王族の飛竜。
晴れ間は続き、時に雨。いつものトラオムの夏だった。この日はツルカの仕事も休みだった。様子を見に行きたい場所に向かうことにした。
「暑いなー」
ツルカは夏の日差しを感じていた。日本ほど蒸し暑くもなく、過ごしやすい。それでも、夏の暑さは感じていた。
そうこうしているうちに、学院内の裏山に着いた。子供達のはしゃぐ声が聞こえてきた。ツルカは微笑ましくなった。
「ツルカ先輩こんにちはー!」
「はい、こんにちは」
年少の生徒達が小さな飛竜の体を洗っていた。泡塗れになって、実に楽しそうだった。
「よお、ツルカじゃねえか。……お前ら、そのへんでいいぞー。流してやんな」
いかつい男子生徒が顔を出していた。彼は盆を手にもっていた。今ではこのような顔が標準であったが、本来は品のある優しげな顔をした青年だった。
―カイウス王子。トラオムの王族であり、留学からの帰国後に編入した。『カイ』と呼ばせていた。
「はーい、カイ先輩」
年若い生徒達は、水の魔法で放射した。飛竜はくすぐったそうに笑っていた。体を震わせて、水しぶきを飛ばす。それを受けた生徒達も笑っていた。
「ありがとな。水分補給しっかりとれよ」
「うん。あー、楽しかったー」
「ありがとー、カイ先輩」
彼らはごくごくと飲み干した。午後の予定もあるようで、手を振りながら走り去っていった。
「なんかいいね。体験させてるんだ」
「まあな。……まあ、影ではこき使ってる呼ばわりだけどな」
この飛竜はカイウス王子に献上されたもの。よって、カイが面倒を見ていた。が、この見た目である。罪のない児童たちを脅して世話をさせている。専らの噂だった。
「……うん、まあね。でも、噂は噂だよ。実際のカイを知らないでいってるだけ」
強面であっても、カイの人柄はよく知っていた。ツルカは気にしないで欲しいと思っていた。
「ははっ!だな。言わせとけってんだ。なあ?」
カイが飛竜を撫でると、一声鳴かせた。この飛竜も元気そうで何よりだ。
「ん?」
飛竜はツルカにすり寄ってきた。懐いてくれているようで、ツルカは嬉しかった。そんな彼は、ツルカの肩から腕にかかる部分を気にしているようだった。―かつて、ツルカが飛竜に噛まれた場所だった。
「全然痛くないよ。もう、傷とかもないから」
あいにく今日はノースリーブではないので、見せられはしない。それでも、完治はしていたので、ツルカは安心させるように飛竜を撫でた。撫でている内に、飛竜はウトウトしてきたようだ。
「昼寝か。よし、日陰までは頑張れ。な?」
カイが飛竜を日陰まで誘導した。到着すると、すぐに飛竜は寝息を立てた。安心しきった寝顔だった。
「寝ちゃったね」
「だな。―俺も、これから公務があってな。出掛けるんだ」
「そっか。私もここでまったりしてから、帰るね」
「……そうか。暑いからな、早目に帰れよ」
カイは近くにあった帽子をツルカの頭に被せた。ありがとう、とツルカは笑った。
去っていったカイを見送り、ツルカは日陰へと移動した。目を開いた飛竜に、ツルカは申し訳なく思った。起こしてしまったのかと。ただ、飛竜は翼を上げ下げしていた。ツルカを招き入れたようだ。
「いいの?じゃ、お邪魔しよっかな」
ツルカは飛竜の傍らに寄りかかった。迎え入れてくれた飛竜はまた目を閉じた。日陰の中、風がそよぐ。心地良さに、ツルカもまた眠くなってきた。
「なんだろね……」
この辺りが涼しく思えた。日陰だからかと呑気に考えながら、ツルカは眠った。
その後、夕方頃に飛竜によってツルカは起こされた。彼女は爆睡していたのだ。気持ち良い眠りに疲れもとれていた。
「えへへ、起こしてくれてありがと」
ツルカはお礼にと撫でた。うーんと体を伸ばした。快眠何よりだ。
「うん、私も戻らないと。またね、―」
カイが教えてくれた飛竜の名だ。不思議だった。
「カイはどうやって知ったのかな。あの人達に教えてもらったんだよね。それとも、カイが直接聞いたとか?」
「―」
飛竜は鳴く。ツルカは頷いた。彼が言っている意味はわからない。
「ほんと、不思議だね。でも、直接聞けたりしたらいいな。夢が膨らむよね」
「……」
「それじゃ、行くね」
ツルカは良い息抜きとなった。飛竜からの視線に気がつくこともなく、寮へと戻っていった。