第7話 小さな温もり
「お猿さん??」
栗毛の体毛に、私の手の平より小さな猿。
大きなクリクリとした潤んだ黒目と体より長い尻尾が愛らしい。
手の中で、逃げ出そうと暴れることはしないが不安げな顔で少し震えている。
「キキッ……」
小鳥のような鳴き声がとても可愛い。
「怖がらせるつもりはないのよ、ごめんなさい。タオルは返してちょうだいね。」
優しく声かけ手を離す。
「森へお帰りなさい。もういたずらしては駄目よ。」
スカーレットは小さな猿に微笑みながら別れを告げ、体を拭きつつ岩場へ戻る。
ワンピースに着替え、髪をしっかり拭く。
昨日着替えた乗馬服を洗ってしまおうと、鍋の中で石鹸を泡立て服を擦り合わせる。汚れの酷いところは更に石鹸をつけ洗い上げる。
洗濯の仕方は、追放されてからここへ移送される間に泊まった宿屋や、立ち寄った町の井戸端でやっているのを見て勉強した。
「しっかり見ておいて良かったわ。何事も無駄な事なんてないのね~。」
しっかり汚れが落ちたかを確かめて、ザブザブと水洗いしていく。
泡が落ちたら水を絞る。
もちろんスカーレット流に、服をある程度丸めたら両手で握り潰していく方式だ。
水気のきれた服を岩場に広げてしばし休憩する。
ポシェットから水と新たに見つけたナッツを頬張る。
ポリポリポリポリ………。
暖かい日差しに心地よい風。
洗った髪も乾いてきた。
ポリポリポリポリ………。
「やっぱり、気のせいではないわね…。」
先ほどから感じる視線の方に目をやると、そこには先ほどの小さな猿がちょこんと座ってこちらを見ていた。
「お前も食べる??食べるならこちらにいらっしゃいな。」
ナッツを手に乗せ、小さな猿の方に差し出す。
警戒しているのが分かるが、少しずつ近付いてくる。お腹が空いているのだろうか。
スカーレットは根気強く、動かずじっと待つ。長い時間をかけそばまでやってきたその子はそーっとナッツに手を伸ばす。
小さな手を器用に使いナッツを掴んだら、急いで距離を取る。少し離れた所で、取ったナッツを両手で握りコリコリと噛り始めた。
「なんて可愛らしい……!」
スカーレットはそばに落ちている木の葉を拾い、その上に残りのナッツを置いてその子の方へ差し出した。
「まだあるから、食べたいだけお食べなさい。」
そう言って怖がらせないようにその子から視線をはずし、川の方を向いてスカーレットもナッツをつまむ。
この後の予定を考えながら、ぼんやり寛いでいるとスッとその子の気配が消えた。
「森に帰ったのね。」
木の葉においたナッツは全てなくなっていた。
気づくともうお昼を過ぎた頃だ。
半乾きの服や荷物、水を汲んだ鍋を持って小屋へ戻る。
帰る途中で小さなハート型の葉をつけた蔓を見つけた。それを辿って蔓の生えている地面をそこら辺に落ちていた太目の木で掘り返す。
しばらく掘り進めると、ーーーー
「あった!山の芋!」
お芋と丈夫な蔓を手に入れた。
それと、スカーレットの顔5人分ほどもありそうな大きな葉っぱ。
屋根の穴が空いた所の応急処置に使えるのではと考え、試しに何枚か採っておく。
小屋に戻ると部屋のなかにピンと蔓を張り、まだ湿っている服を掛けた。
今日の夜はなにか温かいものが食べたい。
実を言うと、火つけ棒と干し肉を見つけてからずっとそう考えていた。
小鍋に水を張り、干し肉を浸しておく。
それから火を起こすための木を拾いにいく。
朽ちて枯れている木を見つけ片手で抱えられる程度の枝を採って帰る。
小屋の前の雑草を抜いて焚き火をするスペースを作る。小屋のまわりにゴロゴロ転がっている石を拾っては、上に小鍋が置けるように石を組んでおく。
ここまでの事をしていたら、もうだいぶ日が傾いてきた。
組んだ石の中に枯れ木を入れ、火つけ棒で火をつける。少し木が湿っていたのか最初はなかなか火がつかなかったが、同時に採っておいた枯れ葉を追加していくうちになんとか成功した。
干し肉を浸しておいた小鍋をひっくり返さないように、慎重に組んだ石の上に置き、火にかける。
ポシェットから塩とスプーン、川を探している時に採取しておいた月桂樹の葉とキノコを取り出す。
山の芋は皮をむきキノコと一緒に適当な大きさに切る。
風味付けと臭み取りに月桂樹の葉を軽くもんで、鍋に入れる。
ひと煮立ちさせたらスプーンでかき混ぜ、味見する。干し肉からダシが出て、月桂樹の葉のお陰で肉の臭みも感じず、爽やかな風味がいい感じだ。
水に浸しておいたお陰で干し肉も柔らかくなっている。
月桂樹の葉は煮立てすぎるとエグミが出るので取り出して、切った山の芋とキノコを加え、もうひと煮立ちさせ塩で味を整える。
「出来ましたわ!は~、いい香り!」
小鍋をひとまず小屋の中に置き、焚き火の火に砂をかけしっかりと消火する。
書斎に戻りたたんだタオルの上に鍋を置く。
「お皿もないしこのまま食べましょう。いただきます。」
フゥフゥしてスープを口に含む。
干し肉の脂がコクを生み、いいダシが出ている。キノコの風味も加わり絶妙だ。
「う~ん!!温かくて美味しいわ~!!」
干し肉はホロホロで柔らかく、ホクホクした山の芋は食べ応えがある。キノコのコリコリした食感もたまらない。体がじんわり温まってきた。
夢中で頬張っていたら、何故か急に胸が締め付けられるような感覚がした。
鼻の奥がツンとして、目の奥が熱くなる。
スカーレットの深緑の大きな瞳から大粒の涙が流れ落ちる。
「…ぐすっ……。ふぐっ…。」
泣きながらもスープを頬張る。
スープを食べ終えても涙はいっこうに止まらない。
泣きながら小屋の外に出て鍋を漱ぐ。
夜空を見上げるとそこは一面の星空が広がっていた。
「うぅっ…。寂しいよぉ…。」
今まで気づかないようにしてきた本音が思わず溢れる。
「会いたいよぉ、みんな………独りは寂しいよぉ…………う、うわぁ~ん。」
この広い空の下に独りぼっち。
今日も、明日も、これからも。
認めるしかない現実だった。
張り積めていた糸が切れたように泣きじゃくるスカーレット。
そして、そんなスカーレットをそっと見守る小さな影があることに、今は気づかない。