おまけ:とある運営スタッフ達のある日の様子
コメントで見かけたので、ちょっと書いてみました。
運営側視点はあまり書く気が無いので、おまけです。なのでおかしな所もあるかと思います、あしからず。
業界もブレイクスルー後のある意味黎明期なので、今後も手探りでドタンバタンしながらプレイヤーとAIに振り回されているでしょう。
「ま、間に合った……!」
『Endless Field Online』
プレイヤーの間では通称エフォと呼ばれるオンラインVRMMOの運営会社にて。
ある日……具体的にはユーザー間で森夫婦と呼ばれる二人がキークエストを発生させてしばらく後。
運営スタッフ達は疲労困憊で息切れしながら各々デスクに突っ伏していた。
「大丈夫? 編集ミス無いよね?」
「5倍速確認では大丈夫です……」
「頑張った……俺達頑張った……」
おかしい、どうしてこうなった?
ほんの昨日までは和気あいあいと仕事をしていたはずなのに……
そう、初めての大型イベントの動画を編集して、じゃあこのチェックで問題無かったら公式サイトにアップロードしておこうかーくらいの余裕のあるペースだったはずなのだ。
それを打ち破ったのはゲームマスターAIと直接やりとりをしているシナリオ部署から駆け込んで来た一人の悲鳴だった。
「緊急ー!! 精霊関係のキークエストたぶんすぐ動きまーす!!」
えっ、このタイミングで??
驚いている間に、リアルの3倍で進むゲーム内の情報が送られてくる。
ピリオノートトップ3の一人、魔術師団長がプレイヤーに個人指名で出したクエスト。
それは間違いなく通常フィールドの精霊関係を解禁するキークエストに繋がるモノ。
「えっ、早くない? もっと後の……秋頃とかの予測じゃなかったっけ?」
「それがですね……」
シナリオ部署のスタッフが言うには、夏イベントの打ち合わせをゲームマスターAIを交えて会議していたのがきっかけだったらしい。
夏と言えば、海! 水着! スイカ! 花火!
近頃人気沸騰中のMMOとして、この王道は押さえておきたい。イベントミッションの概要も概ね決まっている。
ただ問題なのは、まだ海が無い事。
現状ピリオノートから陸路で海に辿り着いたのはとある配信者だけな上、あまりにも遠い。
なので今年は、イベント専用の無人島マップでも作ります?
いやいや、まだ遠くに未使用の無人島あるから、そこを使うのはどうだろう?
そんな風に人間達が話し合っていた時だった。
──《数日中にピリオノート南方面の海の発見に至るのが最も簡易かつ低コストです》
えっ?
ゲームマスターAIの発言に会議室は凍りついた。
ピリオノート南ってあれだろ?
精霊関係のキークエスト担ってる蛇精霊が探索ストップさせてる方角。
確かにそっちは大森林を抜ければ海がある。
だがそれを見つけると言うことは、キークエストをクリアすると言うことだ。回り込もうとしても迷うようになっているのだ。
いやいやまさかそんなすぐに進まんでしょ。
だってあのキークエストは、せめてプレイヤーの誰かが幻獣と関わるか、あるいは異次元マップを使用した大型イベントの後に起きるくらいになるように調整していたはずでは……
「……あの」
「どうした鈴木君」
「条件、満たしてます」
「はい?」
「一人、幻獣どころか精霊と契約しているプレイヤーがいます」
「ああ、例の掲示板で有名になってる夫婦? あの夫婦、ピリオノートに出てこないからトップ3の好感度無いし、進行しないでしょ」
「いえ……とあるクエストこなして一発で好感度達成してます!」
「エッ」
「何それ……えっ、ホライゾンクロウ!? クリアされるのいつになるかなって思いながら用意した石碑のアレ!?」
「奈落のアイテム無いとそもそも始まらなくなかった?」
「おい待てよ魔術師団長は動物好きと部下想いの設定つけてるんだぞ? こんなクエストクリアしたら一発で直属の部下並の信用度入るわ!」
さてゲームマスターAIはとても働き者なので、人間達が会議で踊り始めたのを認識すると、その仕事を少しでも楽にしようと積極的に動き始めた。
具体的にはさっさと魔術師団長から指名依頼クエストを出して、夫婦がキークエストを開始するよう仕向けたのである。
ゲームマスターAIの中で、なんだかんだ大きなイベントを好成績でクリアしているプレイヤー達の評価は高かった。
だからこのキークエストも、現実世界で四日もあればクリアされるだろうという試算結果が出ていた。
マップ埋めに情熱を注ぐプレイヤーも多くいる。
よって、海はすぐに見つかるだろう。
わざわざリソースを割いてイベント用のマップを作る必要は無いのである。
「あー! 指名クエストもう出てます!」
「ちょっと! ゲーマスAI君仕事早すぎぃ!!」
今回の会議でもお褒めの言葉を頂いた。
ゲームマスターAIは、自分は出来るAIだという自負をもって日々ゲームを進行させているのである。
さて、そうなれば困るのは動画の用意をしていた広報担当である。
「え、待って? イベントまとめ動画の更新予告はもう出してるから日程変えられないよ? 明日だよ? 結局いつまでに何を用意すればいいの?」
「……例の夫婦がキークエストを開放したら、イベント動画の投稿と一緒に上げられるように突貫でキークエスト動画作って下さい!」
「夫婦が開始するのっていつ?」
「わかりません」
「おいい!?」
「ちなみに夫婦はクエストの確認して今日はもう落ちました」
「ちょっと!!」
いっそ数日後とかにしてくれれば少し遅れる理由にもなったのに。
あのマイペースな夫婦はこんな時ばかり仕事の出来る部下役を見事にこなして、翌日のギリギリ間に合いそうな時間にキークエストを開放したのである。
広報担当達は悲鳴を上げた。
フルダイブ作業環境に飛び込み、時間差を非推奨の10倍に調整してシーンの再生からベストなカメラワークの調整をしつつ撮影を行い、突貫工事で動画を完成させたのである。
当然10倍速作業なんて行ったのだから、システムからあっという間にバイタル警告が出て完成と同時に彼らはリアルに追い出された。
「……疲れた」
「誰かブドウ糖買ってきて〜」
「お前が行け〜」
シナリオ担当はそんな彼らに涙を流しながら敬礼した。
「お疲れ様でした!!」
踵を返して部署に戻りながら思い返す。
あの夫婦が最初に爆弾をぶち込んで来たのは、それこそ正式サービスが始まった直後の事。
開拓地の選択で、欄外にチェックを入れたプレイヤーを異次元に送るのは会議でも決まった事だからいい。
ワールドクエスト関係は不死鳥とコミュニケーションを取らないと始まらないのだから、どれだけ珍しいマップで特殊なアイテムやその他諸々を入手しようと関係ない。
ゲームのメインストーリーとも言えるワールドクエストは、それこそ大街道イベントが一段落して、ゲーム慣れしている者と初心者との棲み分けが完了してから運営側で起こす予定だったのだ。
それがまさかプロローグもプロローグなパレードにぶち込まれるなんて誰も思わなかった。
そうならないように死霊魔法そのものを秘匿状態にして初期のスキル選択から外していたのに! 初日に同時に見つけてパレードに駆け込むとかどんなミラクル!?
優秀なゲームマスターAIはすぐに対応してNPC達の挙動を計算・調整し、見事な演出をしてくれた。
あの夫婦の女性の方も、有名になりたくないからと妙な方法だがNPCっぽい演出をしてくれた。
結果、なんだかんだパレードは、まるであれがあらかじめ予定されていた流れだったかのようにまとまった。
スタッフ達はそれに心から安堵して、引き続きゲームマスターAIにメインの進行を任せたのである。
その結果が今日だ。
不死鳥然り、精霊然り。
ワールドクエストが始まれば当然使徒だって動くのだ。
進行が予定よりも早い。
シナリオ部署の一員である鈴木は、この後待ち構えている激務に思いを馳せる。
具体的にはプレイヤーによるキークエスト進行度によって夏のイベントの開催地が変更になるので、その調整だ。
そしてその後も……前倒しになっている各種要素の開放に合わせて、穴を埋めるためのイベントやシナリオを用意しなければならないだろう。
今後はもっとゲームマスターAIに報告を小まめに上げてもらおう……
鈴木は新たなフラグになるような事を考えながら、シナリオ担当部署へと戻って行ったのだった。