……奥方は、戻って休んだ方がよいのではないか?」
ネビュラの言葉に、首を横に振る相棒。
……どうやら泣いているようだから、抱き上げてネビュラから下ろし、腰を下ろした俺の膝の上に座らせた。
「ここで待つって」
「そうか……」
抱きしめて、背中をさする。
……急に目の前で崩壊したのは、ショックだったな。
俺もそれなりに焦った。
「びっくり、した……」
「うん」
このゲーム、グロ表現はかなり抑えられててほぼ無いんだけどな。
そのかわりみたいに、NPCのリタイアには容赦が無い印象だ。
取り返しのつく事とつかない事との差が、ものすごく大きい。
今回はずいぶん唐突にぶっこんで来たな? とも思うが……海に連れてこられる俺達だからこそぶっこんで来た可能性もあるんだよな……
NPCが危機一髪だったプレイヤーが、スレで『自分じゃなかったらどうするつもりだったんだ!』って愚痴を吐いている書き込みが複数あって。
最終的に検証勢からは『なんとかできる手段を持つプレイヤーだからこそゲーマスAIがそういう展開を御用意しているのでは?』って仮説が立てられていたのを見た事があった。
……『エフォのゲーマスAIはこれだから』って定型文の気持ちが理解できた気がする。
……しばらくそうして、波の音が響く浜辺で座り込んでいた。
どれくらい経ったか、相棒の涙もある程度収まった頃。
死の海の上に、『死の狼精霊』が……つまりはネビュラの大本が現れて、水面を歩いてこっちにやってきた。
「……完全な消滅は避けられた。しかし、削る部分が多すぎた故……恐らく、記憶はほぼ残っていまい。生まれたてのような魂にまで小さくなってしまった」
「やはりか……」
「だが、それでも存在を繋いだのなら御の字であろう」
フッシーの言葉に、相棒も頷く。
「うん……消えなくてよかった」
「だが、魂としては弱くなりすぎた。恐らく再び幻獣として生まれる事は叶わぬぞ」
「……大丈夫じゃない? あのフクロウさん、その辺は気にしない気がする」
うん、自分の事そっちのけで仲人してるイメージしかないからな。
幻獣じゃなくなったとしても、根っこがあのままならやる事変わらないんじゃないだろうか。
「ちなみに『絆の幻獣』はいなくなっても大丈夫なのか?」
「幻獣も精霊と同じく同属性が複数いる。……だがそうだな、同じ轍を踏まぬよう釘は刺しておくべきか」
「あの梟幻獣ならば己で周知している気もするが……後にひと吠えしておこう」
安堵しつつ話し合う俺達を余所に、相棒は立ち上がって波打ち際に歩き出した。
「あんまり行くと危ないよ」
「うん、大丈夫、わかってる」
……心配だ。
立ち上がって俺も後に続いた。
相棒は、インベントリから杖を取り出す。
「……花でも出すの?」
「おお……よくわかったね?」
「そりゃあね」
囁かれる詠唱。
その幽かさとは裏腹に、思いっきりMPを籠めたんだろう。
骨の浜と森との境目に、火色の花が一面の満開に咲き誇る。
「あー……さすがに波打ち際まではこないかー」
「……【ウィンドクリエイト】」
次いで俺が、風の魔法で花を飛ばした。
ゴッ、とやたら強い突風になったのは勘弁してほしい。
青緑色の木の葉と、火色の花が、死の海にひらひらと降り注ぐ。
誘われるように、霊蝶もひらひらと飛んできた。
「……元気に帰って来てねー!!」
夏の始まり、夕暮れ時に行われた葬送だった。




