ユ︰初めての防衛戦
拠点襲撃が発生する条件は、はっきりと解明されていないにせよ、こうなんじゃないかっていう予測はたてられている。
たとえば『ある程度の規模の家屋がある事』
あるいは『ある程度の数のプレイヤーやNPC、または家畜が住み着いた事』
あるいは『住人のレベルが一定以上に達した事』
あるいは『ある程度の額のリリーを所持している事』
他にも細々とした条件はあるらしいが……ようは人材を財とみなして、拠点の資産が一定ラインを越えたら襲撃が始まるんじゃないか、っていうのがβ勢の見解だ。
有志wikiで見た情報を反芻しながら家を飛び出した俺は、【跳躍】で一飛びに迎撃用の足場に上がる。
「……多くね?」
壁の向こうはキレ散らかしたウサギの群だった。
そこに数頭の黒いキツネと鹿の姿。
うたた寝ウサギ Lv6
宵闇キツネ Lv8
夢喰い鹿 Lv9
何頭か罠にかかって壊そうともがいているのを手早く撃ち落とす。
おかしい。
初回襲撃は多くても十頭は超えないって話だったんだが?
そもそものんびりやっていれば、襲撃が始まるのはだいたい四日か五日後くらいのはず……
そこで俺は、ゲームを始めてから今までやって来た事が頭の中で繋がった。
──『あー……全部で端数切り上げ7万8000リリーなんだが、こっちの持ち合わせが6万5000しかなくて足りん』
──『今日は目に付くもの一通り採ってみる?』
──『うん、採りたい』
……これだ。
顔がひくりと引き攣る。
熟練βっぽい他プレイヤーの財布を空にしてなお足りないくらいには現時点で高額になる素材。
買い物しても全然減らなかったリリー。
極めつけは今日、森の中で大量に採取してきた新しい素材。
「……やっちまったなぁ」
間違いなく俺達の拠点は、襲撃のハードルをひとつふたつ跳び越えている。
「ギェエエ!? なんか多くない!?」
後から追いついてきた相棒も登ってきて悲鳴を上げる。
「【感知】……壁の外側、ぐるっと囲まれてる」
「ゲッ」
「相棒ここ頼む」
「はいよ! ポーションは使い放題?」
「当然!」
一角を相棒に任せて、壁の上を足場に走る。
とにかく数を減らすために、ウサギ罠にかかっているモノから優先して倒していく。
落とし穴に落ちて姿が見えないのは上がってこれないだろうからひとまず無視だ。
そうして周っていると、走る俺の横にふわりと半透明の姿が並走……並飛行?した。
「フッシー?」
「我もこの地に居を持つ者故、戦うぞ」
そうか、家を作ってそこに住み着いたNPCは戦ってくれるんだったな。
あの籠、そういえば家判定だった。
「主からご主人の指示に従うようにと命があった。如何様にする?」
「何ができる?」
「我ら不死鳥は肉弾戦が不得手。故に【煉獄の炎】一択よ! 焼き払うか?」
「……それって森燃えない?」
「気前良く燃えるであろうな!」
ダメだろ。
「環境破壊をしないように抑えて戦ってくれ」
「むぅ、それだと一体ずつちまちま燃やすしかないのだが?」
「一体ずつちまちま燃やしてください」
……そんな『なんで?』みたいな顔しない。
まだそんな派手な戦闘するような段階じゃないから。
「強い個体から倒してくれると助かる」
「承知」
フッシーが壁の外へ飛び、鹿に白い炎を放つ。
かなり強いな、鹿が瞬殺だ。
……わかっちゃいたけど、不死鳥なんてこんな序盤で仲間にする種族じゃないよなぁ。持ちスキルも明らかにオーバースペックだし、かなり博識なのもそうだ。
相棒がミラクル決めなかったら、もっと後の方で骨が不死鳥だって発覚する予定だったんじゃないか? 骨にヒントなんて欠片も無かったから、この予想は割とあってると思う。
ゴスンゴスンと壁に頭突きするウサギを真上から撃ち抜く。
まずいな。バラけてるからいいけど、一点集中されたら木製の壁だともたないかもしれない。
数は確実に減らせてるから、よほど運が悪くなければ大丈夫だとは思うが……
──【弓術】スキルレベルアップ
ここで【弓術】がレベルアップ。
射撃の威力が跳ね上がった。
ウサギと狐は確殺だ。
──【装填】スキル取得
なんだそれ。
ウサギを仕留める。
すると、手の中に即次の矢が沸いた。
なるほど、便利だ。しかもパッシブ。これはいい。
だがある程度撃つとリロードが止まった。
「……なんだ?」
矢筒に手をやる。……空だ。
インベントリから矢束を出して補充する。
撃つ。
手に次の矢が沸く。
「なるほど」
矢筒の中から手に装填するスキルなのか。
インベントリから自動とはいかないんだな。
それでも回転率はかなり上がった。
目に見えて数が減っていくモンスターの群。
そんな時、ズンと嫌な音が耳に届いた。
「ギャー! 相棒ー! 相棒ー! 熊出たあああああ!!」
「熊!?」
「ヒグマサイズ!」
叫ぶ相棒の方へ向かって、俺もその姿を確認した。
──ベアアアアアア!
ワンパンベア Lv15
「名前が酷い」
「あれ絶対物理特化!」
筋力の塊みたいな名前の上に、レベルが高い。
「相棒、レベルいくつ?」
「ついさっき4になった」
「俺はついさっき7になった」
レベル差がありすぎる。
攻撃通るか?
でもあれを近づけると壁がワンパンされそうだ。
「【リーフクリエイト】!」
同じことを相棒も考えたらしい。
周囲の木々から蔓が伸びて熊に巻き付き足止めをした。
今がチャンスだ。
熊の体に矢を叩きこむ。
熊は鬱陶しそうに体に絡まる蔦を見た。そして──
──……ベアッ!
「うえっ!?」
「どした?」
「振り払われただけでMP消し飛んだ……」
そうか、魔法はMPを籠めるほど威力があがる。
だからああやって力負けするとMPをゴリッと持っていかれるのか。
「ポーション飲みな」
「うん……アレってボスかな?」
「どう見てもボスだなぁ」
初回防衛はボスが出現しないはずなんだがなぁ!?
「フッシー! 熊頼む!」
「承知」
白い炎が熊に襲い掛かる。
熊は叫び声をあげて火に巻かれた部分を搔きむしった。
かなり効いてるな。やっぱり現状うちで一番火力が高いのはフッシーか。
とはいえ、任せっぱなしで壁まで来られたら目も当てられない。
「【ウィンドクリエイト】」
相棒の発案。
風の魔法で矢の威力上げを試みる。
イメージは追い風と軌道修正、そして回転。
脚を狙う。
──ドシッ
──ベアアアアアア!
貫通まではしなかったけど、かなり深くいった。
良いな。
できれば落ち着いたところで回数試して、MPコストが程々の強さで魔法登録したい。
今だと加減がわからなくてただでさえ少ないMPが消し飛ぶ。
次の矢を構えると、相棒が何か思いついたような顔で口を開いた。
「ねぇ相棒。口の中って狙える?」
「え? ……たぶん?」
「じゃあはい、コレ」
「……ブッハ!」
思わず噴いた。
矢の先にプニッと刺されたのは、見覚えのあるキノコ。
【イチコロキノコ】…品質★
絶対に料理に入れてはいけないキノコ。美味。
「熊もイチコロできると思う?」
「どうかな?」
できたら相当ヤバイぞこのキノコ。
──ベアアアアアア!
ちょうどよく吠えた口内を狙って、キノコをシュート!
──アガッ!?
【風魔法】の調整もあって、綺麗に口の中にストレートイン。
『美味』の説明は熊にも有効だったのか、ワンパンベアはちょっと嬉しそうにキノコを咀嚼して飲み込んだ。矢はペッとされた。
さぁどうなる……?
──ベア……
熊は一瞬、ひどく静かになった。
そして、何故かこっちをチラ見したかと思うと。
──ベアアアアアアアアアア!
一際大きく雄叫びを上げて……隣にいたキツネをワンパンした。
「「は?」」
なんとなく不服そうな雰囲気で消えていくキツネ。
「……『なんでですか熊親分! 裏切るんですか!? 人間はゴンを殺った憎い奴らなのに!』」
「キツネの気持ちを代弁しなくていい。あとたぶんゴン関係ない」
相棒のアテレコ現実逃避にツッコミをいれつつ、何が起きたのか把握するためにワンパンベアの状態を確認する。
ワンパンベア Lv15
状態異常:魅了・猛毒
「うわ……イチコロって誘惑と毒のダブルミーニングか」
「はぁ? 相棒は僕のだが?」
「そうだよ。だからドスの効いた声仕舞って」
相棒がボケ倒してるけど、これはチャンスだ。
熊が敵の数をどんどん減らしてくれる。
ただ、熊が死ぬまで魅了が続くとは限らない。
今のうちに倒し切った方が無難だ。キツネと鹿はどうとでもなるからな。
「僕どうする? 熊にダメージ入ってる気がしないけど」
「じゃあ相棒は他の雑魚の相手しといて」
「はーい」
俺とフッシーで熊をタコ殴りにしていると、別の一角に移動した相棒の声が聞こえた。
「【フレイムクリエイト】!」
すると、壁の外側をぐるりと囲むようにして火の壁が現れる。
木の壁にはギリギリ燃え移らない程度の距離だ。
「それMP大丈夫かー?」
「1センチ厚だからそれほどでもなーい」
薄っ。
ああでも、敵が動物系ばかりだからか火を嫌がって壁から離れたな。
これなら壁もなんとか持ちそうだ。
熊の方も、目に見えて弱ってきた。
俺はMPポーションを一本飲み干す。最大値が少ないから余裕で全快した。
「【フレイムクリエイト】」
矢の先端に火が点る。
「【ウィンドクリエイト】」
MPを全部注ぎ込んだ、威力の上昇。
そこで魅了が切れたのか、熊がこっちを振り向いて威嚇のポーズを取った。
後ろ足で直立する。
最高に胴を狙いやすい姿勢。
ここ、と決めて。手を離す。
風に乗って飛んだ矢は、燃えたまま深々と腹に突き刺さった。
──ベアアアアアア……
一瞬耐えたかに見えた熊だったが、ぐらりとよろけ、倒れて消えた。
毒がとどめになったのかもしれない。
「良き腕であるぞご主人! あとは残党狩りよ!」
火の壁を維持する相棒が、MPポーションを呷っているのが見える。
襲撃の残りを片付けるのに、それほど時間はかからなかった。