幕間:鼠は二匹
ちょうど100話だというのに短めの幕間になります。なんてこった。
他のプレイヤー間で『森夫婦』と呼称される二人が、狙撃ポイントにした木から去った後。
……その木の近くに、音もなく二人のプレイヤーが出現した。
一人は上弦弧月。
弓手不遇ゲームと呼ばれる『Endless Field Online』にて、珍しくも弓の作成に心血を注ぐ生産系プレイヤーである。
もう一人はウェーニン。
光学迷彩と、このゲームでは魔導弓と分類されるボウガンの作成に熱中している生産系プレイヤーである。
二人共生産職ではあるが、試射などの関係で【弓術】のレベルはそれなりだ。
だから二人は、レイドボスの一報が入った時に、試作品である対大型モンスター用のバリスタを自ら持ち出して来たのだ。せっかく作ったのだから、派手にボスモンスターで試射をしてやろうとウェーニンが言い出したから。
……でももし不具合があって上手くいかなかったらカッコ悪いから、当然のようについている光学迷彩機能を使って見えないように隠蔽し。そのついでとばかりに自分達も別途光学迷彩で覆い隠して、こうして離れた場所で準備を整えていたのである。
それがまさか。
「あ、兄貴……今のって?」
上弦弧月は自分の見たモノに開いた口が塞がらなかった。
突然すぐそばの木に走り込んで来た、何かとスレで話題に上がる正体不明の通称『森夫婦』
思わず息を潜めていれば、二人はボスに集中しているのかこちらに気付かず、木に登って、森男の方が見えない何かを構えた。
その見えない何かに、血のような色の矢じりを持つ矢をセットした所まで、ハッキリと二人は見ていた。
「……愚弟、今見た事は誰にも言うなよ。ゲームでも、リアルでもだ」
弟分の上弦弧月がオロオロとしながら向ける目線の先で、ウェーニンは口の端がキュウッと吊り上がるのを抑えられずにいた。
見えていなくても、間違えたりするわけがない。
あのサイズ感。
あの動作。
あの音。
何より、光学迷彩付きというその特徴!
間違いない、あれは他ならぬウェーニンが手掛けた作品だ。
行き詰まっていた自分に光明を見いだしてくれた恩人のため、今持てる全てを注ぎ込んで作り上げた物。
まだ恩人の他は誰にも売っていない光学迷彩付きのボウガンだ!
ならばもう、あの森夫婦の正体なんて疑いようもない。
あの二人だ。
あの夫婦の男の方、俺達のお得意様が、話題の森男の正体だ!
ほら見ろ!
ほら見たことか!
ウェーニンは心の中で歓喜する。
やっぱりつけておいて良かっただろう? 光学迷彩!
「い、いや……そりゃ言わないけどさ……やっぱりそういう事だよな?」
「他に何があるってんだ」
ああもう、そういう事なら!
ウェーニンの頭の中には新作の案が溢れるように湧き出していた。
どんな仕様にすればあのお客様は力を最大限発揮できるだろうか?
その隠れたがりな性質をサポートできるだろうか?
そういう事なら任せておけって!
「あんな上客、逃してたまるかよ」
上客当人が知ったら全力で逃げ出しそうなほどの熱意を抱いて、職人は静かに創作意欲を燃やすのだった。