キ:報せと急行、そして見つけた鍵。
一回弱点部分を露出させてしまえば、与えるダメージの効率は段違いに上がったと思う。
なんと言っても隠されてた目玉なんてわかりやすい的が出たからね。
妖精ちゃんが光魔法でも使ったのか、光の矢印が目玉を指してるし。あと、誰かが目玉の周りに風を発生させてると思う。ちょっと外れそうな魔法が、目玉に吸い寄せられたみたいに軌道が調整されている。
だから、目に見えてヒビ割れが増えていくグランドゴロロックがポリゴンになって消えるのに、そこまで時間はかからなかった。
「背中崩れたぞー!!」
親玉にしがみついていたラージゴロロックがガラガラと崩れ落ちて、足下の近接職に降り注ぐ。
たまにしゃがむから体の下も完全な安地じゃないんだよね。このボス、近接は本当に大変そう。
でも防御を剥がしてしまえば、グランドハーミットクラブは見るからに柔らかそうなお腹が露出した。
よーし、後はあれを叩きのめすだけ……そんな時。
「緊急ー!! 別の場所に出たレイドボスがロックスに向けて進行中ー!!」
「はぁあああ!?」
「同時にもう一匹とか殺意高すぎぃ!!」
「マジでちょっとの意味調べてこい運営!!」
ただでさえコイツ二匹セットでしたけどぉ!?
ビックリしていると、聞き覚えのある声が戦場に響いた。
「もう一体のボスはロックスよりこちらの方が位置は近いそうですわ! ですから、騎乗可能な方のみここから直接向かう事を提案いたします!」
あ、お嬢様だ!
お嬢様の提案は理にかなっていると思った人が多かったのか、馬に乗っているプレイヤーがどんどんお嬢様の近くに集まり始めた。
そこに、さっきトリック・オア・トリートを依頼してきた白い髭のお爺ちゃんが声をかける。
「あっちは頼むぞ! こっちはここまで来ればいけるじゃろ!」
「グランド爺様、お任せくださいませ!」
ボスモンスターみたいな名前のお爺ちゃんだね。
っと、そんな場合でもなかった。
(僕達も行く?)
(そうしよう)
「参ります!」
出発した即席の騎馬隊にネビュラも少し隙間を開けて追随すると、お嬢様の乗る馬がスススッとこっちへ寄ってきた。
「お久しぶりです」
お嬢様、もしかしなくても僕に話しかけてるね?
顔をお嬢様に向けると、お嬢様は嬉しそうに笑った。
「フリーマーケットではありがとうございました。おかげ様で、不死鳥様と契約することができましたわ」
おおー、それなら良かった。
うんとひとつ頷き返す。声変わりシロップの効果がまだ続いてるか自信が無いんだ。
そうして西に向けて走っていると、不意に胸元から声がした。
「ねぇちょっと! この方角で真っ直ぐ走るつもりなの?」
僕も、振り向いた相棒も、同じく声が聞こえたお嬢様も、揃って首から下げた小さな鳥籠に目線を向けた。
呪い持ちの霊魂。
カラスちゃんの声。
「何か問題がございますか?」
「このまま行くとそこそこ険しい段差がいくつかあるわ。狼はともかく馬は危ないわよ!」
騎馬隊の面々が息を呑む。
すると、黒い理知的な顔の馬が言う。
「なれば、どうか我らの先導を」
カラスちゃんはそれに応えた。
剥き出しの状態は危ないってフッシーも言ってたのに、籠から飛び出して、輪郭のブレている姿で空に飛び上がる。
「……見えたわ、標的はアレね? だったら馬が通るのはコッチよ、アタシについてきなさい!」
随分遠くまで見通したらしいカラスちゃんは、低空飛行に戻って先導を始めた。
左側に少し方向を変えて、回り込もうとしているんだと思う。
お嬢様を筆頭に、騎馬隊はそれに続く。
進軍は見通しの悪い森の中でも、木の少ない所を通っているみたいで、馬達に問題は無さそうだった。
時々猪や鹿なんかが、ギョッとしたように逃げて行く。
そうだね、こんな大移動してたらさすがに突っかかってなんてこないよね。
……でも、カラスちゃんはどうして地形になんて詳しいんだろう?
だって、空を飛ぶカラスちゃんならあんまり関係ない事じゃない?
その答えは、もう少し進んだ先でやって来た。
森の切れ目。
緑のトンネルを抜けて、右手方向に険しい段差を見て、あそこを通らずに済んだと気付いてホッとした時。
カラスちゃんに、スイッと近付いた黒い鳥。
──あれは……カラス!?
並走したのは生きているカラスだった。
急にやってきた手がかりに混乱する。
カラスちゃんの生前を彷彿とさせる、生きたカラス。
でも、どうして1羽だけ?
「カァ! カァカァ!」
「カァカァ! カァーカァ!」
まるで何かの符丁みたいに鳴きあうカラスとカラスちゃん。
それに納得したみたいに、生きたカラスは羽ばたき舞い上がる。
思わず目で追えば、その足には金属の足輪。
飛び離れるカラスは、左側へ舞い飛んで……知らない誰かの腕に帰還した。
次の森に突入する、その直前に。
一瞬だけ見えた、生きたカラスの主。
──それは王国の紋章を背負った、ピリオノートの騎兵。
……そっか。
僕らは勘違いをしていたんだ。
──『壁と大きな建物しかなかったけど、間違いないわ。一番高い所の旗は、よく覚えてる』
あれは、カラスちゃんがその頃に生きていたってだけの情報じゃなかった。
住民がいない頃だから、街の人は知らないだろうと思ったのは、間違いではなかったのかもしれないけれど。
でも違った。
防壁と城があるのなら、王国の先遣隊がそこにいたんだ。
僕らがもっとピリオノートに行き来していたら、このクエストはきっとずっと簡単だった。
ここは王国本土から見れば異世界で。
つまり、生態系は当然別物で。
毛糸玉の羊だってそうだった。
本国の生き物はこっちにはいない。
だからどこを探しても、野生下にいるわけがない。
──ホライゾンクロウは、ピリオノートの兵士の従魔だったんだ!
きっと、城の一番高い旗を目印にしていて……
空から斥候任務とかをするのが役目で……
だから馬の通行可能な道を気にする事も仕事のひとつで……
一緒に仕事をしていた兵士さんに、大切な名前をつけてもらって……
大事な任務があるから、帰らないといけなかった……
「見えましたわ! 先導、ありがとうございました!」
お嬢様の言葉に、僕はハッと我に返る。
そうだ切り替えろ。
まだ次のボス戦が待ち構えてる。
首にかけられた鳥籠に戻ってきたカラスちゃんを、大事に服の下にしまい込む。
カラスちゃん。
これが終わったら、キミを大事な居場所に届けるからね。