幕間:眠りの底の出会いと誘い
β時代から戦闘狂筆頭と名高いガルガンチュア。
彼がゲーム内仮眠に入って次に目を開けた時……そこが見慣れたゲーム内の自室ではなく、真っ暗な洞窟の中だと気付くと。
「……ゲッ」
なんの喜びの片鱗も見せずにウンザリした顔でそう零した。
どうして自分がここに来る権利を引いてしまったのか……
ガルガンチュアの内心はそれに尽きる。
イベントの関係で、しばらく採掘三昧な日々を送っていたのだ。来る日も来る日も石材確保。それはもう、イヤになるほど。
おかげで便利なアイテムをキッチリ交換して揃えてイベントを終了できたとはいえ、まだしばらくツルハシは握りたくなかった。
俺じゃなくレゾアニムス鉱を欲しがってた奴が来られればよかったのに……そう思った所でどうしようもない。
ガルガンチュアは「あーあ」とボヤきながらその場に座り込んだ。
掘って帰れば誰かは喜ぶだろうが……生憎今のガルガンチュアにそんな気分は望めないのである。
とはいえ、この『夢の牢獄坑道』は採掘をしないなら出来る事は他に無いのだ。
ヒマだなー、いっそ一回ログアウトするか?
そんな風に考えていると……通路の方がボンヤリと明るくなって、誰かが近付く足音が聞こえてきた。
もしかして、噂のお助けキャラとやらか?
通路に目を向けながら待っていると、案の定……綺麗な刺繍の入ったスーツを着ているジャック・オ・ランタンがやって来た。
「……アレ? どーしたノ、具合悪イ?」
ガルガンチュアを見たカボチャ頭が、心配そうな声色で問いかけながら駆け寄ってくる。
「いいや、なんで?」
「ここに来るヒトってみんな脇目もふらずに採掘始めるカラ」
だからボーッと座っているのが気になったらしい。
ガルガンチュアは苦笑いしてヒラヒラと手を振った。
「あー、だろうな。俺は気が向かなかっただけだ。なんともねーよ」
「ソオ? ならいいんだけド」
安心したのか、カボチャ頭はフンフン鼻歌を歌いながら、金属のランタンを取り出して何やらし始めた。
「何だそれ?」
「コレ? ランタンの魔道具ダヨ」
「ランタン?」
「ウン。オレが作ってた弟の鎧が完成したカラ、だからココには前ほど頻繁に来なくなるんダ。でもココに来る人たちって灯り無いと不便デショ?」
だから作ってきた。とカボチャ頭は言う。
それはなんとも親切な事だ。
そしてガルガンチュアはこうも思う。
それならコイツは、坑道専用のお助けキャラじゃないんだな、と。
「……なぁ、お前って戦えんの?」
「ンー? 戦えるヨー。まだまだレベルは低いケド。でもこれからはマスターがいない時でも弟と一緒にレベル上げできるから楽しみナンダ」
たぶんマスターがプレイヤー……ということは、もしかして街の住人NPCか? とガルガンチュアは当たりをつける。
どこに住んでいたらこんな人外NPCが来るのかは全然見当もつかないが、この分だと弟とやらも普通のNPCじゃないだろう。
……と、同時にガルガンチュアは、このカボチャ頭がどんな戦い方をするのか興味が湧いた。
坑道で小綺麗なスーツ姿。……装備に制限でもあるのか?
だとしたらかなりの軽装。ってことはスピード系か魔法系か。まさか支援系って事は無いだろう。
ちょっとやり合ってみたい。
武器をぶつけ合ってみたい。
「……お前、得物何?」
「オレ? 鉈の二刀流」
「ほーん」
って事はスピード系の近接職か。
レベルはそれほど高くない……ね。
さて、このガルガンチュアという男。
『Endless Field Online』では戦闘狂として名高いが。
『グリードジャンキー』というクランのマスターでもあった。
ひとたび武器を握って敵を前にすればスイッチが入ってテンションが振り切れるが、そうでない時のガルガンチュアは至って紳士で面倒見の良い兄貴肌なのである。
「弟も鉈二刀流?」
「違うヨー。大盾二枚にシテミタ」
「へぇ……盾で殴るタイプ?」
「ソウ! 根っこが鎧のタンク希望だからサー、そっちの方がしっくり来ると思ッテ」
根っこが鎧の意味はよくわからなかったが、ガルガンチュアの頭の中では戦場に立つカボチャ頭と鎧タンクのイメージが組み上がりつつあった。
重装備の盾役と軽装の鉈二刀流……バランスは良いな。
そこに遠距離職を加えればなお良い。
だからガルガンチュアは、特になんの躊躇いも無くこんな提案をしたのだ。
「なぁ、今度弟と一緒にピリオ来いよ」
「エッ?」
「最近闘技場出来たんだわ。そこなら手合わせ出来るし、死ぬ心配ねーし、俺ちょっとアンタとやってみてーし」
なんなら鍛えてやるぞ? と笑えば、カボチャ頭はオロオロと狼狽えた。
「エッ、デモ……オレ見ての通りカボチャダヨ? 街の人ビックリするんじゃナイ?」
「まぁするかもしれねーけど、悪い事しなけりゃ大丈夫だろ。俺達冒険者にはアンタ割と有名だし。兵士には俺が話通しておいてやるから」
「エッ、ドーヤッテ?」
「勲章使って城に直接言いに行く」
「ワァ、オニーサンって偉い人?」
「別に偉くはねーよ。……で、どーする?」
カボチャ頭はしばし視線を彷徨わせると……嬉しそうにはにかみながら頷いた。
「……行きたいナァ。ウン、行ってミタイ! 帰ったらマスターに訊いてミル!」
「おう、俺はしばらくクランで闘技場入り浸る予定だから。そーだな……『リアル一週間は平日の夜なら大体いる』ってマスターさんに伝えとけ。たぶん通じるだろ」
「ワカッタ!」
嬉しそうにウキウキと揺れるカボチャ頭にガルガンチュアは微笑ましい気持ちになった。
まるで年の離れた弟を見ているかのようだ。これで兄だと言うのだから純粋培養というかなんというか。AIにしたって随分と無邪気なものだ。
「ア、オレはジャック。オニーサンの名前ハ?」
「ガルガンチュアだ」
謎の多い人外NPCから『初めての外の友達』認定されているなんて。ガルガンチュア本人はまったくあずかり知らぬ事なのであった。