そこまで縮まらない二人の距離。
いつもの質素な集落も、この数日は違ってみえた。至るところに花の装飾がなされていた。独特な仮面も壁に飾られる。尖った三角の耳からみるに、猫を模しているようだ。
「お、おお……」
ここだけの話、深夜に初めてそれらを目撃したツルカは腰を抜かした。未だにそれらにトラウマをもっているようだ。
年始を祝う。トビーらの祖国の風習であるそれが、近日控えていた。誰もが浮足立っているようだ。
「トラオムだとね、ポムの花を大切な人に贈るの」
「憧れだよねー」
少女達は少女達で話に花を咲かせる。丸みを帯びたその花はこの森にも群生しているのだという。毎年この時期に咲き、見つけた者勝ちの争奪戦となっていた。なんだかんだで彼らはたくましい。
「ポムの花かぁ……」
ツルカとて乙女の端くれである。憧れずにはいられなかった。だが、いつもながら唐突に現われるラムルが鼻で笑った。
「悪い、ツルカ。それ食用じゃないからな」
「食べないよ……」
このロマンがわからないのだろうか。失望しているツルカはさておき、ラムルは少女達一人一人に視線を向ける。
「今夜、大切な話がある。全員広場に集まるように。全員残らずだ、ははは」
これはまた珍しくラムルが上機嫌だった。手を振りながら、彼女達から去っていく。
「ね、ツルカ。ツルカってば」
リアナがこっそり顔を近づけてきた。ツルカはいつもの戯れかと思っていたが。
「最近さ、ラムル様と仲良いよね」
ドキッとさせられる羽目になった。
「な、仲いいとか、そんな』
「あやしー」
そんなことない、とツルカはひたすら首を振る。自分でもどうしてこうも過剰に反応するのかがわからなかった。
「……本当にあやしいよね。ツルカ、秘密にするからさ、本当のこと言ってほしいの」
リアナは真剣な面持ちでツルカに問いかける。
「夜にこっそり出かけて……ラムル様とあってるでしょ。川の近くで。ねえ、そうでしょ?」
低く抑えた声はツルカの不安を煽る。リアナの表情も冷めたままであった。
「そ、それは……」
ツルカは言葉に詰まる。彼女の指摘はまさしく事実であった。
お互いに特に約束したわけでもないが、川の近くで会うことがある。そのまま何となく会話して、そしてそのまま帰る。とりとめもないも、そのはずである。
それでもツルカにとっては、―多大な秘密を暴かれた気がしてならなかった。ある程度見過ごしてくれているとはいえ。この集落の中心人物に、慣れ慣れしくし過ぎたのだろうか。
「えっと、ごめんね?責めてるわけじゃないの。でもずるいなぁって。わたしだってラムル様ともっとお話をしてみたいなって。だから、今度わたしも加えてほしいなって」
「リアナちゃん……。あのね」
そのまま快諾すれば良いはずなのに、ツルカにはそれが出来なかった。
誰しもがその場所を知っていて、ラムルはツルカ以外にもあの場所で相談にも乗っているようだ。リアナ一人が加わったところで、ラムルも気にはしないだろう。そのはずなのに。
「その、ちゃんと約束しているとかじゃないの。時間もあっという間だし……」
「はいはい。困らせちゃってごめんねー」
しどろもどろなツルカに対し、悪びれもなくリアナは謝った。ひとしきりツルカをからかったあと、少女達の会話の輪に戻る。ツルカだけが翻弄されていた。
「わたしは……」
もやもやした思いのまま、今日もツルカは仕事に精を出す。ラムルはラムルで忙しそうにしており、そのまま会話を交わすこともなかった。