幼馴染と日常にさよなら。
「―くん、みつけた!やっぱりいた」
少女は息を弾ませながら、暮れなずむ川沿いを幼い少女は駆けていく。目当ての幼馴染の少年を発見したからだ。
道中、犬の散歩をする老人や、帰宅途中の学生達とすれ違う。小学校からの帰り道、川に夕陽が反射していた。いつ見ても眩い。
「げ……」
上質な服を身に着けた利発そうな少年は、秀麗な顔にまゆを寄せる。げんなりされるのも、面倒くさそうにされるのも少女にとっては慣れたものであった。
「もしかしたらだったけど、きてたんだ!」
大勢で遊ぶ約束に、気分が乗らないの一言で一蹴した少年。このまま、彼が一人で帰っていたとしても、おかしくはない。でも、少女はもしかしたらと思った。
ここは、いつも二人で遊ぶ場所だった。彼に会えたことに、少女は嬉しそうに笑った。
いつもつれなくされても、うんざりそうにされても。気難しいところがあったとしても。少女にとっては、大切な幼馴染だった。
「……」
だが、いつもとはどこか様子が違っていた。不機嫌なのはいつものことだが、こう、上の空だったのだ。
「だいじょうぶ?ぐあいでもわるいの?」
「べつに……」
「そう?でもほんとうに元気なさそう」
無理強いさせたのではないか、と少女は相手の顔を覗き込む。
「……近い。うっとおしい」
そしていつものように片手で遠ざけられてしまった。
「……気のせいか」
少年は周囲を見渡すとため息をつく。それから少女の手を掴んだ。
「仕方ない、日が沈むまでならいいけど」
少女の手を掴んで、手を繋ぐ少年。これが、彼の扱いの難しさを顕著に現わしていた。態度は冷たいものの、よくこうして触れてきた。スキンシップには遠慮がなかったのだ。
「うん!」
少女はそれを不思議と思わず、普通に受け入れていた。
川の土手に並んだ二人は、それとない話を続ける。主に話しかけるのは少女の方で、少年の方は話半分で聞き続けていた。
「でね、きのう帰るときにね、お母さんが石をなげるの見せてくれたんだ!すごいんだよ、ピョンピョンってなって!あんたもこんどやってみなさい、って」
立ち上がった少女は、足元にあった石をそのまま川に投げつけた。石はそのまま、跳ねることなく沈んでいってしまったた。母が言ったようにはならなかった。
「はねてないし」
「あれ?もういっかい!」
もう一度母のフォームを思い出し、石を横投げする。何度も投げてはそのまま沈んでいく。
「おっかしいなぁ」
このままだとまだかかりそうだった。
「はあ……」
少年はこっそりと川に向けて手をかざした。少女にバレないようにである。
「あ!やった、やった!」
投げた石は水面を2回跳ねていった。少女は小さくガッツポーズする。
「ん?」
「……」
隣の少年はこれみよがしに視線を背けていた。そういうときは決まってバツが悪い時である。
「わかった。またマホー使ったの?」
少女はこっそり耳打ちした。前に大きい声でそういったら怒られたからだ。
「別に」
「ってことは、そうなんだ」
彼はどうやらこの事を隠したがっているようだった。不思議な力、少女曰く、魔法を使ったことには違いなかった。
「すごいのにね」
「……べつに。ばれたらうるさいし。めんどくさい、そういうの」
「そうだね。サンポしているおじいちゃんが転びそうになったのを、こっそり助けてた。あとは―」
「うるさい」
べた褒めする少女にも、少年はそっぽ向いたままだ。
「えへへ」
少女は笑った。誰かを傷つけることに使わないのも、彼の人柄からわかっていた。こういうところも、少女は好感がもてるところだった。
「でも、みてて!今度はもっとうまくなっているから」
「あきらめの悪いヤツ」
いつもの呆れた、といった言い方。そして、そう言いながらも微かに笑うもまた、この少年らしかった。
「あ。もう、帰らなくちゃ」
日はじきに落ちる。名残惜しそうに少女は空を見上げていた。
「またね―」
今日はここまでと、背後の彼を振り返ろうとした時。
「うわっ」
「危ない!」
突風が彼女を襲う。少年に引っ張られてなげれば、そのまま川に落ちていたかもしれない。お礼を言おうと彼の顔を見るが、青ざめていた。
「……聞いて。今すぐこの場から離れて。オレのことはいいから」
真剣な表情で、彼は伝える。彼は必死でもあった。
「よくないよ……。なんかヘンだよ」
辺り一面は暗くなっていく。日が沈んだからではなく、黒く淀んだ空気が周辺を包み始めたからだ。尋常ではない事態を少女も感じ取り始める。
「なんかへんだよ……。ねえ、かえろ」
こんな状況で、大切な幼馴染を置いてはいけない。少女は訴えるが。
「カヤ!……お願いだから」
「!」
自身の名を強く言われ、懇願されるような目を向けられて。少女はたじろいでしまった。そのまま掴まれた手は離される。
「お前を巻き込みたくない。……狙いはきっと」
―オレだから。
彼がそう言い放ったの同時に、閃光が走った。あまりの眩しさに二人は目を瞑る。
「カヤ!」
「―、くん」
意識が途切れていく。薄目を開けた少女の目に映ったのは遠ざかる幼馴染の姿であった。
「くっ……」
彼は目が眩んだままなのか、顔を左手で覆ったままであった。
「ほら、掴まって!……カヤ!!」
それでも今にも消え入りそうな少女にもう一方の手を伸ばそうとする。
だが届くことはなかった。二人は分かたれてしまった。