卒業する日を夢見て。
豪雨の中、船は出港した。大型船は荒波にも耐え、尊き方々を首都まで安全に運ぶ。
着飾る人々の中でツルカとラムルの二人は浮いていた。名門校の学徒と一緒だからなおさら悪目立ちしていた。
「ここは私が奢るよ。食べたいものがあったら、遠慮なくどうぞ」
「いいえ……」
船内のカフェにて、青年がしきりに食べものを勧めるが、これからのことを考えると食欲など湧いてこなかった。ラムルが切り出す。
「あのさ、こいつと話してくるから」
「ここでいいじゃないか」
「いや、俺達がどっかいく」
先ほどからちらほらと視線が送られていた。一心に受けているのは名門校の青年た。彼と同じ年頃の娘達が熱烈な視線を送っていた。
「すげぇいづらい、俺達」
「いいよ、行っておいで。今は不問にしておいてあげる」
次はもっとスマートに彼女を連れ出しなさい、とほざいていたがラムルは無視した。
「いってらっしゃい、お嬢さん。ああ、そういえば―」
「いってきます……?」
考え込む青年が気がかりだったが、ラムルに促される。吹き荒れるデッキまで出ることにした。そのような物好きは彼らくらいだろうと。
二人っきりになった。壁際に並んで寄りかかる。落ち着いたこともあり、より現実がみえてきてしまった。この船がトラオムの首都につけば、―二人はもう離れ離れだ。
「ツルカ」
そう呼ばれ、ツルカは恐る恐るラムルを見る。
「あのね、ラムル。本当にごめんなさい……。約束破ったからこんなことになって。わたしのこと心配してくれたのに」
「……まあ、否定はしない。危なっかしいからなお前は。とんでもない嘘もつくし」
ラムルはさぞかし呆れたことだろう。でも、ツルカにはどうしても譲れないことだった。
「でも、わたしにとっては大事なうそだった。わたしだって。……ラムルを守りたかった」
「……」
必死に涙をこらえる。いくら自分が情けなかろうとここで泣きたくはなかったのだ。ラムルもあえて彼女の泣き顔には触れずにいた。
「……覚悟してたんだな」
「うん、覚悟してた」
「じゃあ、後悔は?」
「!」
ラムルはツルカの返答を待つ。ゆっくりでいい。真剣に考えてくれれば彼はそれでよかった。
ツルカなりに彼女の言葉で語る。ラムルは耳を傾けていた。
「後悔は。……うん、してる。まちがってばかりで、うまくできなくて。でもね、思うんだ。きっと知っててもわたしはうそをついてた。きっとそうだ」
「……そうか」
「こんなことになっちゃったけど」
「……わかった。ツルカ」
ゆっくりとツルカに近づき、彼女の左の耳元にイヤリングを飾る。半透明の黄色の花の形をしており、暖かな光を灯す。そっと触れようとする彼女をラムルは止める。
「おっと、まだうかつに触るな。しかもそれとっておきのやつだからな」
「?」
ツルカは頭に疑問符を浮かべるが、触るなと言われたのでそのままだ。ラムルは説明を続ける。
「その石は魔力を蓄えることができる、フルムの秘石だ。そいつの存在がばれないように隠す方法も考える。それと毎回行けるわけではないけど、出来る限り俺の魔力を注入するようにする。いいか、よく考えて使えよ」
「ラムル……?」
「―どうせなら嘘をつき通せってことだよ。お前が卒業するまででいい。学院のやつらを騙し続けろ」
「!」
ラムルは強気の笑顔をみせた。彼にとっても一か八かの賭けであった。それでも彼女が不安を覚えないように虚勢を張る。
「うん」
ラムルはいつもそうだ、とツルカは思った。彼にだってきっと恐怖はある。それでもこうして強く在ろうとする。
嵐の勢いが増す。耳元のイヤリングが強く揺れた。
答えは決まった。
「ありがとうラムル。―わたし、魔女になる」
そしてお互い頷いた。覚悟は決まった。
夜更けに首都に着いた彼らは、そのまま馬車に乗ってローゼ魔法学院に向かう。ぎりぎりまで見送りたいと述べたラムルだったが、またしても反対されることはなかった。車中、青年が何気なく尋ねる。それは今更な質問であった。
「そうそう、お嬢さんの名前を伺っておかないとね」
「わたしですか。わたしはツルカ……」
ツルカはふと考える。自分の本名は鶴村佳弥乃だ。そのままツルムラ姓を名乗るべきなのか彼女は迷った。
「ラーデンだ。ツルカ・ラーデン」
トラオムではありふれた姓だった。従来なら、ラーデンが本人を身内を認めた者にのみ与えらる姓だった。だがいつしかそれにあやかりたい、と自称ラーデンと名乗るものも増えてきた。
一応ラーデンには金を積んでおくことにする。
「色々とご存知のようで。まあいいよ。ああ、ほら。着いたよ、長旅ご苦労様」
重厚な門の先が開かれる。学園の象徴でもある薔薇の庭園の中央にて、大きな帽子を被った巻髪の女性の像がある。偉大なる先祖を模した像だ。レンガ造りのモダンな建物は洗練されていた。幾重にも蔦が巻かれ、古い歴史も感じ取れた。
「ようこそ。由緒正しき我が学院へ。これから君は卒業まで」
―この美しい牢獄に囚われることになる。
門が閉ざされ、ラムルと隔たれた。手を伸ばせる距離にもいない。
それでも彼女は前を見据える。もう心に決めたのだ。
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