ポムの花をあげたい人。
帰郷準備を進めている集落の人々をよそに、少女達はこっそりと抜け出していた。
徹底的に今日はポムの花を探そうと、一人の少女が提案したからだ。
「ほら、ツルカも!気分転換になるよ?」
「う、うん」
堂々巡りのツルカを連れ出したのはリアナだった。気を遣わせてしまったことにツルカは気づき、それからは元気よく振る舞うことにした。
代り映えしない森の風景に少女達は不満げであった。それでもせっせと探す。ツルカもそうだ。せっかくなので手に入れて帰りたかった。
探し続けて周辺をさまよっていると、ふと濃厚な甘い香りがし始める。誘われるようにツルカは歩いていく。
歩き続けていたのだが、皆とかなりはぐれそうな所まできていた。慌てて戻ろうとしたが、香りの元に辿り着く。足元にあったのは黄色く丸い花。もしかしてこれがポムの花だろうか。
「いーなー、もう発見してる」
「!?」
いつの間に背後にリアナがいた。ツルカ以外ここには誰もいないと思っていたのにだ。いやに緊張したツルカは取り繕うとする。
「見つけちゃった。でも見つけて満足したし、だれか欲しい子にあげようかな」
「えー、それはダメだよ。見つけた人に権利があるんだから。それにしてもついてるねー。相当見つからないんだから」
陽気に笑うリアナをみて、ツルカはほっとする。さっきのは多分気のせいだったのだ、と言い聞かせる。
「だからね、ツルカがあげたい人にあげないと」
「あげたい人……」
ふと、彼女の脳裏に浮かんだのは―。
「誰かなー?」
「そ、それは!ほら、戻ろうよ。けっこう遠くまできちゃったし」
「はーい。……ふふ」
気持ち足早にし、他の少女達と合流する。帰宅した彼女達が怒られたのは当然だった。
「あ……」
それとなくラムルを視線で探す。彼は見知らぬ人達と話し込んでいた。通りかかったトビーが教えてくれた。
「彼らはフルムの兵だよ。それも王の側近ともいえる。……まあ、強い人たちだね。今日は先行で少数で来ていただいたんだ」
「そうなんだ……」
「ああ。こうしていると実感するよ。私達は故郷に戻れるのだって……」
トビーはそう言って涙ぐんだ。彼らにとっては長らく帰れなかった故郷である。感慨深いのだろう。黙り込むツルカの背中にそっと手を添える。
「私達は君の望みに従うまでだ。けどね、私達にとってツルカは娘同然なんだよ。だからどちらを選んだとしても。ツルカは私達の家族だ」
「お、お父ちゃん!」
感極まったツルカはトビーに抱き着く。そして初めて彼を父と呼んだ。トビーも愛し気に娘の背中を撫でる。そのまま息を荒げたツルカはポムの花をポケットから出す。
「お、おと、お父ちゃん!これ一個だからお母ちゃんと半分こして!ね、これもらって!」
「お、落ち着こうかツルカ!しまいなさい、それを今すぐ、―しまいなさい」
「はーい……」
トビーだけが気づいていた。一瞬ではあったが誰かさんに横目で見られたことを。渋々ポケットにしまったツルカは全く気付いてないようだが。
ついに年始の日がやってきた。帰郷の日と重なったことにより、各々が自宅で待機することになった。
そんな中、ツルカはラムルに呼び出されていた。いつもの川べりに二人で並んで座る。ついにこの日がやってきたのだ。
あの日リアナに言われた事をツルカは思い出す。ポムの花をあげたい相手に誰を思い浮かべたか。大切な人達なら、いる。けれど真っ先に浮かんだのが。
「……」
今、隣りにいる少年だった。もちろん、トビー達にあげたいのも本心ではあったようだが。
「とりあえず、俺考えたんだ」
「うん……」
そのままツルカと向き合う。そして。
「つか、決めた。お前をフルムに連れてく」
「えっ!?」
「そっから考えればいいだろ。帰る手段だってなんとか見つけてやる。まあ、気が向いたときだけど。いや、暇でしょうがない時かもな」
「ええー……」
さらっと言いのけた。彼にとっては大したこともないようだ。だがツルカは安心してしまう。と同時に、迷う自分を恥じる。
「それでいいの……?わたし、結局決められなかった。あっちにも帰りたい、でもみんなとも離れたくなかった」
「まあ、無茶ぶりだったもんな。急にな、帰れないけどどうする?とか」
「でも、他のみんなはすぐ決めてたから。すごいなって」
「―それは、お前が平和に幸せに暮らせてたからだ。少なくともあいつらよりは。あいつらにとってはマシだと思った方を選択したに過ぎない」
ツルカははっとする。ラムルはあくまで事実を述べただけだった。確かに彼女は恵まれてきたのかもしれない。それでも、とツルカは続ける。
「マシ、とかはないと思うよ。みんな、ラムル様達といられて幸せだったと思うから。ずっと一緒にいたいんだよ」
「……どうだか」
「そうだよ!絶対そうだよ、わたしだって!……わたしだって」
勢いで身を乗り出したツルカに、ラムルは驚いて固まっている。
「わたしだって、そうだから」
引くに引けなくなったツルカは強く頷いた。
「……」
「……」
二人して黙りこくる。いつまでも沈黙が続きそうだった。ツルカとしては、いつものように呆れた反応を返してほしいところだった。この際、それで良かった。
「……あれ」
ツルカは気まずさのあまり、視線をさまよわせる。だが。
ツルカは目をぱちくりとさせた。多くの光が宙をまとっていた。何気なく手にとろうとするが、すっと避けられてしまう。
「ホタルみたい……」
「ほた、る?」
「えっとね、虫。光る虫なんだ」
「お、おう、光るのか」
「きれいなだねぇ」
「……おう」
この景色をラムルと一緒に見られて彼女は心底嬉しかった。だからこそ一層瞳を輝かせた。
「ツルカ」
「え……」
ツルカの髪をかぎあげ、そっと耳にかける。そこに差し込まれたのはポムの花だった。
「あ、悪い。勝手に髪触った。でもいいか、お前だし。つか、たまたま拾ったやつだし。自分につける趣味ないし。なんか顔近づけてくるやつがいるから、そいつでいいやって思っただけだし」
やたらと早口でまくしたてながら、微妙に視線をそらしていた。どことなく頬が紅潮しているかのようにも思えた。
ラムルがツルカを見ることはない、だが今の彼女にとってそのことが有難かった。
「……なんか言えよ」
「か、顔上げちゃダメ」
「は?」
顔が真っ赤に染まりきっている表情を見られたくなかったのだ。そのツルカの表情をラムルは思わず目撃してしまう。一時黙る。けれどいつものように大声を出す。
「ば、馬鹿なんじゃないか?こんなの適当だし!くそ、没収だ!お前にはまだ早い!」
「せ、せっかくくれたのに!」
「なら、トビー夫婦にでも渡しとけ!ちょうど2個になるだろ!」
「それもそっか!2個になった!……あれ?」
「納得すんのかよ!あ、いや納得しとけ。……ったく」
すっかりいつもの雰囲気に戻ってしまった。お互い一呼吸し、落ち着くことにした。
「はー、疲れた」
「こっちのセリフだ」
「えへへ、でも楽しい」
「能天気なやつ」
ああ言えばこう言う。それでも幸せなことだった。しばらくそれが続くのだから。
ツルカはポムの花もまだつけていることにした。せめてこの森を離れるまでは。
「よろしくお願いします、ラムル様。わたしもみんなと一緒に行きたい」
お世話になるからには、ツルカは頭を下げた。
「わかった。……それと、それはもういい」
「それ?」
「もう様づけはいい。今さらだけど」
ツルカはきょとんとした。だが、つけなくていいならそれはそれで支障はない。
「わかった、ラムル!」
「順応早すぎかよ。……まあいい。いいか、お前だけじゃないからな。道中目立つからだから、仕方なくだからな」
「うん。……みんなの故郷か」
これからのことはわからない。けれどツルカは新天地に思いを馳せる。そしてラムル達もいる。だから大丈夫だ、と確信もなく思っていた。
複数の足音がした。迎えがきたのか、そしてもう刻限なのだろうか。ツルカは名残惜しい気持ちを抑え、何てことないと笑ってみせる。もう気持ちを切り替えていかなくてはならない。彼女は立ち上がろうとする。
「……そうきたか。ツルカ」
「ラムル……?」
ラムルは一気に警戒し始めた。異常事態だとツルカは察した。