ユ:やりにくいにも程がある
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VRゲームジャンルの四半期で1位になっていました。
とても嬉しいと同時に若干おののいています。何が起こっているんだ……
騎乗プレイヤー達で駆けつけた森の中は、かなり危険な状態になっていた。
石の街ロックスへ向けて進行する巨大なモンスターは、雪のような何かを撒き散らしながら歩く、白い生き物……生き物だよな? 頭は無いが歩いているからモンスターではあるんだろう。多分。
四つ足甲殻マッシュルーム Lv32
キノコかよ。
動きも輪郭もパッと見は亀っぽい。
さっきのヤドカリほど大きくは無いが、それでもレイドボスらしく二階建てのスーパーマーケットくらいの大きさがある。
……キノコってことは、この撒き散らしてる白い雪みたいな物は胞子か。
そこら辺にバタバタと倒れてるプレイヤーは、死に戻りもせずに折り重なっているままだ。
つまりは状態異常。
これは迂闊に近づけないし、脱落者も死に戻ってこないから戦力が減る一方になる。
俺と同じようにボスを鑑定したんだろう、騎馬隊の何人かが驚いて声を上げた。
「甲殻マッシュルーム!?」
「知ってる! スレで見たやつだ!」
……そんな教材で見た! みたいな反応が出てくると思わなかった。
「知っていますの!? どんな相手なのです?」
お嬢様の真剣な問いに、声を上げた奴は頷きあって声を揃えた。
「「「『甲殻マッシュルームはカニ風味の出汁がとれる』!!」」」
「……はい?」
なんて???
「林檎スレに出てたんですよ!」
「自分、まとめwikiで見ました! 見つけたら絶対味見しようと思ってたんで記憶に残ってました!」
「カニ風味だから美味いに決まってます!!」
「えっと……弱点などは?」
「「「わかりません!!」」」
これはひどい。
出汁がカニ風味って情報しか増えてない。
どうするんだよ、お嬢様も頭抱えちゃっただろ。
(……相棒)
そんな迷走していた時、背後のキーナから念話が飛んできた。
(どした?)
(僕、コレ知ってるかもしれない)
(……カニ風味の出汁?)
(違うそっちじゃない)
そっちもどっちも無いだろ。
(四つ足キノコ……林檎のTipsで見た気がする)
(……マジで?)
(えっとね……なんかキノコの種類によっては……四ヶ所? 四角の配置で育つと、合体して四つ足キノコになるんだって)
(なんで??)
(知らないよ、林檎に訊いて)
林檎に訊いてもしょうがないだろ。
……ってそうじゃない。
(それは言った方が良い)
(やっぱり?)
(うん。……はい、声変わりシロップ)
(うへぇ〜)
相棒は渋々シロップを受け取って、お嬢様の方に歩いて行った。
「どうかなさいましたか?」
お嬢様が振り向くと、シロップをグビッと飲んでから違和感のある声で告げる。
「……キノコって、四角の配置で育つと合体して四つ足キノコになるらしいですよ」
「なっ!? そ、それは本当ですの!?」
「林檎で見ました」
「また林檎!?」
なんかうちの林檎がすいませんね。
お嬢様はお嬢様っぽくよろめきかけたが、仲間っぽい女性に肩を叩かれて踏みとどまった。
「……わかりました。体から脚が生えたのではなく、脚ありきで体があるのでしたら、まずは脚を一箇所集中して破壊することにいたしましょう!」
おお! と周囲のプレイヤーが湧いて拍手が起こった。
いやぁ、まとめ役がいると助かるな。
若干お嬢様がプルプルしてるけど、周りから「さすがですわ!」だの「凛々しいですわ!」だの聞こえてくるからまぁ問題は無いんだろう。
「睡眠解除が可能な方は、胞子の範囲外からの支援をお願いいたします! ……では、【どうぞ勇壮の美を】!!」
お嬢様が叫ぶと、周囲のプレイヤーに光が降り注いだ。
……ステータスが上昇してる。もしかして今のがバフ魔法の登録文言だったのか?
お嬢様の言葉のチョイスに若干の疑問を覚えながら、俺達はさっきのヤドカリ戦のようにネビュラに乗って胞子を避けながら魔法を撃ち始める。
騎乗プレイヤーも、魔法攻撃が可能な面々は同じ手段を取り始めた。
ただ……このキノコ、思ったよりも硬いな?
甲殻って名前につくのは伊達じゃないのか。
普通に表面がガチガチに硬い。
それを確認したお嬢様が、怪訝な顔で周囲を見渡した。
「ところでガルガンチュアは!? こちらにいると伺いましたわ?」
「すんません! ガルガンはあそこです!!」
指先で示されたのは巨大キノコの真下の胞子溜まりだった。
「テンションヒャッハーして思いっきり胞子吸ったみたいで! 最初に寝落ちました!!」
「それを救助しようとした奴らも芋蔓式に……!」
「ガルガンチュアー!?」
なんてこった。
あの人、よりによってボスの真下で落ちたのかよ。
どうりで寝落ちてる奴が妙に多いわけだ。
「胞子流します! 【アクアクリエイト】!!」
「起きろテメェらぁ!」
波のように展開された水魔法が、降り積もった胞子を押し流す。
そこへ、ポーションをベルトに並べている錬金術師っぽい男が、バケツに入った液体をぶちまけた。
多分気付け薬か何かだったんだろう。
真下で気絶していた奴らが起き上がる。
特に顕著なのが黒い鎧のガルガンチュアだ。
ガバッと寝起きとは思えない動きで立ち上がり、即座に配置を把握したのか、寝ていても離さなかったらしい槍斧をブオンと振り回してキノコの脚を削り、さらに追撃しようと構え直す。
「クソが! 何がどうなっ…………グガー」
「ガルガンチュアー!?」
「こんのバーサーカー! 一回下がってこいやぁ!!」
そしてその場に崩れ落ちた。
……これはひどい。相性が悪すぎる。
「街までは遠いんで……遠くから撃ってても間に合うとは思いますけど……」
「……その場合、大森林がキノコの森になるんじゃね?」
それな。
ここが大森林なのが最悪なんだ。
一番効きそうな火魔法を使いにくい。
かといって、この胞子を放っておいたら第二第三のボスキノコが誕生しそうだ。
「いっそ寝てる奴らは死に戻らせたほうが良いのでは?」
「PvPが無いからそれも難しいんだよねぇ〜」
レイドキノコのさらに最悪な所は、眠らせるだけ眠らせておいて殺してこない所だ。
死に戻りもしない、ただただ戦闘不能状態が積み上がるだけ。
厄介極まりない。
(相棒、デバフかけるね)
(オッケー)
背後の相棒が息を吸う。
そうだな、確かに防御低下はかけたほうがいい。
「【トリック・オア・トリート】!」
相棒の声はキノコに届いて……
「えっ!?」
ボフッ! という音が俺の真後ろから響いた。
「っ!?」
振り返ると
胞子に塗れた相棒が後ろに倒れる所で
「主!?」
俺は意識を失った相棒を咄嗟に引っ張って抱えると同時に、バランスを崩してネビュラから落ちた。
そこそこの速さで走っていたから、地面を滑るダメージが地味に痛い。
何だ?
なんで相棒が胞子まみれに……待て、『贄をよこせ、さもなくばデバフをかける』?
あのキノコ!
胞子を贄として大量に送りつけやがったな!?
思い当たると同時に視界が暗くなる。
マズイ……相棒がくらった胞子、俺も吸ったか……
「森夫婦落ちたぞ!」
「マジで!?」
ネビュラが俺の服を咥えてキノコから距離を取るのだけ辛うじてわかる。
ぼやける視界に、さっきの錬金術師が駆けて来るのが見えた。
すいません……お手数おかけします……
けれど、俺達を起こしたのは魔法でも薬でもなく──
「コケッコォオオオオー!」
けたたましい雄鶏の鳴き声だった。