クラーニビ先生の楽しい治療魔法学。
本校舎の赤絨毯の上を歩き、そして階段を昇る。挨拶を交わしつつも、ツルカは自分の教室に辿り着いた。下級6回生の教室だ。
同じ一般生でも上級と下級で階級が分かれており、ツルカは下級の方にしがみついていた。穏健派な生徒も多い分、過ごしやすくもあった。
「あ。おはよう、ツルカちゃん。先行ってごめんね。一応ね、起こしたんだけど……」
か弱そうな少女が話しかけてきた。クラスで一番ツルカと仲が良い女子である。
「おはよー。あ、確かに……」
そういえばでツルカは思い出す。遠くでドアをノックの音が気がした。相当爆睡していたようだ。
「いいよいいよ。起こしにきてくれてありがとね」
「ううん」
ひとしきり朝の挨拶を交わしたあと、彼らは準備を始める。実技の授業の為、屋外へと出向く。
今日は物質の破壊の指南だがらいいものの、その前の模擬試合は散々だった。
生徒同士で決められた範囲内で魔力をぶつけあう。そこで攻撃はもちろん、防御の術を学ぶのだ。結果、ツルカは開始早々場外へと吹き飛ばされてしまった。うまく地面にはまってしまい、対戦相手に苦笑しながら助けてもらった。
次の授業でようやく昼休憩を迎える。ツルカの内職作業も辛うじて終えることができた。
6回生全員が収容できる講堂へと向かう。上級クラスのエリート達と合同授業ということもあるが、講師も特別であった。
「ごきげんよう、皆さん。本日もよろしくお願いしますね」
クラーニビだった。彼女は客員の教師として、各学校にて教鞭をとっていた。現王の姉君、王族相手となるといやに緊張してしまう。その中でもツルカは顕著である。
クラーニビはあの魔女を騙った大罪人が処刑された日にいた要人だ。こうして改めてみると相当の美貌の持ち主であった。目元の泣きボクロが印象的である。
よろしくお願いします、と生徒達は一斉に声を揃える。講堂の前を陣取っているのはやはり、エリート達だ。ツルカ達は後方で大人しくしている。
「それでは始めましょうか。はい、治療魔法学はこわくない。復唱してくださいな」
「ち、ちりょうまほうがくはこわくない!」
治療魔法学は怖くない。―誰しもが嘘だと思った。彼女の授業を受けた者なら皆、知っている。
「はい、映像をご覧くださいね。昨今では死体蘇生の研究が進んでます。皆さん周知だと思いますが」
「!」
ツルカは内心きた、と構える。隣の生徒は手で球を形づくると、そのまま宙へと放り投げた。そしてそこに映像が映し出されていく。指で操作してメモを残しているようだ。
他の教師はノートをとることを重視するが、クラーニビはこのやり方を重視していた。実際楽である、と生徒達からは好評だった。そう、一部除いて。
「ツルカちゃん?説明始まってるよ?」
「う、うん。オッケーオッケー」
ツルカも同様の動きをし、水の球体を浮かべた。が。
「ひっ……」
ミイラの映像がでかでかと映し出されたのみて、落としそうになった。慌てて取り繕う。
この授業では随時この球体が出しっぱなしとなる。ずっと魔力を消費する必要があるので、なおさら神経を消耗することになる。
説明は休む間もなく続く。ツルカも必死にメモをとる。ノートに手書きというやり方だった。省エネの為である。いつも不思議そうにしている周囲には対しては、実際書かないと覚えないといってごまかしていた。
「はい。そしてこれがイリアの花です。フルムで主に採取できるこの花の薬効性。それは、とっても有用であると認められています」
フルムの話が平然と出てきた。生徒達も気に留めることもない。
「……」
時代は変わりつつあった。老いた先代の王にかわり、現王は穏健な政策をとるようになった。まずはフルムとの国交との回復である。尽力の甲斐あって実を結びつつある。
「フルムにも素晴らしい文化はたくさんあります。お互い認め合い、協力し合っていきましょうね」
こうして自身の授業を締めくくった。礼を言った生徒達に手を振って応えながら、彼女は講堂をあとにした。この気さくさも人気の秘訣の一つだった。
別件があった友人と離れ、ツルカは一人教室に戻る。その間どうしても会話が耳に入る。
特に上級であるクラスの生徒の会話は意識が高く、また恵まれっぷりも思い知らされるものであった。
「さすがはクラーニビ様。見識が広くおられる」
「まあ、フルム人も多少は話が通じるらしいな。クラーニビ様に、フルムの神殿をみせていただいたことがあるが、中々の造形美であった」
「そうそう見てこれ!新作買っちゃった」
「あら可愛らしいのね。さしずめ、お気に入りのフルム人の殿方の、……ってとこ?」
「さーあ、どうかな?」
あまりのリアルの充実っぷりにツルカは圧されてしまう。彼らの周辺だけ輝いてみえるようだ。学業は極めて優秀で、私生活も楽しんでいる。まさにカーストトップのようだが。
さらにその上を行く存在はいる。
「きゃあ!皆様勢ぞろいよ!」
フルム人の話はそっちのけで、彼らは窓辺にがぶりつく。ツルカはというと。
「わあい……」
ここは騒がない方が、逆に目立ってしまう。ツルカは後ずさりたい気持ちを抑えて、窓辺に駆け寄る。