働け!と言われる日々
ツルカがこの集落の世話になってから、月日が流れた。
集落の一員として、雑務に追われる日々を送っていた。こうして忙しい毎日をツルカは送っている。今はこの場所で懸命に頑張るしかないのだ。
「よう、ツルカ。相変わらずあくせく働いているようだな。ご苦労ご苦労」
「ラ、ラムルさま」
薪を集めている彼女の元に、のこのことラムルがやってきた。あくせく働く彼女を見にきては、上から目線の言葉を吐いて去っていく。そしてそのまま自身の居宅へと戻っていくようだ。
ラムルはベランダにあたる場所で椅子にもたれかかる。そのままぼうっとしている時もあれば、気が向いた時に何か手作業をしているようである。それが彼の日常であった。
この生活を続けて彼女はわかったことがある。ラムルは彼らの中心人物であった。
トビーと似た容姿の亜人達と暮らしているようだ。そして、この集落で過ごすのは彼らだけではなかった。
「ツルカー、そっち集まった?」
「リアナちゃん。うん。でももっとあつめられるよ」
「ううん、いいよ。上出来上出来」
リアナ。ツルカより多少は年長の金髪少女もそうだ。
彼女の言葉も最初は理解できなかったが、それでも聞き取りやすいようだった。完全とは言えないが、支障が出ない範囲で会話を交わすことができた。
この集落では子供達が保護されているのだ。あの時に言い淀んでいたラムルは、当人の前では言えなかったのだろう。
この森ではたまに子供が迷い込むという。いや、迷い込むというよりは捨てられたというべきなのかもしれない。目についた子供を片っ端から連れてきているのは、おそらくあの尊大な態度の少年だろう。
「ラムル様、わたしたちを助けてくれたのは感謝してる。でも、いいのかなって」
リアナの視線につられてツルカもラムルを見る。
ラムルが近くにいた亜人に声をかけ、椅子から立ち上がる。一瞬みせた険しい顔にツルカはごくりと喉を鳴らす。
この表情の時はいつだって胸がざわつく。しばらくして、ラムルが何事もなかったかのように帰ってきたとしても。不安なままだった。
ラムル達はは理由があって森の奥深くに隠れ住んでいるようだ。だからこそ、とリアナは告げる。
「隠れて暮らしているのに……わたし達のことを疑いもしないんだなって。わたし達『トラオム』人のこと」
「リアナちゃん……?」
トラオムとは彼女も含め、ラムルが保護した子供達の出身の国だ。ツルカの国のことを言っても彼らはピンとこなかったようだ。
淡々と告げるリアナの表情はどこか生気のない表情をしていた。ツルカがそっと彼女に触れると笑顔に戻ったようである。
「とにかく!ラムル様ありがとうってこと!さあ、もうひと踏ん張り!」
「わっ」
「あっ。ごめんごめん」
そのまま背中を押されたツルカは薪を落としそうになる。リアナは軽く笑って謝った。
「……ラムルさま?」
集落を発とうとしていたラムルが目が合う。かといって何を言うこともなく、そのまま去っていった。ツルカにとっては不可解なことであった。
一日の労働を終え、ツルカはトビー達の家に帰る。トビーには妻がおり、今日も温かい料理を作ってくれていた。そのあとにトビーも帰宅をし、食卓につく。
彼らが意図的にゆっくりと喋ってくれることもある。トビー達の言葉は難解であるが、意思の疎通はとれるようになってきた。
「―今日も多大なる恵と、ラムル様に感謝を」
いただきます、と手を合わせてから食事が始まる。
他愛もない会話をしつつも、食事はすすむ。ラムルの話題になると彼らは一層顔を綻ばせる。その事でどれだけ彼らがラムルを敬愛しているか、そして親愛の感情があるかが見て取れた。
今日も穏やかに一日が終わろうとしていた。
寝室にて寝息を立てる夫婦の顔をみて、ツルカも眠りに就こうとする。ふと、窓の外を見上げる。夜空に月が浮かんでいた。見慣れたいつもの月よりは巨大に見える。
「ほんとうにここは。……どこなの?」
静まった今だからこそ、ツルカはこっそり体を震わせた。
この集落の人達はよくしてくれる。忙しさが悩む時間を奪ってくれる。だが、彼女の中の恐怖が消えたわけではなかったのだ。
ここがトラオム、という国の、どこかの森なのかはわかる。それ以上は頑なに教えてはくれなかった。
「―くん。お母さん」
声に出したところで、彼らに会うことはできない。母親は心配している。幼馴染も無事だろうか。ツルカは考えあぐねいたまま、そのまま毛布にくるまろうとする。
「……」
それでもいてもたってもいられなくなったツルカは、そのまま体を起こす。不安に駆られた彼女はそっと家をあとにした。