少女が魔女を騙った日。
どうしたらいい。どうしたら止められるのか。ツルカは考える。もう時間はない。
「……うそ」
嘘をつくなと言われた。そして魔女をカタるなとも言われた。ツルカは、ちらりとラムルを見る。今度ばかりは彼を止めることはできまい。ならば、と強く頷く。
ツルカの母親は言っていた。ここぞという時の嘘ならば良い。ならば。今でなければ、いつだというのか。
魔女の話などしない。『語る』などしない。ツルカは叫ぶ。
「……その子じゃないです。わたし、です。わたしがやりました!」
約束を破ってしまった。彼女は嘘をついたのだ。ラムルではなく、自分が魔法を使ったのだと。それが彼女なりに考えた最善手であった。
「ばっ……」
その発言を聞き逃さなかったラムルは、馬鹿といいかけるが慌てて止める。彼女を止めること、その発言を否定するのは悪手であるからだ。
「……ふふっ」
しばらく沈黙したあと、青年は腹を抱えてひとしきりに笑った。
「……え?お嬢さんどうしたの?君が魔法使ったの?あれだけ大立ち回りを君が?」
「……はい」
ツルカは肯定した。何が何でも貫き通す。
「そう……。そうなんだ。君は魔女なんだね」
「……」
それはさすがに魔女の話になるのではないか、とツルカは黙ってしまった。だが、先ほど青年は言った。沈黙は肯定ととらえると。ツルカは困窮していた。
「はは、あはははは!……はあ」
少年は笑いから一転して、底冷えのする表情を見せた。
「……いかれているよ、お嬢さんは。そんなにその少年が大切かな?」
「はい」
それは本当なので、ツルカはしっかりと頷いた。
「お前……」
その言葉がラムルは嬉しくないわけがない。だが、今はまずい。
「……まるでさっきの夫婦みたいだね。すごいな、君達は」
青年の目は笑っていない。その冷ややかさにツルカは背筋を凍らせる。それほどなのか。それほどまでなのか、と。
「―フルム人の存在が罪人なら、魔女の血を引いていると騙るのは大罪人」
それでも魔女を騙ろうとする。この国においては狂人でもあった。
「……?」
語る語ると何を言っているのだろうか。ツルカは把握ができてなかった。ラムルは手短にツルカの母国語で説明する。
「カタるって、……言ったのが間違ってた」
「それは……」
もっとわかりやすい言葉を使えばよかったラムル。ちゃんと意味を確認しなかったツルカ。これはどちらにも非がある事だった。ラムルは悔しい気持ちながらも、説明に入る。
「要は自分は魔法使えます、魔女です、と嘘つくなってことだ。……この国の先祖の女が、知らん男から魔力を授かった。その女以外にも授かったやつがいた。同じ志だと思ってた。けど、祖先の女は裏切りにあって命を落とした。その裏切り者がしでかしたことだ』
―平和を願う心清き者にのみ授けられた魔法の力。
けれど、信じていた仲間の中に実は魔法の力が備わっていない人物がいた。その人物は同じ志などではなかった。同志であると偽っていた。自身にも魔法の力が備わっていると思わせることにより。
同じ思いだと偽って、騙っていたことにより。
「偉大なる先祖を死に至らせた。それがこの国としてはどうしても許せないらしい」
―魔女詐称罪。トラオムにおける最大の罪である。刑罰は死罪。それのみであった。
「ん?説明でもしてたのかな?お嬢さん、知らなかったではすまされないんだ」
青年は律儀に待っていたようだ。何やら鳩と戯れていたりもした。
「……こいつが勝手に言っただけだ。こんな害のなさそうな奴が、出来るわけないだろ」
この場だけでも乗り切ればいい。もうこの男を殺めるしかない、とラムルは考えていた。
「わたしは……」
「いいから。どうとでもなる」
事前に言い聞かせていなかった自分にも原因はある。ラムルは彼女を少しでも安心させる為に手を握った。
突如、鋭い電圧がツルカに走った。彼女自身はピリっとした程度だが、ラムルは手を弾かれてしまう。彼は自身の手をさする。
「……っ」
「だ、大丈夫!?」
慌てふためくツルカに対し、青年はこの突然の行動を説明し始めた。
「……ふふ、君達がおしゃべりしている間にね?手続きをさせてもらったよ。ああ、今のは特に気にしなくていいよ。ただ完了した合図だからね」
「……どういうことだよ」
ツルカの身体は無事のようだ。だが、彼女の左手が赤く発光した。その光の中で彼女の左指に薔薇と蔦の刻印が施される。
「―これで君もだ。栄誉ある『ローゼ学院』の学徒だ。いわばそれは学生証にあたるものだよ。これだけの魔力をもっているのなら、是非とも我が学院で学んでいただきたくてね」
「な、なにこれ。……とれない」
「何だって……」
ツルカは左手の薬指を見る。爪でこすっても剥がれることはない。しっかりと刻まれていた。呆然とするツルカの横でラムルは体を震わせる。今にも男に掴みかかりたいくらいだ。
「だからどういうつもりだってんだよ!何考えてんだ!」
「ふふふ」
この男はツルカに魔力があるわけがないと思っている。実際その通りだ。それをだ。
ローゼ魔法学院。トラオムきっての名門校であり、魔力の素養が特段優れている若者達が通う。そのような所にツルカを通わせようとするのだ。通用するわけがあるだろうか。
「……私はね、実に退屈だったんだ。そこにこの面白いお嬢さんと出くわした。魔女と言い張るのならどこまでやれるかなって興味が沸いてきてね。それにわくわくするなぁ、私もこれで共謀罪か。……はあ、ぞくぞくする」
「こいつ……!」
要は青年の退屈しのぎだった。ラムルは怒り心頭だった。
「おっと、落ち着きなさい。私をどうこうしても彼女の入学はすでに取り消せない。それに国外に逃亡しても意味がないよ。優秀な人材の流出を恐れてね、国外に赴くことを禁じているんだ。もちろん不真面目な生徒も歓迎しない。学院から逃げ出すような子はね」
「そんな……!」
忌々しい薬指の烙印は消える事はない。ツルカは青褪めた。
「ああ、そんな不安な顔しないで。卒業したらその刻印も解かれる。―無事卒業できたその時、君は自由だ」
彼は嘘を言ってはいないようだ。だが、それまでは絶対に外れることはない。逃げることなどできないのだ。悪手がさらなる悪手を招いてしまったのか。青年はふとラムルを方を見る。
「ああ、フルムの君はいいよ。見逃してあげる。ラーデン商会の船も、じきに再開するみたいだし。故郷に帰りなさい」
「は……?」
「神の子の力にも興味があったけどね。魔女騙りの子の方がより狂ってなあって」
「……わたしは」
青年はそのままツルカの肩を抱いた。重くそれが彼女にのしかかった。魔法の力などあるわけがない。もはや死刑宣告同然であった。
「さあ、今からでも首都に向かおうか。特別に君にも乗船許可を出そう。造りがしっかりしているからね、揺れも少ない」
「……はい」
ラムルの方は振り向かない。彼は無事で済む。それは確かなことだったからだ。
「―待てよ」
ぶしつけに呼び止められ、青年は嫌そうにラムルに振り向く。興味を失った相手に、彼は時間をとられたくなかったようだ。だが、次の瞬間、青年は目を丸くすることになる。
「……俺も、つれてってください」
「ほう……」
ツルカもつられて見る。そして言葉を失う。
「そんな……」
彼が頭を下げていた。それも気にくわない相手にだ。だがいつまでも呆けていられないと、ラムルの元へと駆け寄る。
「わたしは大丈夫だから!ほら、みんなが待っているよ。だからちゃんと帰った方がいいよ」
「何が大丈夫だ、この世間知らず」
「え」
ラムルはすぐさま頭を上げ、居直る。
「あくまでトラオムの首都までだ!首都からなら陸続きだ。やりやすい」
ラムルは続ける。
「それにだ。この世間知らずは俺が拾ったも同然だ。せめて船にいる間でも、こいつに常識を教えてやらないとな」
「ふふ、別れがたいのかな。まあ、おいそれと逢えなくなるからね」
青年は反対はしないようだ。微笑ましそうに笑う青年をよそに、ラムルはツルカに話しかける。
「行くぞ」
「うん……」
こうしてラムルが同行するようになった。それも残りわずかな時間であろう。ツルカはまともにラムルを見られずにいた。