縮まる二人の距離。
季節は巡る。本日のツルカは採取に出かけていた。茸が主だった。
「おう、ツルカ。今日もあくせく働いているな」
「おはよう、ラムル様。みて、このキノコ。すごい大きいでしょー」
満面の笑みでツルカが見せてきた茸。わざとらしいまでに真っ赤なそれを、自慢げに掲げる。手袋をしているとはいえ、変に度胸があるものだ。茸は確かに大きい。大きいが。
「お、お前、よくそんなの手にする気になったな。はあ……」
ラムルは溜息をついたあと、そっと奪った。
「まあ、トビー達が選別するんだろうけど。……毒キノコだから」
毒キノコとて彼らには使い途がある。物騒な話ではあるが。
「うわああああ」
「今さらか!……いや、今気づいたんだったか」
またしても溜息をついたあと、ツルカの手にしている籠をみる。
「……それだけ集めればいいんだな」
「う、うん。とりあえず採ってきてくれればいいって。危ないのもあるから、絶対食べるなって」
「食べるなよ」
「食べないよ」
「絶対、食べるなよ」
「食べないよ!」
これだけ強く回答してもラムルは不信そうだった。
「とりあえずだ。今後の為にもだ。俺が食べられそうなの教えてやる」
「ラムル様、……いいの?」
思わぬ申し出にツルカは狼狽した。
「いいんだよ」
碌に採取できてないようだった。とうにラムルはそのつもりだった。
「―おっと勘違いするなよ。俺はあくまで指示だけだ。体を動かすのは、お前担当だからな」
「うん!手伝ってくれるなら嬉しい。ありがとう」
「お、おう……」
素直に礼を言ってのけたツルカにラムルは怯む。しまいには相手は上機嫌に鼻歌を歌う。
「……ま、まあ。脳筋は脳筋らしく働けばいいんだ」
「またバカにされた気がする。まあ、いいや。いこいこ!頑張るぞー」
「元気なこった。……っておい、ペース早いぞ!」
張り切ったツルカに振り回されながらも、彼らは森の中を歩きまわった。鐘の音が鳴る。労働時間終了のお知らせであった。
「この……。俺をここまで振り回しやがって」
ラムルは息を切らしながらも、ツルカに文句をつける。
「あはは……。つい」
「つい、だと……」
呑気な解答にラムルは不満を募らせるが、ツルカはニコニコしたままだ。
「楽しかった!ラムル様と一緒にお仕事出来て。こうしてずっと一緒って、そうそうないから」
「……まあ。それはな」
「だから、嬉しくて。つい」
心から嬉しそうにしている彼女をみて、ラムルは毒気を抜かれてしまった。そして、照れを誤魔化すように先に歩きだす。それはツルカも同様だった。ここでも二人は競歩で張り合う。
「はあはあ……。今日こそは勝てると思ったのに」
「ははは、お前にはまだ早い」
「くう。―あれ?」
ふと、ツルカは気がつく。ラムルいつも両耳に黄色の宝石のイヤリングをしていた。だが、片方がなくなっていたようだ。
「あわわ……、戻らなくちゃ」
ツルカは真っ青になった。かなり無理な細道も通った。その時に落としてしまったのろうか。
ツルカは道を引き返そうとする。ラムルは慌てて彼女を呼び止めた。闇雲に探し回らせるにいかないと。
「いいから。どうとでもなる」
手を宙にかざすと、迷いもなく彼は歩きだした。ツルカも小走りでついていく。
「ほらな」
「よ、よかったぁ。とってくるね!」
案の定、細道の木の枝にひっかかっていた。ツルカはほっとする。率先して細道を強行突破し、そして取り戻したそれをラムルに手渡そうとする。
「わあ……」
宝石に森の木漏れ日が透ける。きらきらとしているそれをツルカはわざと揺らす。黄色い影が地面に投影された。きらめいたそれはツルカの乙女心をくすぐらせた。
「……ほしいのか、それ」
「はっ!ううん、大丈夫!」
物欲しそうにみていると思われたのだろうか。欲しいといえば、ツルカ的には欲しいものであるが、彼女は首を振る。
「……まあ?べつに?くれてやってもいいけど?」
「ううん、いいの。ほら、ラムル様の方が似合うし」
「……なんだよ、それ」
ツルカはあっさりとそう返した。それはそれで、ラムルは面白くなかった。
そのイヤリングをもとの持ち主に返した。それが一番と、ツルカは満足げに頷いた。ツルカは不満げなラムルに気がつくことはなかった。
少しずつ。少しずつではあったが、二人の距離が近づきつつあった。そんな二人を集落の人々は温かく見守る。ただ一人、リアナだけは複雑そうな顔をしていた。
季節は巡る。そう、ツルカがこの地に迷い着いてから、じきに二年が経とうとしていた。