ビゼルの狂気。
ビゼルと水着を買いに行く日だ。ツルカは驚いていた。今日もまた、晴天だったのだ。本当にビゼルパワーによるものかもしれない。
ツルカはビゼルの姿を見つけた。無事、人間に戻っていた。
ビゼルは本日の最後の客の相手をしていた。内容までは聞き取れないが、客の顔は晴れていた。今日も子羊を救ったのだろう。
「―おお、すまないのう。片付けるぞ、待っておくれ」
「手伝うよ」
「構わぬ」
ビゼルは手慣れた所作で、水晶玉やカードを鞄にしまい込む。テーブルとイスを畳むと軽々と持ち上げた。彼女は後ろの店に一声をかけ、入っていく。しばらくして戻ってきた。覆面も取っていて、素の顔を晒していた。
「わらわは下宿させてもらっていての。……そうじゃ、おぬしも上がるとよい。話がある」
「うん……?」
ビゼルの部屋に訪れることになった。すぐ済ますとのことだった。寝泊まりさえ出来れば良いといった部屋だった。中にはフルムから持ってきた調度品もあった。彼女の心の拠り処でもあるのだろう。
「フルム語、話せるのじゃろう。そうしてくれい」
「……うん、わかった」
ラムル以外で初めてだった。拙いなりにツルカは試みることにした。ビゼルはゆっくりと話してくれた。流暢な発音だ。
「ラムル様が望まれること、わらわは尊重したい。たとえ、それが御身に危険が迫ることがあってもじゃ」
「ビゼルさん、ごめんなさい。私のせいで、ラムルは……」
ラムルを。神の子と言われるほど、彼らにとって大事な存在を。この国においての共犯者に貶めてしまっているのだ。
「……。使者たちより、話は散々聞かされておる。ラムル様も頑固なお方じゃ。わらわから申したいことはの。―貫き通せ。何が何でもじゃ。それを、はっきりと伝えたかったのじゃ」
「はい、わかりました。私は貫き通してみせるよ」
ビゼルからの真剣な問いに、ツルカも応えた。
「……。よかろう。わらわも滞在する所存じゃ。おぬしの協力をするつもりじゃ」
「それは……」
知っているであろうフルムの同胞達、それだけでも危ういのだ。なのに、ビゼルは加担すると明言したのだ。
「我が主が被る罪ならば、わらわもそうするまで。―それが道理じゃ」
「ビゼルさん……」
この国における大罪であっても、ビゼルは厭わない。
「どうしてそこまでって顔じゃな。……わらわもまた、魔力を持たぬ者だったのじゃ。巫女の家系で生まれておいてな」
「!」
秘術とは別で、ビゼルの家系ならば本来魔力を宿して生まれてくるはずだった。それが欠陥していたとされ、ビゼルは冷遇されてきたのかもしれない。彼女の表情がそう物語っていた。
「そんなわらわの救いの存在となったがのが、ラムル様じゃ。赤子の時も、成長した時も。あの方が受け入れてくださった。わらわにとっては、光そのものじゃ。―そのお方の為ならば、わらわとて罪を被れる」
「ビゼルさん……」
これもまた、一種の狂気なのだろう。また一人、罪を背負わせてしまった。
「私、魔女で在り続けるから」
「……。あいわかった」
ツルカはそうすることで報いることにした。ビゼルも満足そうに頷き、トラオム語に戻した。
「―さて、もう良いぞ。そうじゃ、ツルカ殿。はっきり申すぞ。おぬしのフルム語は落第点じゃ!」
「ええ!?」
ツルカはショックを受けた。ラムルとは普通に話せていたのだ。まあ、自分の聴解力があってこそだとドヤ顔でツルカは返されていたが。
「わらわはのう、おぬしの言葉をかみ砕いてのう、ニュアンスで聞き取っていたようなものじゃ」
「あー……」
ビゼルが返答する時に、何やら間があった。その時に頑張って聞き取ろうとしていたのか。
「おぬし、将来はフルムに来るのじゃろう」
ビゼルは断言してきた。ツルカもそう考えていたからこそ。
「うん、それも目標。楽しみなんだ」
迷いなく答えた。日本にいる母にも会っておきたいが、最終的にはフルムで暮らしたかった。
「なんじゃ、ハッキリしてるのう。なら、話が早い。フルム語をより学ぶべきじゃ。わらわも合間を見て教えて進ぜよう」
「ありがとう、ビゼルさん!」
自身のフルムがまだ通用しないと、ビゼルは教えてくれた。ツルカはその事にも感謝したかった。
「よいのじゃよいのじゃ。そうして、ラムル様と骨を埋める覚悟なのじゃな。共に、添い遂げる覚悟なら、わらわは野暮な事はいわぬ」
「あの、ビゼルさん……?そこまで話進んでないよ?」
「なんじゃ。どこまでも奥手な二人なんじゃ。はよ、くっつくのじゃ」
ビゼルはあからさまに落胆していた。それでいて、二人の仲を焚きつけようとしている。
「はよ、って……」
「夫婦となって、子を成すのじゃ!……ああ、違うのう。昨今は夫婦の前にならなくてもじゃったか」
「いや、本当にビゼルさん、やめてください……」
これ以上はツルカは勘弁してほしかった。次会う時に、ラムルの顔をまともに見られなくなる。
「ああ、そうじゃのう。まずは卒業しないとじゃったな。わらわの早とちりじゃった」
「あはは、ビゼルさん……」
「そうじゃの。別に夫婦にならなくともなのじゃ」
「ビゼルさん!水着、買いにいこ!お店、閉まっちゃう!」
この話はツルカには耐えられなかった。無理にでも連れ出すことにした。
「おおう、そうじゃのう。ラムル様を誘惑チャンスなのじゃ」
「別に誘惑とかじゃなくてね、水着は本来泳ぐ為のものであって」
「ほほう、そうじゃのう。それでも、体のラインを露わにすることで―」
そうした中で、ビゼルはまだそっちの話に持っていこうとしていた。