キ:大蛇リベンジ!
僕らと大蛇が戦闘に突入しても、蛇精霊は見ているだけで何もしようとはしなかった。
うん、相棒が調べた通りだね。
「来ますゾ!」
両手に盾を構えて前に出たデューに、勢いよく地を滑る大蛇がぶつかって行く。
受け止めるにはレベルが全然足りてないデューだけど、そこは戦闘狂の手ほどきを受けた鎧の精。大盾で上手に衝撃を受け流す。
「グッ! さすがの巨体。かなり重いですナ!」
僕からしてみればそれで済ませられるのがスゴイよ。
……っと、感心してる場合でもないね。
「デバフ行くよー! 【トリック・オア・トリート】!」
骨蛇だった時にはイラッとしながら防御が下がってたけど……
──シャーッ
今回の大蛇ちゃんは、なんだかドヤ顔をして僕を見下してきた。
……まさか。
インベントリをチェック。
「……蛇ちゃん、抜け殻寄越してデバフ回避した!」
「学習してたかー」
なんてこった!
「そしてそこそこの声で叫んだのでMPが結構減りました!」
「後ろ下がってポーション飲んできて」
「ウィッス」
大蛇に狙われないように、僕は木の陰に隠れた。
蛇は全力で暴れるのが楽しくて仕方ないみたいで、巨体を振り回しながらデューとジャックを翻弄している。
でも同じく戦闘狂に指導してもらったジャックだって負けてない。
ジャックはそもそも体が炎で、服とカボチャしかないからものすごく体が軽い。
だから少しの跳躍でビックリするほど高く跳べるし、回避もすごく早い。
「イヤッホォオオオイ!!」
大きな蛇の体を駆け上がって、脳天にナタを振り下ろす。
流石に蛇のレベルが高いからそう簡単に刃は通らないけど、カーンッとイイ音がしてそれなりの衝撃が来るから、蛇的にはイラッとするらしかった。
「頭の上結構景色イイネ! ……ワアッ! ダメェ〜?」
山頂にいるみたいに景色を眺めたジャックを、蛇が尻尾で振り払う。
そうやって、顔の周りをウザい羽虫みたいにジャックがフワリヒラリと跳び回っている隙に、相棒がせっせと体に矢を叩き込んている。
ただレベルの差はやっぱり大きくて、削れるHPは微々たるもの。
「……やっぱりダメージ足りないな。ジャック、やっていいぞ」
「ハァーイ!」
これもまた打ち合わせ通り。
相棒の合図で、ジャックが地面に降りる。
「【フレイムクリエイト】!!」
ジャックを中心に、森に炎が溢れた。
地を這う炎の手が落ち葉を燃やし、立ち並ぶ木に巻き付く蔦も炎の螺旋に変えていく。
元々が炉の精の成りそこないで、カボチャランタンに入っているジャックは、【火魔法】のレベルが高い。
森は一瞬で、真っ赤に燃え盛る火の森に変わった。
──シュウウウ……
不満気に唸る大蛇に炎のスリップダメージが入っている。
僕らは先人の情報で『火耐性に自信があるなら森を燃やすのは有り』っていう攻略情報を得ていた。
火耐性? 自信あるよー。
ジャックはそもそも服の中が火だから、火は効かないに等しいし。デューも鎧の中身は空っぽだから、ある程度まではなんともない。
あとは僕と相棒とネビュラが【水魔法】使うなり立ち位置注意するなりすればいい話。
ここはダンジョンと同じ個別フィールドだから、燃やしても森林火災で怒られる心配もないからね。……蛇精霊はイヤな顔するらしいけど……ああ、うん。してるしてる。めっちゃ不機嫌な顔してる。
まぁ、気にしない。
前衛二人の動きが変わらないのは楽でいいねー。
さ、僕も今のうち今のうち……
木々と葉が燃える臭い。
立ち上る煙と火の粉の中で、続く戦闘。
大蛇は時折相棒を狙おうとするけど、デューとジャックがそれを許さない。
でも、安定しているように見えて、戦いはかなり綱渡り。
レベル差が大きいから、まともに攻撃もらうと消し飛ぶ可能性が高いんだよね。だからあんまり長期戦にはしたくないんだ。火からの逃げ場も無くなるし。
……よし、この辺かな?
さてさて、そんな風に戦いを遠巻きに見ていた僕が何をしていたのかって言うと。当然ずっとポーション飲んでたわけじゃない。
僕は、箒杖に入れたフッシーの力で……大蛇の真上にコッソリと移動していたんだ。
インベントリから大樽を取り出す。
……くぉおおっ、重いぃいい!
あっ、ヤバい! ダメだこれ持てない!
落としまーす!!
──バッシャーン!!
気付いて上を見た時にはもう遅い。
樽にたっぷり詰まった死の海の水が! 大蛇ちゃんに頭から直撃だぁあああ!!
──ヒャアアアアアッ!
んんー、この声にならない悲鳴は言葉?を交わした相手だとちょっと罪悪感。
と、そこへ……
「やめーい! やめやめやめじゃあああああ! 終了! 終了するのじゃあああああ!!」
ネビュラの【闇魔法】による消音を貫通して、蛇精霊さんが渾身の降参を告げた。
* * *
「誰がここまでやれと言うた!!」
「貴様があそこまで悪ふざけをしなければ良かった話であろうが!」
戦闘終了後。
納得いかない様子の蛇精霊さんは、『何が不満だアアン?』って感じにオラついてるネビュラとギャンギャン言い合いが始まった。
僕らの作戦はこう。
まず、僕が初手で【トリック・オア・トリート】のMP切れを理由に下がって戦線から離脱し蛇ちゃんの視界から外れて、コッソリとフッシー箒で飛んで蛇の頭上を目指す。
そして蛇は鼻が良いから、臭いでバレないように森を派手に燃やす。
さらに蛇精霊がガヤで僕の事をバラさないように、ネビュラが【闇魔法】の消音で音を防ぐ。
そしてジャックとデューと相棒は僕の動きに気付かれないように戦闘を継続して気を引く。
で、上手く頭上に僕が到着したら、準備しておいた樽一杯の死の海の水をザバーッ!
「どうしてくれるのじゃ! あの海水がかかった場所、死が染み込んで数年は草も生えぬぞ!? 一部とはいえ緑の精霊の住処に不毛の地があるなど……他の緑精霊に笑いものにされるではないか!!」
「されて少しは反省しろ! 余とて貴様がこんな事を始めなければ斯様な暴挙に許可など出さぬわ!」
そう、流石に危険物を大量にぶちまけるからね。ちゃんと本職に相談して許可は取りましたよ。奥の手だからね、乱用よくない。
でも、ここは精霊郷で、表の大森林には影響無いから問題無い、ヤレ。とのことだった。……ネビュラ、結構頭に来てたね?
そして水を頭から被った大蛇ちゃんは、緑の蛇精霊の必死の回復で元に戻っている。
ただ、とぐろ巻いてめっちゃ拗ねてるけど。
「蛇ちゃんごめんて」
「シャー……」
「帰って来いって言った当人が死の海の水ぶっかけるのは確かにどうかと思ったけどさ。こっちも殴りかかられたら全力で殴り返さないといけないし」
「シャー……」
「こうでもしないと蛇ちゃん強いから僕ら勝てないんだもん。レベル差ありすぎて」
『蛇ちゃん強いから』のあたりで蛇ちゃんはチラッとこっちを振り向いた。
そして何か少し考えて……『しょーがねーなー』みたいなドヤ顔で機嫌を直して僕らを見下した。
「シャー!」
「……なんだろう、ものすごく解せない」
「もう一杯かけてやろうかコイツ」
なんとか蛇ちゃんの立ち直らせに成功すると、今度は蛇精霊がキランと目を光らせた。
「ふむ? そなたらそのような危険物を扱うと他の人の子に知れれば都合がよろしくないのでは? どうじゃここはひとつ妾と……」
──ズシン
そういう事言うとね。
もう一樽出てくるんですよ?
「何か言ったか?」
「言っておらぬ何も言っておらぬ!! だからその水さっさとしまって早う帰れ!!」
まったく……と頭を振るネビュラ。
ケラケラと笑うジャック。
フンと息を吐くデュー。
僕らのキークエストは、そんな感じで相手の心をへし折りクリアとなったのだった。