神の子で、普通の子
せせらぎの音を頼りに、ツルカは川べりまでやってきた。そのまま空を見上げると、体を伸ばした。そしてゆっくりと腰を下ろす。ただ、水の流れを眺めていた。
「もう、戻らなきゃ」
夜風に体がぶるっと震えたこともあり、帰ろうとしたところ。
「ん?」
どこかから話し声が聞こえてきた。ツルカは咄嗟に草むらに隠れた。
「……やっぱりそうなのか」
ラムルの声がしたからだ。彼がこの時間に川にくるのは珍しい。それに誰かを伴っているようだ。
「自分ち、帰りたいか?」
「うん、かえりたい……。だって、だって」
「ま、そんなに言うんだったら好きにしろ、だけどな」
話し相手は、おそらく保護された少年であろう。意図もせず盗み聞きの形になってしまった。 ツルカは出るに出られず、会話を聞くことになった。
どうやらこの少年は脱走を試みたようだ。先程のラムルの緊迫感もこの事だろう。結局はラムルに見つかったらしく、こうして呼び出されていたようだ。
「お前がそれを本当に望んでるんだったらな」
「ぼくは……。ぼく、ほんとはここにいたい。でも、ぼくなにもできないか」』
「……そんなこと言うやつも思うやつもいないだろ。ここには」
「……うん」
「なら、いればいい。もう家族みたいなもんだろ、俺たち」
家族。その言葉がささったのは少年もそうだが、ツルカもそうだった。
「ありがとう、ラムルさま」
「おう。今日はゆっくり寝ろよ」
ラムルの優しい声色にすっかり少年も落ち着いたようだ。そのまま少年をなだめ、二人は川べりから去ったようである。
「家族……」
ここにいていいのか。その思いは、子供達誰しもが抱いていたことだった。ツルカは思わず胸元を握りしめる。
「お前、盗み聞きなんてシュミあったのか。この、鼻水女」
「また、はなみず女っていった!」
いつの間にラムルが背後に立って見下ろしていた。わざわざ戻ってきたのだろうか。
「本当のことだろ。っと」
そして何事もなかったかのように隣に座った。ラムルはあくまでツルカを見ることもなく、話しかける。
「お前、親とは仲いいのか」
「お父さんは、……よくわからない。でも、お母さんはだいすき」
「そっか」
ラムルからはそれだけだった。ツルカは父と母を思う。
父親とはツルカが生まれたばかりの頃に別れたようで、よく知らない存在であった。彼女はこれまで母親と慎ましく暮らしてきたのだ。喧嘩をすることもあるが、ツルカにとっては大好きな存在であった。
「それなら、親のところに戻してやりたいけど。だけどニホン、だったか?どこかさっぱりわからなくて。……悪い」
ツルカは首を振った。ラムルが何一つとして悪いことなどない。それがわかっていたからだ。
「ううん、いいの。ラムルさまやみんなのおかげ。こうして生きてるから」
「……」
「あ、生きてます!」
気がつけば砕けた口調になってしまっていたようだ。
「……」
「……」
ラムルは何も言わず、気まずい沈黙が流れる。沈黙を破ったのはラムルだ。
「……俺はともかく、トビー達はお前のこと大切に思っている。まあ、俺はお前のことなんかどうでもいいけどな!」
「えー……」
「だから、別にいればいいだろ。まあ、お前ムダに力あり余っているし?せいぜいだ。ここの、そして!この俺のために働くことだな!」
「ええー……」
ラムル節にツルカは気が抜けてしまった。けれど彼なりに励ましてくれていることは伝わってきた。
「だから、せめてあいつらには甘えてやれ。こっそりさ、こうして泣かれるほうがツライだろうし」
「……はい」
胸がすく思いだった。自分だってそうだとツルカは思った。
あずかり知らないところで悲しまれるよりは、力になりたい。せめて分かち合いたい。不安は消えたわけではなくても、ツルカの心は幾分か軽くなった。
「ラムルさま、ありがとうございます」
だからこそ、くしゃくしゃな顔ながらも精いっぱい笑ってみせた。少しでも平気だと思ってもらうためにだった。
「……」
「……?」
ラムルはまたしても黙ってしまう。ツルカが聞こうとしたところ。
「変な顔」
「えええー……」
ツルカのぎこちない笑顔に対し、ラムルははっきりと言った。あまりにも直球過ぎた。
「なにがえー、だ。こっちが言いたいくらいだ。その微妙な顔を見せられたんだ、こっちは」
「くっ……」
手厳しい反応はさておき、体が冷えてきた。このままだと風邪でもひきそうである。
「寒くなってきたし、もどりませんか?」
「勝手に戻れ。俺はまだここにいる」
「そんな……ラムルさまもカゼひいちゃうんじゃ」
「そんなのかかったこともない。そもそも俺に命令すんな」
ラムルはそうは言うが、一瞬体を震わせたのをツルカは見逃さなかった。何をそう意地をはることがあるのか。
「もーどーりーましょー!」
「なっ!」
かなりの馬鹿力でラムルを引っ張っていく。そのまま無理にでも家に連れ帰ることにした。
「な、生意気な!俺を誰だと思っている」
「みんなのたいせつなラムルさま。でもね、カゼだってひくかもしれないフツーのひと!」
「この俺が普通だと……」
「ずけずけいうし、はっきりいいすぎだし」
「おい、似たようなこと2回言ったぞ。いや、この俺のことをなんだと……」
ラムルとて負けじとその場で踏ん張る。これこそ意地だ。意地の張り合いでもあった。
「でもね、やさしいひと」
「……!」
ツルカの自然体の笑顔をみて、つい手を緩めてしまった。
「わっ!」
「!?」
そのまま勢いあまって二人は地面に倒れこんでしまう。
「お、おい……」
下敷きになったツルカを見てラムルは血の気が引いてしまう。
「びっくりした……。ラムルさまはだいじょうぶ?」
「……どう考えても、お前の方がだろうが」
ツルカはなんてことない、とへらりと笑った。ラムルは呑気なものだと、内心苛立った。
「わたしはぜんぜんへいき!よく、『お前はがんじょうだね』って言われるんだ。とっしんされても、ぎゃくにふっとばしそうだって」
「ほめてないだろ、それ」
「ほんとだ、ほめてないね!あはは」
「……はは、だな」
ツルカにつられてなのか、ラムルは目尻を下げて笑った。
「……」
見慣れない表情にツルカは目を奪われるが、慌てて目をそらす。幸いラムルには気づかれていないようだ。
「ほら、掴まれよ。さっさと立て」
「う、うん。それじゃ―」
「油断したな、お先だ!」
「あ、ずるい!」
先に立ち上がったラムルに起こされたまではよかったが、彼は即走り出す。お礼をいうタイミングもう失ってしまった。
「勝負にずるいもなにもあるか!はははっ!」
ラムルは悪どい笑顔をみせる。これにはさすがにツルカは目を奪われることはなかった。
「ずるはよくないんだよー!」
「ふはは、負け犬の遠吠えだな!」
「よくわからないけど、ぜったいバカにされた!」
追い抜いては抜かされの、二人は負けたくないと言わんばかりに全力で走る。そこに在るのは年相応の彼らであった。