キ:貴女に手向けの花束を
呪われたアイテムをフリーマーケットで買ってから今日まで、カラスちゃんに関わる事を、僕らは魔術師団長さんに全部語り終えた。
……途中、『ピリオで聞き込みをする』って選択肢を華麗にスルーしてしまったあたりでは若干呆れた顔をされた気がするけど。しょうがないってわかってはくれてるみたいだから、よしとしよう。
魔術師団長さんは話の内容を吟味するみたいに思案顔をしながら口を開く。
「……なるほど、時期も悪かったな。近頃の斥候クロウ隊は、大街道敷設任務の先を見越して、ほとんどを四方の街よりさらに遠方へ長期任務に出していたところだったのだ」
あー、だから余計にカラスちゃんの仲間をこのあたりで見なかったんだね。
そこへ、トントンと扉を叩く音。
「入れ」
「失礼いたします」
魔術師団長さんの返事で、書類を持った兵士さんが入ってくる。
兵士さんも最初は険しい顔をしていたけど、書類を受け取った魔術師団長さんが苦笑しながら首を横に振ったらホッとした顔をして僕らに会釈して去っていった。……たぶん、極悪人疑惑が晴れたのかな?
届いた書類にパラパラと目を通して、魔術師団長さんは「やはりな」と呟いた。
「……さて、ではそのホライゾンクロウの経歴の話をしよう」
魔術師団長さんはカラスちゃんを見ながら言う。
「まずその個体は、我々王国所属の兵が管理している斥候クロウであることは間違いない。先程移動中に接触した現役の斥候クロウが符丁を確認したと報告が上がっている」
あ、やっぱり馬を誘導してる時のあれはそういう事だったんだね。
「ただ、今しがた確認が届いたのだが。現在運用中の斥候クロウ隊において、直近で殉職した個体は存在しない」
バサリと届いたばかりの書類が机に置かれる。
「蘇生するからという話ではないぞ。そもそも死んでいないのだ。……そうなると、我々に該当する個体の心当たりはひとつしかない」
そう言うと、魔術師団長さんは立ち上がった。
「ついてこい」
僕らがフードと仮面を着けなおすのにわたわたしている間に、魔術師団長さんは扉を開けて入口を見張っていた兵士さんに何かを指示した。
どこかに走っていった兵士さんは、僕らがようやく廊下に出た頃にはどこに行ったのかわからない。
数人の兵士と一緒に、魔術師団長さんの後について廊下を進む。
大きくてもふもふのネビュラは、他の兵士さんやメイドさんとすれ違う度に、びっくりされたりにっこりされたりしていた。城にももふもふ好きは多いみたい。
窓からは薄暗くなりはじめた外の色が見えて、オレンジとラベンダーがグラデーションを描く空に星がチカチカ光り始めていた。
窓の無い部屋で話してたから時間の感覚が無くなってたよ。
これが終わったら落ちないと明日に響くかな。
そんな夜に移り変わる最中の空の下の中庭へ、僕らはやってきた。
あらかじめ人払いがされていたのか、中庭は人気が全然無い。
その僅かな例外になる数人の人影は、中庭の片隅にある石碑のような物の所に集まっているみたいだった。
魔術師団長さんは迷わずそこへ向かっていく。
まだ灯りが無くても人の顔の判別には困らない。
だからかな、石碑に近づいて、周りにいる人達がこっちを見た時
「……あ」
カラスちゃんが、何かに気付いたみたいに声を零した。
それを耳にした魔術師団長さんが、切なそうに微笑んだ。
「……ホライゾンクロウは、とても賢く長距離飛行能力の高い従魔だ。そしてもう一つ……しっかりと鍛えて高いレベルにまで成長した個体は、次元を超える力を有する事ができる」
魔術師団長さんの話を聞きながら、僕らは石碑の前に辿り着く。
「だから入植を開始したばかりの頃、本国から多くのホライゾンクロウが斥候クロウとして導入された」
そう言いながら、魔術師団長さんは一枚の紙を取り出した。
「こういったものに、覚えがあるだろう?」
渡された紙を、相棒と一緒に眺める。
紙には、簡単な風景が描かれていた。
なんとなくその絵のタッチに見覚えが……あっ!
「最初に、入植先を選んだ時の紙……?」
「……ああ、そういえばこんなだった」
魔術師団長さんが得たりと頷く。
「この世界に我らの領域を作る為。冒険者達が入植する場所を選ぶために、大量の斥候クロウが放たれた」
プレイヤーが最初に開拓地へ飛ぶための使い捨ての魔道具を持って、斥候クロウ達は世界に飛んだ。
森へ、平原へ、山へ、湖へ、谷へ、川へ、海へ。
そして一部の子達は次元を超えて、僕らが住む森にまで。
「そして多くの個体が、帰らなかった」
魔術師団長さんが言うには、人も従魔も拠点で復活するようになったのはしばらく経ってからの事らしい。
それまでは他のモンスターと同じように、死んだらポリゴンになって消えていた。
不死鳥の話から推測するに、『滅び』と戦うための便宜を図られているのではないかっていうのが専門家の意見らしい。
……でも、その辺りは今はいい。
大事なのは、帰ってこれなかった、殉職したホライゾンクロウ達がいたっていう事。
「これは、その殉職したホライゾンクロウ達の慰霊碑だ」
お城の壁に背をつけた、カラスの彫刻が施されている綺麗な石碑。
そこには、たくさんの名前が刻まれている。
「……女の子の名前ばっかり?」
「ホライゾンクロウは雌の方が体が大きく強いのです。なので斥候クロウの任務に就くのは全て雌になります」
石碑の傍にいた内の一人が教えてくれた。
この人は誰なんだろう?
そこそこのお年に見えるお爺ちゃん。
今ここに居るって事は、関係者なんだろうけど。
その答えは、他ならぬカラスちゃんから出た。
「……ハロルド隊長」
「ああ……やはりハロルドの時代の斥候クロウか」
ここに急ぎで呼び出されたのは、入植初期の……この石碑に刻まれた子達が現役だった頃の斥候クロウの関係者。
今はもう、引退している人。
「……カラスちゃん。この石碑に、自分の名前はある?」
ずらりと並んだ名前の、どれがカラスちゃんなんだろう?
そう思って、カラスちゃんと一緒に石碑を見上げて……
「…………全部よ」
「えっ?」
「エマもアタシ、ポリーもアタシ、ミシェルもココもエラも……全部! アタシは……アタシ達は! やっと帰ってきたんだわ!!」
歓喜に濡れた声と同時に、その姿が幾重にも重なった。
「──遅くなりました!」
カラスの鳴き声と重なるその言葉には、最初に出会った時の途方に暮れていた色なんてどこにもない。
「斥候クロウ隊■■■分隊所属、■■■■。ただいま帰還いたしました!」
まっすぐに、帰還報告を向けられたハロルド隊長は、痛みに耐えるように唇を震わせながら言葉を絞り出す。
「……よく、よくぞ帰還してくれた。任務完了。確かに承った。……ゆっくり休みなさい」
きっとそれが、ハロルド隊長と、部下の……そして部下の従魔との、いつものやりとりだったんだと思う。
カラスちゃんの輪郭がぼやけて、何枚も、何十枚もの半透明の翼に分かれはじめる。
そしてどんどんその色が薄くなって……透け始めた。
ああ……帰ってきて、満足したんだ。
そう僕らが理解した時、カラスちゃんはこっちを向いた。
「……ありがとう」
これでお別れ。
そう理解したら、僕は自然と口が動いていた。
「【リーフクリエイト】」
石碑の周りを埋めつくすように咲いた、火の色の花。
驚く兵士さん達なんてそっちのけで、僕はカラスちゃんに花を差し出す。
「ねぇカラスちゃん。この世界ではね、死んだら必ずまた生まれてくるんだって!」
ね? って相棒とネビュラを振り返る。
「……うん、そうだよ」
「故に知恵のあるモノは、暁色の花に『はよ帰ってこい』と言葉を託すのだ」
だから
「早く帰っておいで!」
カラスちゃんの瞳が揺れる。
「む、無理よ……だってアタシ、今ならわかるわ。本当のアタシ達は、とっくに生まれ変わってる! 今ここにいるアタシ達は、ただの……本体と別れた未練の塊だもの!」
「……それ何か問題ある?」
「えっ」
だって
「ネビュラだって本体の精霊から分かれて別個体になってるし。大丈夫じゃない?」
ね? って相棒とネビュラを振り返ると、ネビュラはうんと頷いた。
「うむ、問題なかろう」
「ほら」
お墨付きをもらったら、カラスちゃんはポカンとして固まった。
その様子に、耐えきれないと言う感じで魔術師団長さんが苦笑いしながら前に出てくる。
「そう言う事なら……斥候クロウ、お前に新たな任務を与える」
上司の言葉に、カラスちゃんは一瞬で正気を取り戻して姿勢を正す。
魔術師団長さんは、足元の花を一輪手折って、差し出した。
「……早く帰ってこい。また隊に入るか、あるいは冒険者の下に着くかはわからんが……お前たちの力が必要な場は山ほどあるからな」
カラスちゃんは目を見開いて……キリッとした顔で花を咥えて受け取った。
そして翼を広げてお辞儀みたいな姿勢を取る。
……これがきっと、『了解』とか、『いってきます』とか、そんな感じの敬礼。
透けて消えかけていたカラスちゃんは
先端から解けるように、霊蝶へと変化していった。
ひらひらと
キラキラと
虹色に煌めくガラスの蝶が飛んでいく。
ラベンダー色の、夜に移ろいゆく空に
未練の無い魂が飛んでいく。
……きっと僕らの拠点の近くを通って、真っ直ぐ死の海に向かうんだ。
呪いになるほど任務に忠実なあの子達が、寄り道なんてするわけない。
だからきっと、すぐに可愛い仔鴉になって生まれてくる。
「……どうやら呪いも解けたようだな」
魔術師団長さんが首飾りの籠を指して言う。
……本当だ。
呪いのアクセサリーになっていた籠は元通り。
そして綺麗なカラスの羽が一枚、引っかかっていた。
【回帰する風切羽】…ユニークアイテム
呪いは祝福に反転せり。
手にして念じればパーティ全員が拠点に帰還する。
何度でも使える。
──クエスト
──『無念の翼の帰る場所』をクリアしました。