キ:掟破りが許される自由度
謎の男の登場に、ザワッと動揺したお祭り会場。
遠くて詳しくは分からないけど、雰囲気と展開で招かれざる客が現れたのは僕らにもわかった。
「何者だ」
「今し方ご紹介に預かった。『滅びの使徒』が一人、『咀嚼のフランゴ』」
(わっかりやすい敵キター!)
(こういうの出てくる系なのか)
しかも一人って言ったから、複数いる中ボスポジションなのかな?
不死鳥のフィライラはメガホンを使ってたんだと思うけど、その近くに出現したのかフランゴとやらの声も一緒に拡大されて聞こえてくる。
「いつのまにやら、虫ケラよりも鬱陶しく地に蔓延る邪魔なヒトなぞが住み着きおって……無様に駆除されたく無ければ、疾くこの世界から去るがいい」
「フン、貴様ら『滅び』にとって確固たる意志の強い人の子は天敵であろうに。ゆるゆると全て崩壊させようとしておったのだろうが、そうはいかぬぞ!」
なんか遠くでシリアス始まってる。
これアレでしょ? 人が多いイベント会場が襲われてパニックになるヤツじゃない?
んー、街の一般NPC死んだらイヤだなぁー。パン屋の娘さんとかさー。
ちょっと不安になりながら、僕らは端っこの広場で成り行きを見守っていた。
「天敵? 片腹痛いわ。少しばかりしぶとい程度のヒトなぞ……都合よくこうして集まってくれているのだから、さっさと方をつけてくれる」
会話と一緒に、パチンと指を鳴らす音もメガホンに入って聞こえてくる。
会場の皆さんの驚きの声と一緒に、メインの広場の上空へホログラムみたいに映像が映し出されて……
…………そこには謎の水晶片を中心に、それを持ってる僕が映っていた。
「見えるか? アレこそ貴様らをことごとく食い尽くさんとする滅びの虫を産む…………待て、そこの輩! 何故そこにいてソレを持っているのだ!?」
手元の謎水晶とホログラムを往復三度見している僕へ、敵らしい声が怒鳴りつけて来る。
すいませんねぇ、空気読めずにこんな端っこでデートしてて。
謎水晶はドロドロと濁ったような光を零して、雫が地面に滴り落ち始めた。
すると周囲の地面から、同じようにドロドロしたモンスターが数匹湧き出てくる。
……はい、理解した。コレをどうにかしろって事ね。
(相棒、ちょっとコレ捨てて来るね)
念話しながら、インベントリから小瓶を取り出して見せれば、それだけで相棒には伝わった。
【奈落行きの秘薬】…品質★★
その身に入れれば奈落に落ちる危険な秘薬。
強靭なモノは多く取り入れる必要があるだろう。
僕の方が相棒より強靭低いからね、量が足りないって事ないでしょ。
(オッケー、俺は湧いたモンスターの相手しとくわ)
(よろしくー)
ニンジンジュース入りまーす!!
ヤベェ秘薬を一気飲みだぁ!!
血の色をした薬液を飲み干せば、足下がグワンと赤黒く輝き、床が抜けたみたいに僕は闇の中へと落ちる。
長いような短いような落下の後、特にダメージも無く着地したそこは……赤黒い霧の立ち込める不気味な空間。
ここが奈落かぁ〜
ホラーな声がどこかから聞こえて来ますよ。ヤダヤダ、僕はホラー苦手なんですー。さっさと帰ろう。
持ってた謎水晶を、ポイ捨てっ。
(広場が『捨てたー!?』って大騒ぎしてて笑う)
(ウケる)
そしたらインベントリから回帰する風切羽を取り出して、即、僕らの拠点へ帰還。
さすがにパーティ単位の転移とはいえ、別マップにいる相棒は対象外。僕だけが長閑な拠点の庭に立っていた。
「アレ? マスターお帰りー、早かったネ?」
「まだ終わってないから、もっかい行ってくるー」
「ハーイ、行ってらっしゃーイ」
転移オーブで、ピリオノートへ戻る。
ピリオの転移広場に出ると、周りのなんとも言えない視線が一斉に集まってきた。
……まぁそれはそうだよね。僕が逆の立場でも見るわ。変装してて本当に良かった。
空のホログラムは、赤黒い霧が立ち込める奈落に虚しく打ち捨てられた水晶片が映っている。周りに湧いたモンスターが行き場を無くしてウロウロしているのが哀愁漂うね。
僕が軽く会釈だけして相棒の所に戻ろうと歩き始めると、舞台の方から「待たんかぁ!!」ってめっちゃキレ散らかした声がかけられた。
あー、まだいたんだ?
『滅びの使徒』の『咀嚼のフランゴ』とやらは、色ガラスを嵌めたみたいな瞳の無い眼球で、心臓部分に濁った鋭い水晶片が突き刺さって胸から背中に貫通している、体格的にはマッチョな男の形をしていた。
髪は髪というより粘液が貼り付いてるみたいで、繊維質じゃなくゼラチン質。
服はところどころ擦り切れて破れたラバースーツっぽいのに濁った水晶の鎧みたいなのを引っ掛けてる。
「おのれ我が一手たる【滅びの破片】を何処ともわからぬ場所に打ち捨ておって!」
アレそんな名前だったんだ。捨てる前に【鑑定】すればよかったかも。
「貴様は許さぬ!!!」
豪快に吠えたと思ったら、僕の俊敏では到底反応できない速さで咀嚼のフランゴは突進してきた。
あ、死んだかな?
なんてビックリしたのも束の間。
僕は一瞬で大盾持ちの女性騎士プレイヤーの背中に庇われ、間には黒い鎧の槍斧持ちが立ち塞がってフランゴの拳を受け止めている。
「ハッ! ダッセェ無様晒してんだから尻尾巻いて帰っとけよ!」
「ほざけ!!」
あの黒鎧さんロールプレイ上手いよねー
慌てて人波が下がった即席の広場で、踊るように始まる殴り合い。
使徒なんて言うだけあって最初は敵が優勢だったけど、周囲から浴びせるように降り注ぐ支援魔法で力負けはしなくなった。
突き出される拳をかわして、劣らない俊敏で槍斧を繰り出し肩口を抉る。そのままグルリと振り回される得物の追撃を、敵もそう簡単には喰らわず頑強な拳で殴り返した。
「……推奨レベル30超って所か? 腕に覚えがあるなら加勢しろ!」
周りの誰かが叫ぶのに合わせて数人の近接職が輪に入った。
「支援!」
「参りますわ!」
攻略ガチ勢って感じの数人が補助に当たる。
その間に、中堅どころっぽい慣れてるプレイヤーが街人達を避難させてるのが目に入った。
そしてもうひとつ、屋根の上からフワリと降りてきた馴染みのシルエット。
ネビュラに乗った相棒が僕の後ろにやって来た。
(あっちは終わった)
(おつかれさまー)
じゃあ後はコイツだけかー
……と、思ったら咀嚼のフランゴは舌打ちをしてフワリと上空に逃れた。
「おのれヒト風情が……っ! この屈辱、忘れはせんぞ!!」
そんな捨て台詞を吐くと、禍々しいエフェクトと一緒に咀嚼のフランゴは消え去ったのだった。
「ハッ、目論見潰された分際でよく言うぜ!」
「なぁ?」ってこっちに振ってくる黒鎧さん。
いやぁ~、潰した当人としてはちょっとコメントに困りますねぇ。
そして敵襲がひと段落した証拠みたいに、プレイヤー全体にアナウンスがかかった。
──《ワールドクエスト『滅びに抗う世界』が進行しました》
──《それに伴い、大街道を接続した四方の街より外側に分布している》
──《ダンジョン内を含めたモンスターのレベルが上昇します》
オオーッ! と沸き立つプレイヤー達。
僕と相棒はお互いを見て頷き合って……
誰かに何か訊かれたり言われたりする前に、さっさと街を後にしたのだった。