ユ:形から入ろう
俺の作業がちょうどひと段落したところで、買い物に出ていたキーナが帰ってきた。
「ただいまー」
「おかえり。良い物は買えた?」
「バッチリよ! 最高のお店があったからアルネブさんにもチャットで布教した」
それはなにより。
「はい、これは相棒にお土産」
「ん?」
渡されたのはやたら大きな丸いチーズだった。
「……デカくね?」
「いっぱい食べれるよ!」
せやけど。
何食分になるんだこれ……?
なお、ジャック達には甘いお菓子の詰め合わせだったらしい。
なんで俺のだけこんなに奮発したの? 好きだから? うん、知ってた。愛が重いぜ。
そうして買って来た戦利品を嬉しそうに見せてきた相棒が、ふと思い出したように俺の顔を見る。
「そういえば、相棒の作業は終わったの?」
「終わったよ。はい、これ」
出かけている間に作ったアイテムをインベントリから取り出して、バサッと相棒の手の上に乗せた。
【夢見る白紙】…品質★★★
微睡の森の木から作られた紙。
枕の下に入れて眠ると、書いた物を夢に見る事がある。
驚いた顔の相棒の目線が、俺と手の上の紙とを往復する。
「えっ、えっ? ……紙だ!?」
「紙だよ」
「え、紙作ってくれたの?」
「うん。羊皮紙より使いやすいっしょ」
「好きー!!!」
「知ってる」
感極まって抱き着いてきた相棒を抱きしめる。
全年齢向けのゲームだが、接触許可さえしていればハグは可能だ。
よーしよしよし……愛する妻は実に撫で心地が良い。なんでこんなに柔らかいんだろうな? 俺の体はゴツゴツしてるってのに……
「こんなご褒美待ってるならチーズもう一個買って来ればよかった!」
「いやそれはちょっと」
チーズのデカいホールだぞ? 二つもあったら持て余すわ。
* * *
必要な物が揃った相棒は、鼻歌混じりに占いの準備を進めている。
無地の紙だと味気ないからと、普通のインクで用紙の縁飾りを描きこむつもりらしい。
何をモチーフにするか散々迷って、無難に蔦と葉を描く事にしたようだ。
左右対称は面倒だからと、左上と右下に、生えているみたいに描き込んでいく。
「どう?」
「良いね」
確かに高級感が出る。
満足いく出来になったら、それを【転写】スキルで他の紙にも写して全部同じ仕様に整えた。
「【転写】便利だな」
「リアルであったらプリンターメーカーが廃業しちゃう」
「印刷屋もかな」
なおこのゲームの通貨は、設定上は紙幣じゃなく硬貨だ。
ゲームシステムでやりとりしているとあまり触れる機会が無いが、クエスト報酬なんかでは、NPCが金貨の入った袋を投げてよこしたりする事もあるらしい。
【転写】スキルがある世界だから、今後も紙幣になる事は無いだろう。
紙の準備が出来ると、今度は木材で猫足の小さなテーブルを作る。
露店で使う物で、紙とペンと少しのアイテムが置ければいいから小さめの物だ。
それに合うような椅子も作る。
「……リアルの占い屋さんだと、お客さんも椅子に座るけど……僕のはお願いしまーすって来たら自動書記するだけだし、無くてもいいかな」
「本職みたいに相談するわけでもないし、いいんじゃない?」
ゲームだからな、雰囲気が楽しめて情報が入れば文句は出ないだろ。
テーブルにマリーが刺繍を入れた布を敷いて、上に下敷きと紙、それからインク壺とガラスペン、飾りに小さめの鳥籠を置けば、それっぽいセットが完成した。
「イエーイ!」
「いいね。あとは注意事項は書いておいた方がいいんじゃない?」
有志wikiで確認したが、【占術】スキルの情報は出回っていなかった。内容がフワッとしている事なんかは書いておいた方が良いと思う。
「確かに!」
紙に注意事項を書き、写真立てのような物を作って貼り付ける。
「よし、今度こそ完成! ……たださ、僕がこれで露店広場とかで占いしたらさ、面倒くさい事にならない?」
「……なるだろうなぁ」
情報が出回ってない物は目立つからな。
「ラーメン屋さんじゃないんだから、行列はちょっとイヤだよね」
「雰囲気は台無しになると思う」
「だから……ちょっと人気の少ない所でやりたい。どうせなら初心者さんとかを相手に」
「なるほど」
初心者狙いか……ピリオでそれをやるなら……
「……門の外かな」
「門?」
「ピリオで歩いて外に出るのは駆け出しくらいだから」
「なるほど! ……でもモンスター来るのでは?」
「俺も行くよ。適当に後ろで演奏でもしてる」
「フリマスタイル再び」
【占術】のスキルレベルが結果にどう影響するか分からないが、スキルであってレベルがある以上、低い内は大した結果は出ないような気がする。
それなら初心者相手に、料金ほぼ無しでやって訓練するのは理に適っているのかもな。
今日はもうリアルは深夜ということで、占いは明日にしてログアウトした。