ユ:図書館の裏で見たモノは
まさか本当に隠し部屋を引くとは思わなかった。
唐突に始まった危険フィールドの探索に神経が尖る。
【感知】にひっかかったのは1体。
……1体か……かえって慎重になった方がよさそうだな。雑魚じゃなく、門番とかボスの可能性が出てくる。
ネビュラが言うには、床の粘液は『滅び』の欠片だって話だ。
……つまり、使徒がどうのこうのってイベントが待ち構えてる可能性があるな?
って事は、またムービー沙汰になる可能性があるな?
俺と相棒はいつもの変装衣装に装備を変えた。
……そろそろこの衣装も性能は型落ち気味。早い所しいたけさんに強化依頼しよう。
さて、この足場が不安定な所をどうやって移動するか……
俺はともかく、キーナは俊敏も跳躍も死んでるんだよな。
(相棒はネビュラに乗ってもらえる?)
(むしろ助かる。……ただ、その……)
(何?)
(……本が……ちょっと本を救助したい)
本?
……ああ、そうか。
大量の本棚が乱雑に積み重なるここは、当然本棚に本が入っている。
粘液に浸ってる本もあれば、まだ辛うじて棚の中で引っかかって無事な本もあった。
……そして粘液に浸かっている本は、形がぼやけて消えていっているように見える。
相棒は紙の本が好きだから気になるか。
何かあって死に戻ったら、また来られるかわからないし。
(……わかった。俺が様子見てくるから、ネビュラと一緒に本回収してて)
(ありがとう! 好き!)
ネビュラに相棒を頼んで、俺は念のため【隠密】を使う。もう遅いかもしれないが、やらないよりマシだろう。
安定していそうな本棚を選んで足場にしつつ移動を開始。
本棚は無傷な物もあれば破損している物もある。
とくに粘液に浸かっている物は脆い。
それでも、いくつかの本棚の上に乗れば、この場所の様子がある程度見えてきた。
窓の無い、石造りの建物。
本棚が滅茶苦茶だからわかりにくかったが、部屋の形は元の図書館の鏡写しで間違いない。
って事は、建物自体はそれほど大きくない。
設定的にも蔵書がそこまで多くないからな、ここは。
折り重なった本棚は……上から適当に放り込まれたように積まれている。
部屋の中心を避けて外側に積むようにしているのか、すり鉢状に真ん中へ行くほど本棚が少ない。
──そして中心に、【感知】にひっかかった一人がいた。
体の心臓部分を前後に貫通している濁った水晶片。
擦り切れて破れたラバースーツのようなインナーに、濁った水晶で出来た鎧のような物を引っ掛けた……
──滅びの使徒!
待て、こんなところに使徒がいるのか?
初心者がうっかり入り込んでもおかしくないぞ?
……いや、使徒を見る前に粘液で死に戻るか。
本棚の上に伏せて、ボウガンを構えながら様子を窺う。
使徒は粘液溜まりの中に俯いて座っていた。
スライムのような髪は、いつかの『咀嚼のフランゴ』とは違って床に届くほど長く……違う、床の粘液は全部この使徒の髪だ。
──この使徒は身動きひとつしないまま、ゆっくりと書物を滅ぼしている。
……そうなると、本を救助する方が重要か?
ここの本の中に有用な情報があるのかもしれない。
俺は気配を殺したまま、一旦相棒とネビュラの所に戻った。
「ただいま……声出さないまま聞いて欲しいんだけど。部屋の真ん中に使徒っぽいのがいた」
小声で伝えると、ネビュラと相棒はものすごく驚いてから渋面をして、手が泳いだり目が泳いだり尻尾が泳いだり仰け反ったりした。……声が出せないもどかしさで体が動いてるんだろう。
そのまま使徒の様子と、身動きしない使徒が本を滅ぼしているように見えた事を伝えて、本の保護を優先する提案をすると、相棒もネビュラも力強く頷いた。
「まさに希望通り」
「うむ、相手の企みを挫くのは良き手。どれ、余が見張りをするとしよう」
「頼んだ」
霊体化して見えなくなったネビュラに使徒の様子見を任せる。
(じゃあ俺達は本の回収するか)
(うん。ただ……インベントリ足りるかなって? 一冊でアイテムひとつの扱いになっちゃうんだよね)
ああ……内容が違うからスタックしないのか。ゲームの書籍あるあるだ。
(タイトルで重要そうなのだけ探すか?)
(それが表紙が擦り切れてる本が多くてですね……タイトルが不明)
それならと適当に中をパラパラと見るが……中も日焼けだの擦り切れだので似たり寄ったりなのが多いな。時間をかければ復元できるかもしれないが、今この場で仕分けは難しい。
……それならもうこの手しかないな。
(……わかった、手分けしよう。俺が残って本を回収して共有インベントリに突っ込むから)
(……なるほど。僕が拠点で本を出してインベントリを空ける!)
(そういうこと)
(オッケー!)
幸い個別帰還のイベント景品スティックがまだ少し余っている。
それを折って、相棒だけ先に拠点へ帰還した。
……この空間に来た時、結構な物音を立てたし話し声も響かせた。
絶対にあの使徒には聞こえていたと思うが、それで動いていないって事は、時間制限でも無ければ差し迫った危険は床の髪粘液だけなんだろう。
だから焦らずに急ぐ。
(今入れてる分は出したよ! いつでもこーい!)
相棒からの準備完了念話を受けて、俺は片っ端から本を回収するべく動き出した。