第2話 目指せ!魔女の家!
「ふんふ~ん♪ふんふん♪」
鼻唄を歌いながら深い森を歩く。
最初こそ魔獣を警戒して物音をたてずに静かに移動していたのだが、魔獣の気配は感じない。
私は警戒はしつつも、緊張は解いて歩くことにした。
「必要以上に緊張するのは無駄に体力を削るだけだとアキレア大伯父様も仰っていたものね。」
太陽のような溌剌とした笑顔のその人を懐かしく思い出す。放浪の旅に出るとストレリチア領を出奔してもう5年になるかしら。
我が師と慕っているアキレア大伯父様。お祖父様の弟君で40歳頃まで王国騎士団の騎士団長を勤め、その後はストレリチア領の私兵騎士団団長を50歳まで勤めた傑物だ。
「今はどの辺りを旅してらっしゃるのかしら。またお会いしたいわ。」
それまで私が生きていられたらだけれど……。
そんな良からぬ考えを振り払うように大きく首を振る。
「弱気になってはダメね。せっかくだもの、楽しく行きましょう。」
私は側に落ちていたちょうど良い感じの枝を拾ってぶんぶん振り回す。うん、なんか探検って感じがするわね。
そんな調子で30分ほど歩いた所で少し休憩することにした。喉も乾いたし、この先の事も考えなければならない。
私は肩からかけた小さなポシェットに手を入れ、中から水の入った皮袋を取り出した。小さなポシェットの5倍は大きい皮袋だ。皮袋に直接口を付けゴクゴク喉をならして水を飲む。
侯爵家にいた頃はこんなことは出来なかったわね~、なんて、呑気な事を考えながら更に飲む。
きっとこの場面を見た人は目の前のおかしな光景に気づくだろう。
それは決して美貌の元侯爵令嬢が、腰に手を当て、ゴキュゴキュ喉をならし水をラッパ飲みしているところではない。
いや、それも充分おかしな光景ではあるのだがそれ以上に、あんなデカイ皮袋が何故あんな小さなポシェットから出てきたのか、そっちだ。
そして何故折り畳み椅子に座り寛いでいるのか、……それもだ!
「それにしても便利なのね、マジックバッグって。こんな素晴らしいものを持たせてくれるなんて、マーガレットとジニアには本当に感謝しかないわ。ありがとう、マーガレット。ありがとう、ジニア。」
この世界には魔法があり、魔道具なるものも存在する。
マジックバッグも魔道具の1つで、空間魔法によりバッグの容量を広げているため見た目以上に物が入る。更に有り難いのは重さも感じないと言うところだ。
空間魔法自体、とても珍しい魔法でマジックバッグはもちろんお高い。大きくなればなるほどとてつもなく高価になる。
そのマジックバッグをスカーレットの侍女である2人が追放が決まったとき持たせてくれた。
ロベリアは怪しんでポシェットを調べたけれどその時は何の変哲もないただの巾着型のポシェットで、中にはハンカチや飴なんかが入っているだけだった。
だから持っていくことも許されたわけだけど……。
別れ際、抱きついてきたジニアが小さな声で私に言った。「手を入れて開けと願って」と。
最初こそ訳が分からなかったけれど、その意味が分かったときには感動で身が震えたものだ。
「そもそもこんな高価なもの、どうしてあの2人が持っていたのかしら。侯爵家の侍女のお給金は確かに安くないとは思うけど、それでもこれを手に入れるのは大変だったと思うわ。」
色々考えては見たものの、やはり理由は分からない。いつか2人に再会できたら聞いてみよう。また1つ、私が生きる意味が出来たわね。
「ふふっ」
思わず笑みがこぼれた。
さて、これからどうするか。このまま意味もなく歩き続けるわけにもいかないだろう。
「そう言えば子供の頃、アキレア大伯父様が話してくれたわ、この森での事。たしか、ドラゴンの討伐にこの森に来たときの話だったわね。」
王都に現れたドラゴンを追ってこの森に討伐に入ったとき、2日程歩いた辺りに小さなボロボロの山小屋を見つけたと話してくれた。少しだけ中を覗いたが確かに生活の痕跡があったと。
「そんなところに住めるなんて、きっと魔女様のお家なのかも!」
幼い私の無邪気な言葉に、アキレア大伯父様は一笑破顔して、その大きな手で私の頭を撫でてくれた。
誰もが生きられないと言われる危険極まりない場所に住むなんて、どんな人なんだろう、どんな理由があったんだろうなどと想像しワクワクが止まらなかったのだ。
「探してみようかしら、その場所。ホントに魔女のお家なのか確かめてみたいし。」
あの時の高揚感が甦ってくる。
今は生きるために『目的』が必要だろう。
「よーし!決めましたわ!探しますそのお家!」
そうと決まればと、出した折り畳み椅子をそそくさとバッグにしまう。
それから何か着替えはないかしら、と動きやすい服を想像しながらバッグのなかに手を入れると、手の平に吸い寄せられるものがある。掴んでバッグから出すとそれは乗馬服だった。更にブーツまでゲットした。
「あの2人……。きっと急いで手当たり次第にバッグに放り込んだのね。でも良かった。このままドレスで移動し続けるなんてありえないしありがたいわ。とにかく着替えましょう。」
人目を気にする必要はない。周りは居たとしても魔獣だけなのだから。
着替えてる途中で襲われるわけにはいかないので急いで着替え片付ける。
髪紐で深紅の長い髪を後ろでひとつに纏める。
準備万端、と言いたいところだが森が深くなるにつれて草木の生い茂りぶりも凄まじい。
何か鉈のようなものはないかとバッグに手を入れると引き寄せられるものがあった。
「まさか、嘘でしょ……。鉈が入ってる?!」
取り出したそれは小型のナイフだった。
「そうよね、さすがに鉈は入ってないわよね。なんだかホッとしたわ。」
ワッサワサに生い茂った草木を叩き折りながら(時々ナイフも駆使しながら)、どんどん奥へ進んでいく。
目指せ!魔女の家!