キ:名無しのなんとやら
山から山への空の旅は、最後に北へ飛ぶ時だけやけに長かった。
「お、あれかなー?」
「……ぽいね」
ベロニカの言った通り。目標地点の島は、他の島とちょっと様子が違う。
山はあったって感じに低くなってて、そこに黒曜石みたいな雰囲気の大きな黒い石が突き立ってる。
墓石みたいに。
光の粒子はその低くなった山……というか丘の上に向かって伸びている。
僕らはそれにそって飛んで……丘の上に着地した。
「到着」
降り立った場所には、特に何もいない。
丘が低いから、少し降りただけで黒い岩の傍に行けそう。
「……進んでオッケー?」
「いいよ」
頷く面々と一緒に、丘を降りる。
青緑色の下草を踏みしめながら進むと、黒い岩の見上げるような大きさに圧倒される。
何の岩なんだろう……特に人工的な模様は無い。つるりとした表面は艷やかな黒色ですごく綺麗。
……あ、こういう物に【解析】してみたりすればいいかな?
「【解析】」
……んー、特に?
魔力が特別すごいってわけでもなさそう。ただの大きな岩かな? まぁ結構周りは苔むして風化してる感じだしね。かなり年月は経ってるのかも。
そんな風に観察していると
「キタ、キタ、キタ……ヒトガ、強欲なヒトノ、ヒトガ、」
ザワザワヒソヒソと、囁き声がする。
皆が警戒して武器を構える。
僕もマリーを抱っこしておこう。いざとなったら両手が塞がっててもある程度平気なのは僕だからね。
「……誰かいるの?」
「誰、ダレ、だぁレ? それは名前? なまエ、名前、ナマエ…………知らなイ、いらなイ、ダレでもないヨ」
独特の語尾の響きは、ジャックやデューと同じ感じ。
……成りそこない系?
すると目の前の岩が、ドクン と脈打つように震えた。
「私ハ、僕ハ、俺ハ、ダレでもなイ、ダレでもなれル。だから欲しがル。ヒトハ、欲ハ、いつもソウ」
霊蝶ちゃん達にも似た喋り方をするナニかは、目の前の岩から声が聞こえる。
ドクリと波打つ岩の表面。
その表面が、ブワッとほどけた。
「下がって」
相棒に手を引かれるまま、デューの後ろに下がる。
岩の一部が解けて、大量の黒い砂嵐みたいなモノが飛んで来た。
……なるほど、確かに不定形。
ザワザワと渦巻いて、コウモリみたいな形を象ったナニかが、ジロジロと僕らを観察している。
「欲しいノ? 名前を拒否シタ、形を拒否シタ、産まれる事を拒否シタ、我々ニ。自由な我らニ。型にはめるノ? ヒトはいつもソウ。型にハメテ、名前で縛ッテ、イツモ望みの形にして使おうとスル」
ズルリと細長い指が形作られて僕らを指す。
「使いたけれバ、力尽くで服従させてゴラン!」
──ケタケタケタケタケタケタ!
小悪魔みたいな笑いが響いた。
ブワッと広がる大量のコウモリの群。
不定形のそれらが明確な殺意を持って広がる姿に、僕は──
「いや、服従とかイヤだけど?」
ついつい心の声が出た。
硬直するナニかと皆。
……なんだろう、ものすごく空気の読めない発言したみたいになってる。
広がりかけたナニかは、数瞬固まってからコウモリみたいな形に戻った。
「……アレ? アレレ? ドウシテ……ドウシテ…………ドウシテ?」
すごい不思議そうに僕を覗き込んでくるナニか達。
予想外って雰囲気を隠そうともしないその様子に、思わず笑ってしまう。
「どうしてって言われても……僕、そういうの苦手だから」
「ニガテ」
「僕は調教師じゃないからさ。首輪を巻いて躾するとか、向いてないんだよね」
「ムイテナイ」
「聞く限り、君達は使われるのイヤなんでしょ? イヤな事強要したって上手くやっていける気しないもん。別に僕らに迷惑かけたわけでもないし。好きにしなよ」
コウモリの形のナニかは、困ったように頭を搔く仕草をした。
「……じゃあ何しにキタノ?」
「占いにお勧めされたから……何があるのかなーって確かめに?」
……ナニかは困惑が極地に達したのか、とうとう複数の小さなコウモリに分かれて会議を始めてしまった。
「ナンデ?」
「ドウシテ?」
「ドウシヨウ?」
「ワカラナイ」
「コマッタ」
「コマッタ」
そんな事言われても僕も困る。
「……アナタ、ヒトだよネ?」
「ヒトだよ」
そこ疑わないで。
「……欲望はアリマスカ?」
「ありますよ」
人並みにはありますとも。
とりあえず宝くじで五千兆円でも当たって、毎日相棒とずっと一緒にいたいなーとか、考えますよ。考えるだけで宝くじ買いもしないけど。
「……僕、私、某、拙者、便利デスヨ?」
「そうなの?」
「ソウ!」
「ソウソウ!」
「何にでもナレマス。名前がないカラ。名前ヲ、形ヲ、役目ヲ、拒絶したカラ、だから何でもナイ。だから何でもナレル」
「へぇ〜」
「……欲しくナイ?」
「欲しいとか欲しくないとかの話じゃなくてさ。君らはそれがイヤなんでしょ? イヤな事強要したくないよ」
コウモリ達はまた固まって、会議が再開される。
「ナンデ?」
「ドウシテ?」
「ドウシヨウ?」
「ワカラナイ」
「コマッタ」
「コマッタ」
そんな事言われても僕も困る。
堂々巡りが始まった所に、相棒が半笑いで肩ポンしてきた。
(もしかしてさ……使われたいんじゃない?)
(え、ヤダって言ってるのに?)
(仕方なく言う事きいてるんだっていう体にしたいのかもしれない)
(ええー)
面倒くさいなぁ。
どのみちそういうタイプは僕と相性よろしくないぞ?
「……じゃあ、お邪魔するのも悪いからそろそろ帰ろっかな」
「アッ」
「アッ」
「イラナイノ?」
「便利ダヨ?」
面倒くさいなぁ!
「も〜! 希望があるならハッキリ言わんかい! 一緒に冒険したいなら来る! 嫌なら来ない! どっち!?」
「お出かけシタイ」
「暇」
「退屈」
「暇つぶしシタイ」
「型にハマってもいいからナニかシタイ」
「じゃあそれでいいじゃん」
君達はアレかい?
決まった形が無いのと同じで、自分の希望も形が無い感じ?
オロオロもだもだしているナニかに、僕はインベントリから予備の籠を取り出して見せた。
「別に、全員で来なくてもいいよ。名前とか、指示とか許容できて、一緒に遊びたい子だけおいで!」
躊躇いは一瞬だけ。
コウモリが、岩の一部が、バラッと解けて、さらに小さなコウモリの群になって周りを飛ぶ。
「名前」
「ナマエ」
「なまエ」
「名前ツケテ」
「……イヤなんじゃないの? 別に無くても、どうとでも出来るでしょ」
「名前、無いと一緒に遊べナイ」
システム的な問題かな?
「……じゃあ『ネモ』」
「名前の意味ハ?」
「意味」
「形」
「それに、合わセル」
「合わせたモノにナル」
ん? そうなの?
決めた対象に変身して固定される的な仕様?
……それだと、この名前で大丈夫だったかな?
「……『ネモ』は、『名前が無い』って意味だよ」
ナニか達は一瞬ピタリと止まった。
そして盛大にケタケタケタケタと笑い始めた。
「変わらナイ!」
「このままダ!」
「何も変わらナイ!」
「型もナイ!」
「好きに動けル!」
「スゴイスゴイ!」
そしてキャラキャラと笑い声を響かせながら、籠の中に入る。
小さなコウモリが何匹も、パタパタと飛ぶ籠の中。
「……オバケ、でいいんだよね?」
「うむ、名前や使命や在り方を全て拒否した霊よ」
ネビュラが教えてくれる。
「ただ何者でもない己のままでいたいと望んで海にも来ず、何者でも無いが故に同じような存在と混ざりながら、しかし同一になるのは拒否するという……まぁ面倒な死霊だ」
「面倒くさいねぇ! ……でも、なんかこの子達人間に詳しかったね? 会ったことある感じだった」
「うむ、そやつらはこの石と共に他の世界から迷い込んだ存在が元になっているのだ。そのためだろう」
へぇ~……なんか小さい月も他所から来たって言ってたね?
「他所から何か来るのって、割とよくある事なの?」
「稀にだが、無くはない」
稀によくあるってヤツかな?
目を細めて籠を揺らしてやれば、キャーキャーと子供みたいな笑い声がした。
「……相棒、またボス戦スキップしたな?」
「なんでだろうねぇ?」