本格的な夏の始まり。
「……ビゼルさん」
ビゼルがこうもテンションが高いのもそう。フルムは砂漠の国だ。こことは陸続きとなっているのもある。海を見る機会もそうなかったのだろう。
「もし予定が合えばだけど、ビゼルさんも来る?」
「なんじゃと」
ツルカは誘ってみることにした。ビゼルは大きな目をぱちくりさせている。
「いいんじゃね?お前も都合つけば来いよ。でも水着は無しだからな」
「うん、それがいいよ。僕も賛成だよ」
ラムルもそうだし、ニコラスも反対はしなかった。
「海、楽しいよ。浜で遊ぶだけでもいいし、貝とか魚とか焼いたりして」
「……実はの、誘ってくれる気はしたのじゃ。おぬし、お人好しじゃの」
「あはは……」
そこまで正直に言わなくてもと、ツルカは苦笑した。
「お誘い、有難いのじゃ!わらわを誘ってくれたからには、貢献しようぞ」
「なんの貢献だよ」
「それはもう、水着でございまする。おそらく、ラムル様は男子二名、女子一名。そのような状況下もあって、水着を敬遠していたのでござりましょう」
「勝手に推測するなよ」
「しかし!わらわが加わることにより、ツルカ殿の気まずさも無くなりまする。ツルカ殿、明日空いておるか。わらわと水着を買いに行くのじゃ!」
どんどん水着を来ていく流れとなっていた。
「明日かぁ。仕事終わりなら大丈夫だよ。新調したいし」
「それは僥倖。ならば仕事終わりに落ち合おうぞ」
ツルカは決して言わなかった。今まで水着を買う機会も、着ていく機会もなかったと。トラオムに来てからは本当にそうだった。ただ、場を悲しませるだけなので、自分の胸にしまっておいた。
「……僕も、陽の者に近づく為に。頑張ってみようかな」
「その意気じゃ、ニコ坊!」
ビゼル主導によって、水着を着ていくことが本決定となった。
「な、なんだよ。別に水着じゃなくても、楽しめるだろうが!」
ラムル一人が粘っていた。むしろ、ラムルが水着姿に乗り気でないから、反対していたのではないかと。新たな疑惑が発生していた。
「ラムル様。よろしゅうございます。お一人で私服であってもよろしゅうございます。恥ずかしいというお気持ちも、重々理解しておりまする。その肉体美を隠されるのもまた一興かと」
「はあ!?俺が見られんのが恥ずかしんじゃねぇよ!こっちが見るのが―」
ラムルは言いかけて口を噤む。近づくサバ猫も、ニコラスもニヤニヤしていた。ラムルは腹立たしかった。ツルカだけがキョトンとしていたのが救いではあった。
「……ああ、着てやるよ。どうってことはないからな、俺はな!」
一転して、全員が水着着用することになった。
「あとはね、雨が上がってくれればなぁ」
今年は異常気象といっても良かったかもしれなかった。まだ予定日まで日程があるが、当日も雨の可能性が十分にあった。
「……わらわはのう。雨は有難いとは思ってはおる。フルムでは考えられない雨量じゃ。じゃがのう、じゃがのう!」
テーブルから下りたビゼルは、窓際に立った。二本足で立つ。
「夏休みというものは尊いのじゃ!恋する男女が進展する為にも!わらわは主の恋の成就の為、なりふり構ってはおられぬ!」
「ちょっ、ビゼルさん!」
「お、お前、何言って」
ビゼルの爆弾発言に、二人は動揺していた。ニコラスは高みの見物だ。
「ええい、晴れるのじゃ!!!」
無茶苦茶だった。ビゼルは前足を高く上げ、空に叫んだ。
「えー、そんな……」
高みのニコラスが苦笑いをするも、絶句した。―雨は次第に止んでいき、久々の夜空を拝むことが出来た。
「……こ、これぞ、巫女のなせる業じゃ」
ビゼル本人が一番呆気にとられていた。まさか本人も晴れるとは思っていなかったのだろう。鼻の穴がひくひくしていた。
「はは、あははははっ。ビゼルさん、無茶苦茶だって」
ツルカはおかしくなって笑ってしまった。ニコラスもつられるように笑っている。
「……本当にな」
ラムルも小さく笑った。
夏本番がやってくる。
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